占い王子は楽して金を稼ぎたい

夏目海

第1話

「俺、就活やめるわ」

 

 ある日、裕也は宣言した。


「はい!?」


 直美は乾いた声で言うと、目をぱちくりと動かした。


「私、裕也が養ってくれるって言ったから、就活全くしていないのよ」と直美。


 裕也と直美は魔法使い。共に魔法学校の最高学年になっており、就職活動の真っ最中だった。


「占い師になる」と裕也は大真面目に言った。


「占い師?」直美の声はすっとんきょうに裏返った。


 裕也には確かに昔から、とんでもないことを言い出す危なっかしさがあった。しかし、流石に将来のことくらいはまじめに考えていると思っていた直美は、その裕也の発言に唖然とした。


 裕也は箒メーカーか、魔法薬会社といった高給取りになれるポテンシャルもあると直美は踏んでいたが、どうも博打好きな性格は、就職活動中に治るなんて奇跡は起こらなかったらしい。


「裕也、占い学苦手だったじゃない。昔から鍛錬しているその道のプロには勝てないわよ」


「いや、人間界で占い師になる」


 裕也は自信満々に言った。むしろ賞賛に値するのではないかと錯覚するほど、その態度は堂々としていた。


「だって考えてみろよ。百発百中で当たる占い師がいたら、お前だって行きたくなるだろ?大儲けだよ」


「そりゃそうだけど、あなた、占い学は1番の苦手科目だったじゃない。先生に褒められていたのも、タロットの読み方ではなくて、タロットの混ぜ方だったでしょ?」


「そうだけど、統計学を使う人間の占い師に比べて、僕は理論を交えたプロだ。勝算はある」


「就活から逃げたいだけでしょ?もっとまじめにやりなさいよ」


「いいや違う。俺は本気だ。自己分析をしていて気が付いたんだ。俺が人生において1番重きを置いているのは金だ。金を1番楽にたくさん稼ぐのにベストな方法。それが、人間界での占い師。俺は、俺が1番になれる場所で働く」


「まずは魔法界で1番になれる方法を考えたらどう?」と直美は呆れて言った。


「いやさ、俺は気づいたんだよ。こう見えても、俺は学年2位の成績だろ。ちょっとやそこらの企業に就職したって才能をもてあそんでいるだけじゃないか。もっと儲かる方法があるって、ずっと思ったんだよ。いやぁ、俺は俺が天才すぎてほれぼれしてしまうよ!」


「トップでもないくせに」あーあ、私も働き口探さなきゃ、と直美はつぶやいた。


「絶対うまくいく。俺は占い師で生きていって、大金持ちになるんだ!」


 裕也は思い立ったら行動するタイプだった。早速、小さな机と、椅子、タロットと、机をそれっぽく見させる黒い布、占い師風の黒いローブの衣装を買いこんだ。そして、その翌日から新宿の西口の路上で、ユーヤという仕事名で占い師として働き始めた。


「ちょっとそこのお姉さん!思いとどまって!転職するか悩んでるでしょ!見てあげるからこっちおいで!」


 女性はびっくりして思わず立ち止まった。裕也は手招きして女性を呼び込んだ。


「タロット占い、一つのお悩み1000円ね」


 裕也は女性の心を魔法を使って読んでいた。また、裕也は女性を見分ける目と扱いにだけは長けていた。この人はきっと占いとか好きだろうな、そういうのが感覚的にわかるのだ。


「やっ、安い」と女性は言った。


 裕也は華麗にタロットを混ぜると一枚取り出した。


「転職しない方がいいね。君優秀なんだから、今の会社あと2年は続けて」


 裕也は、魔法の力を駆使して、女性の未来を見た。そしてあたかもこのタロットがそう言っている、とでも言わんかのように大袈裟に演技をした。


 女性は顔が晴れやかになり、1000円札を出して、去っていった。


「また来てね〜」


 裕也は街行く人を呼び止めた。魔法を使って相手の心を読み、得意の話術と、人を惹きつけるルックスで、裕也の占いは大盛況となった。


 裕也は新宿高架下から場所を変え、観光客の多い浅草に店舗を構えるようにまでなった。浅草には日本人だけでなく外国人のお客さんも来る。ついには常連客もでき、収入は2倍、3倍と膨らんでいった。


-楽勝じゃん


 テレビ界から声がかかるのもあっという間のことだった。裕也は、黒のローブで出演すると、一気に人気に火がついた。いつしか、占い王子と、裕也は言われるようになった。


 朝の情報番組で『ユーヤの毎日占い!』というコーナーがいつしか与えられた。彼はお茶の間で、ますます人気になり、毎日のように、テレビや雑誌の収録、取材で追われていた。


『的中率100%!イケメン占い師が語る恋愛』


 その取材後に対談したアイドルと浮気をしたのは言うまでもない。それでも直美は彼と別れようとはしなかった。なんでかわからないが、今離れてしまうと、彼は崩壊する、そんな気がしたのだ。


「ベンツを買おうかな」

 それが裕也の口癖だった。それを黙って直美は聞いていたが、内心、箒を買ってくれ、と思っていた。


 ある時事件が起きた。クリスマスの占い特集。彼はついに予言を外したのだ。それから人気を失うのは想像以上に早かった。彼はあっという間にメディアから干された。


「金持ちだったから俺と付き合っていたんだろ!」裕也は浮気相手のアイドルのチャットを開き、未読であるのを確認しては直美に怒鳴る日々を続けていた。


「あのねぇ」と直美。「そうだったら占い師やるってバカなこと言った時点で別れているでしょ。いくらお金になったとしても、向いてないものは向いてないの。お金をもらうなら何をやりたいか、じゃなくて何ができるかで考えなきゃ。それに、裕也はお金のことしか頭になかったでしょ。それだと壁に当たった時に乗り越えられない。私もね、生半可な覚悟であんたの彼女やってないわよ!この男尊女卑で、プライドが異常なくらい高い男と、ずっと一緒にいてやっているんだから感謝しなさいよね!あんたなんてね、外面だけは良くて、付き合ってみたら、ただのモラハラDV男なんだから!」


「ボロクソいうじゃん……」

 それから裕也は家に引きこもる日々を過ごすようになった。


 直美は、神話やハウツー本、裕也を連れ出すのに有効そうな本を手当たり次第に読みあさり、あの手この手で誘惑した。3ヶ月後、なんとか外へと連れ出すことに成功した。


 二人で久しぶりに歩いた新宿。

「あの、あの時の占い師さんですよね」と裕也は女性に声をかけられた。「このまま続けていれば報われる、って占ってもらって、心が救われたんです。上司にいじめられて、死んでしまおうと……」


 裕也は思い出した。


『そこのお姉さん思いとどまって!』

『えっ?』

『あと二年仕事続けて』


 まだ新宿の高架下にいたころのことだ。


「おかげで生きています」と女性は頭を下げると去っていった。


 裕也は笑みを浮かべた。それを見た直美もそっとほほ笑んだ。これでやっと、また仕事をしようと思ってくれるはず。裕也に振り回される毎日も、貧乏な生活ともおさらばだ。


「俺、ロンドンに行くわ」


「はい!?」

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