第20話 結末

 焼肉屋に来て1時間、由美の肉のペースについていけなくなってきても、なお私の分も焼いてくれる、すごいありがた迷惑系焼肉奉行だった。しかも食べ方も塩、タレを指定してくる。意外に濃いめの味が好きらしく、私のものにも塩やタレを多めにつけるように圧力をかけてくる。おかげで味の濃さを薄めるためにドリンクバーのお茶を飲み過ぎてトイレに行かざるを得なかった。



 トイレの洗面所で手を洗っていると、ものすごい久々にあの人が現れた。


「春乃ちゃん、元気?」


 声を掛けられるまで気付かなかったけど、その人は隣にいた。



「えっ、明日香さん。どうしたんですか?」


 私をパパ活に誘った明日香さんだった。カフェでバイトしてたときはブランドものを身に着けていたけど、今は全くそんな感じはない。心なしか目が死んでるような気がして、前みたいなオーラはない。それでいて、香水も強く、髪もツヤがなくなっている。私の憧れだった明日香さんはもうそこにはいなかった。


「偶然春乃ちゃんを見つけたから」


 気まずい。ものすごく気まずい。何より私がお金に困ってるのを見かねて、紹介しただけで、私が変なのに引っかかって、明日香さんにものすごい迷惑を掛けてしまったというのがある。ニュースで大学からの除籍という話もあったけど、どうなったんだろう。申し訳ないと本当に思うからこそ、気まずかった。


「そうだったんですね。お久しぶりです」


「まあ私は久しぶりって感じもしないけど」


 よく考えたら、あのパパ活の事件があってから、まだ1年も経ってなかった。確かに久しぶりって感じもしないと言われてもおかしくはないかとも思った。


「明日香さん、雰囲気変わりましたね」


「そう?まあパパ活女子の闇ってところかな」


「あっ、なるほど」


 こんな言い方する人じゃなかったのに。もはや知ってる明日香さんではないなと確信した。


「どうパパ活女子の闇は暴けた?」


「えっ?」


 この時点で、全てを察した。


 今ここに来たのも、私の盗撮画像をSNSで見て来たんだと察した。


「フィクションよりフィクションな人生の小説も人気らしいね。パパ活を推奨する小説だっけ?」


「なんでそれを」


「いや、私は応援してるもん。春乃ちゃんのことを」


 チラッと、明日香さんの表情を見たら、鬼のような形相をしていた。


 間違いない。


 これまで何度となく成功しそうになった時に嫌がらせをしてきてたのは明日香さんだった。

 よく考えれば、パパ活のことを知っているのは私と由美だけじゃない。私に紹介した明日香さんだって知っている。明日香さんは自分が逮捕されたのだから、当然被害者が私だってことも知っている。実際パパ活の現場に行ってからは知らないだろうけど、それはニュースで結構詳細に報道されていた。やり取りだって、明日香さんからアカウントのURLをもらったわけだから、明日香さんだって私とパパ活相手のメッセージのやり取りも見れた。

 何より動機がある。私のせいで、逮捕されて、大学は除籍されたかもしれない。おそらく家族からも怒られるとかじゃすまないと思う。動機しかない。どう考えても、犯人は最初から明日香さんしかいなかった。

 もっと早く気づけばどうにかできたはずなのに、どうしてここまで気付かなかったのだろう。


「もしかして、あの投稿は明日香さんが?」


「どれのこと?」


「どれ?」


「私は春乃ちゃんにパパ活のことを勧めただけで大学を辞めさせられた。さすがに、そこまでされたらファンになっちゃうよね。ずっと追いかけたくなるよね。」


 言い方が完全にもうサイコパスか何かだ。私はこのまま殺されるんだろうか。その前に、私はとりあえずちゃんと気持ちを伝えないといけない。


「ごめんなさい」


「謝っても許さないから。春乃ちゃんだけ幸せになるなんて、私は絶対に許せない」

「ごめんなさい」


 精一杯頭を下げる。


「許さないから」


 そこから何度も頭を下げたけど、明日香さんは許すことはなかった。

 ただ、私も頭を下げながら、おかしいことに気づいた。よく考えれば別に明日香さんは私のせいで捕まったんじゃなくて、パパ活をしてて、なおかつそれを人に紹介するようなことまでしてたから捕まっただけで、なんなら私は被害者の方だなって。まあそこは私も悪い部分があったのは確かだとしても、私のことを散々妨害する権利なんてどこにもないなと思った。

 そう思うと、むしろこっちが腹立ってきた。

 そんなとき、入口横に掃除用具入れがあったのを思い出した。さっき見た感じ、少しぶつかれば中身があふれてくるほどものが入っていた。これは使えると思い、そこで一芝居打つことにした。


「本当にすみませんでした。実は何とか稼いで、明日香さんにちゃんと謝ってお金も渡そうと思っていました。私の実力不足で何もできず、すみません」


 しおらしい感じを出して、ここで私は出ていく。


「ほんと?」


 明日香さんがそう言ったとき、私は少し戻って勝ち誇った顔でこう言う。


「嘘で~す」


「絶対に許さない」


 こうして明日香さんが私の方に走ってくるタイミングで私は素早く、掃除用具入れにタックルして、後ろを振り返らず、全速力で外に出る。


 後ろの方でガシャーンという音がする。チラッと振り返ると、明日香さんが掃除道具の下敷きになっている。慌てて周りの店員さんが明日香さんのところに駆けつけている。私はそれを見て、少しすっきりした気持ちになっていた。



「春乃、遅いよ」


 私の肉を置くところには大量に肉が置かれている。


「明日香さんがいたから。」


「え?あの?」


 ここまで頑なに手を止めなかった迷惑系焼肉奉行の由美がとうとう手を止めた。相当衝撃だったらしい。


「そう」


「やばくない?」


「まあ、うん。でも本当に申し訳なかったなって思ってたんだけど」


「うん」


「実は炎上させたの明日香さんだったみたい」


「本当?」


「ほんと」


「確かにそれなら春乃がニュースのパパ活女子って知ってるね」


「でしょ」


「意外なところに敵がね。でも、とはいえ大学も辞めさせられて、明日香さんってかわいそうだよね」


「そう思って謝ったけど、許してもらえなくて、そしたらこっちがやられたことを思い出して逆に許せなくて」


「逆ギレじゃん」


「いや、普通に逆じゃなくない?まあそれでちょっとひと悶着した」


「さっきの大きい音って春乃だったの?」


「私だね」


「なるほど」


「また来るかもね」


「やばいじゃん」


「まあ仕方ないよね」


「仕方ないでいいんだ」


「もう明日香さんも私も後戻りできないから」


「そっか」


 そう言いながら、由美はもう肉を焼くのを再開していた。


「ちなみにさ、私のこと疑ってたでしょ?」


「気づいた?」


「そうだろうなと思ったよ。私、春乃のこと心から応援してるよ」


「それ同じこと明日香さん言ってたよ」


「でも、明日香さんって人と違って私は裏切ってないから」


「だよね」


「まあ今日焼肉奢りじゃなかったら、私も春乃に嫌がらせする側に回ってたけどね」


 由美は笑いながら言った。


「逆に焼肉でいいんだ」


「まあ最低限の4000円のところ用意してくれたしね」


「そっか、ちゃんと焼肉誘って良かった」


 お母さんにちゃんと感謝しないと。


 とりあえず、肉を食べる。もう由美の指示を無視して全部タレで食べる。やっぱりタレがうまい。


「それで次のお金稼ぎの方法なんだけどさ」


「まだやるの?」


 由美には驚かれたけど、まだ私はやめるつもりはない。ここでやめたら、つまらない人生になってしまうと思った。


「やるでしょ。あ~早くお金欲しいな。とりあえず大学行けるくらいは」


「だから地道にバイトしなって。とりあえず、早く肉食べて。新しいの焼けないから」


「わかったわかった」


 120分間、二人で焼き肉をたらふく食べた。


 最後会計時、支払いを済ませようとしたら、支払いが済んでいた。由美かと思ったけど、違うらしい。そうすると、もう払ってくれるのは明日香さんしかいない。

 実際明日香さんは私に対してどういう感情を抱いていたんだろう。最後までそれはわからなかった。

 ただ、今後何をするにしても、間違いなく邪魔してくるだろうと思った。これはいわば宣戦布告のようなものだと私は捉えた。

 でも、もう屈しない。


 強い意志を持ちながら、とりあえず近くにあった宝くじ売り場に入って、明日香さんにおごってもらった8000円をつぎ込んだ。

 当選発表は来週らしい。

 当たってるといいなあという希望を持ちながら、横でいつものように由美に呆れられながら、明日からも私は生きていく。

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極貧JK、楽して金を稼ぎたい サクライアキラ @Sakurai_Akira

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