第19話 焼き肉
あの後、私の小説をめぐって、新聞社はここぞとばかりに、表現の自由と犯罪行為の推奨というテーマで社説を上げ続け、社会問題になった。
そして、私の投稿していた小説サイトの方が耐えられなくなり、私のアカウントごと凍結された。これによって私の小説はもはや見られなくなった。
元々サイト自体がhiruneの事務所と提携していたので、もしかすると圧力でつぶされたのかもしれないけど、確かめる術もない。他の小説サイトで書くことも考えたけど、別に今新しい小説のネタを思いついているわけでもないし、小説を書いただけで社会問題になった自分の影響力も少し怖くなって、小説を書くのはやめることにした。
書籍化についても当然見送られた。契約を結んでおけば良かったものの、お母さんの都合がつかず先送りにしていたのもまずかった。ただ、契約を結んだところで、結局信義則、とか言われてダメだったと思う。
私の小説は全然うまくいかないのに反して、私の小説が基になった、いや違った、基になっていたはずのhiruneの新曲「ゴールド・ディガー」は記録的ヒットになり、年末の大型歌番組にもその曲で出演するらしい。これまで小説やマンガなど別の作品を基にした楽曲を歌ってきたhiruneは、今回の曲に関しては初めて他の作品を基にしていない、hiruneオリジナルの楽曲ということになったらしい。
ファンの熱い支持を得て、さらに人気を高めた。いつの間にか当初の考察班は投稿を削除していた。ファンの方もこんなに悪い意味で話題になった作品が基になったということは抹消した方がアーティストのためになると判断したらしい。そして、私の小説が原案小説だということをファンが一斉にデマ扱いしたこともあり、公式にも非公式にも原案小説の存在は抹消された。もちろんネット上には一部私の小説が原案だという話も少しは残っているけど、単なる根も葉もないゴシップという扱いになった。
ファンの人たちの努力のおかげもあってか、ミュージックビデオは予定通りに公開され、わずか3日で1億再生を突破したらしい。私の動画とは比べ物にならない記録だった。当然私には1円も入ってこなかった。
お母さんには事情を話して、「仕方ないね」という一言だけもらった。もっと、笹日さんのところに乗り込むとかするのかと思ったけど、この騒ぎを知ってたらしく、仕方ないと受け止めたんだと思う。ただ、家に旅行ガイドがいくつもあったから、内心ものすごく当てにしてたんだろうなとは思った。その意味でもすごく残念だった。ちなみに、お母さんが本文に触れる前に小説のアカウントが凍結されたために、貧乏な話を書いていたことはバレず、怒られることはなかった。
学校でも当然話題になり、ユーチューバーの次は小説に手を出したということで話題になった。とはいえ、結局近寄りたくないのけ者という存在はこれ以上下になりようがないということもあって、今までと扱いは変わらなかった。むしろ、小説のファンが何人かいて、誰もいないときには話しかけてくれるようになった。
今回は学校名を出さなかったため、校長先生や先生方には一切呼び出されなかったけど、何か言いたげな顔をこっちに向けていた。国語の先生は、現代文の授業の度に「わしが育てた」感を出してくるようになった。あくまで中学時代にネットで小説を読んでいた結果であって、ほとんど寝てて聞いていない授業のおかげではないとはさすがに言わなかった。
今は、学校とスナックの手伝い、残った時間は一応勉強という形で生活している。こんなに話題になった以上、接客業は無理かもしれないけども、裏方の仕事ならと今工場勤務のアルバイトを探しているところだ。
今日は、パソコンを貸してもらったせめてものお返しにということで、由美を焼き肉店に連れてきた。お金がないから駄菓子くらいで済まそうとしたけど、お母さんが由美にお返しをした方が良いと言うので、お母さんからお小遣いをもらって焼肉に来た。由美の希望通り、4000円の食べ放題にした。
ただ、結構人通りのある道を通らないと行けない店で、歩いてたら何回か盗撮された気がする。多分「パパ活女子発見」とか投稿されているんだろうな。まあそういうことを気にしてたら生きていけないので、気にしないで店に入る。
「なんかごめんね~」
こんなことを言ってるけど、由美はひたすらタッチパネルで肉を頼んでいる。時間制限は120分で、食べ放題の中だと比較的制限時間は長い方だけど、由美はタイムアタックするタイプの人間のようだった。
「野菜も頼んで」
「肉食べに来たんだよね、肉だけでいいでしょ」
由美は肉過激派だった。いつもより圧強めな由美に肉は任せることにした。別に私も野菜を食べたいんじゃなくて、ただ肉だけ食ってる人間じゃないアピールをしたかっただけだから、全然問題ない。誰も見てないけど、もし誰か見てたら、私の方が好感度高いだろうなくらいの話だ。
「大変だったよね」
由美は、そう言いながら、どんどん肉を網に乗せていく。
「本当私って全体的に運が恵まれてないのかもしれないね」
「かもね。それで今BGMで偶然流れてきてるこれがhiruneの例の曲だよね。」
今BGMで、私の小説が原案だった、いやそこからインスピレーションを受けたhiruneの曲が流れてくる。
「そう、この曲。言えないけど私の小説を基に作った曲」
「言ってるじゃん」
「由美だけだったらいいでしょ、多分」
「だね……」
私はずっと気になってることがある。
ここまで毎回毎回成功を掴みかけたときに、いつも過去のパパ活がタイミングよくバラされる。そして、毎回失敗する。でも、そもそもパパ活のことを詳細に知ってる人って、ほとんどいない。むしろ、由美くらいにしか話していないんじゃないかと思う。
これまで疑ってこなかったけど、実は全部由美がやってるんじゃないだろうかということに最近行きついた。それもあって、いつも昼休みも一緒にいるけど、あまり小説のこととかは話していない。もしかすると、由美じゃないにしても、由美経由で漏れてるんじゃないかと思う。とすると、可能性が一番高いのは、私と面識がなくて由美と毎日のように話している彼氏だ。実際彼氏の写真すら見たことないから、実在するのかすら怪しいけど、もしかしたら由美が彼氏に話して、彼氏が嫌がらせしているのかもしれないとも思った。
どのみち、なぜそんなことをするのか、動機がわからなかった。
「でも、こんなに聞くってことは、それだけで春乃すごい儲かったんじゃないの?」
「それがさ、作詞をしたわけじゃないじゃん。あくまで小説読んで向こうが作っただけだから印税とかないんだよね」
「本当に?」
「嘘のような本当の話」
「さすがにかわいそう。でも本が売れれば」
「書籍化もなくなった。ちなみに、連載してた小説もアカウントごとBANされたし」
「なるほど。ダメじゃん。どうするの?」
「どうしようもないよね。まあ別に他のサイトで上げることを禁止されてるわけじゃないし、自費出版とかを禁止されてるわけじゃないけどね。当分は書かないかな」
「まあこれが世の中なのかな」
そう言ってるけど、実は世の中じゃなくて、由美が全ての元凶という可能性も出てくる。もしかしたら、パパ活だって、由美がやってみればって言うのもあって始めたけど、その時から既に作戦が実行されてたのかもしれない。これってもしかして新手のいじめとか。実は由美が他のクラスの人たちと組んでてとか。そうだ、そういえばパソコン買ったときの話で、クラスの人たちとも交流を持ってるって言ってたし、もしかして本当は仲良いけど、私の前だけ仲良くないふりしてて、私のことを陰で笑ってるとか。
「いかにお金を稼ぐのが大変かよくわかったよ」
「まあそれならやった甲斐あったのかな」
もしかして、由美はお金を稼ぐのがいかに大変か教えようとここまでの計画を……。失礼だけど、そこまで友達想いには見えないな。
「とはいえ、まだあきらめてないけどね」
「地道にバイトしな」
「バイトしてない由美に言われるとすごい腹立つ」
「それもそうだね。あと、パソコンレンタル代もまだだけど」
そうだよね。由美とは印税の20%渡すことで話がついてたし、由美が小説の出版の妨害しても何の得にもならないよね。いや、そもそも由美はお金いらないから。いやいや、いくらなんでも1千万規模だったら欲しいと思うはずだから、やっぱり由美が仕組んだわけじゃないよね。
「成功してないから払えないよ」
「早く成功して」
こんなに真剣に成功を祈って、どんなにダメなことやっても見捨てない由美を疑うことがどうかしてたよね。でも他に誰がいるのだろう。
「早く成功しなきゃね、由美のためにも」
そう言いながら、まだ由美のことを疑う気持ちが残っていた。
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