第18話 一位獲得

 私の小説が原案となったhiruneの新曲「ゴールド・ディガー」配信の瞬間の0時はお母さんと一緒に家で迎えた。


「早速再生するわよ」


 お母さんがスマホで再生する。お母さんは普段音楽はスナックのカラオケでお客さんが歌ってるのを聴くのと、テレビの音楽番組でしか聴かないから、いわゆるサブスクの月額聴き放題のアプリは一つも入れてなかった。ただ、今回ばかりは契約したらしい。一応ポイントが一番貯まるアプリにしたらしい。多分この曲しか聴かないんだろうけど、それでも喜んでいるのが伝わってきて、うれしかった。

 ちなみに、私は表参道で楽曲関連の契約をした日に、サブスクを始めた。由美から学生なら3か月無料のプランがあるということを聞き、それなら問題ないと思って契約した。

 サブスクは1再生ごとにアーティストの人にお金が入る仕組みということを聞いたので、お母さんが今流しているのとは別にスマホで音量を小さくしたうえで、私もhiruneの新曲を再生する。


「良い曲だね」


 そう言ってくれるお母さんはありがたい。


「歌詞パパ活の話だけどね」


「そんなのこんな早口で歌われたらわかんないわよ。そもそもそんなにみんな歌詞なんか聞いてないわよ」


「そうなのかな」


「そもそも昔だってセーラー服脱がすか脱がさないかの歌もヒットしたくらいだから、大丈夫」


「そうだね」


 この後、1時間はリピートして、お母さんは飽きたらしくそのまま寝てしまった。私はまだ興奮が抑えきれずに、歌を聴きながら歌詞サイトで歌詞を調べる。

 歌詞をよくよく読むと、パパ活のことはほとんど書いてなく、匂わされてもいなかった。私の小説の中でも、何かしようとして失敗するという部分にフォーカスされた歌詞だった。

 ただ、代わりに貧乏なことについては匂わされるどころか、直接的に書かれていた。ラップ部分があんまり聞き取れていなかったけど、実は「金がない」ってワードが3回繰り返されていた。お母さんに結局小説の中身については教えていないから、多分これ見たらめちゃくちゃ怒られるだろうなと思った。

 願わくば、歌詞が目に触れないことを祈った。



 次の日の朝、起きて、各サブスクのランキングを確認したところ、全てで1位だった。SNSでも好意的な反応が多かった。

 SNSの考察班と呼ばれる、いわゆる公式情報から未発表情報を考察することを趣味にする人たちは、とても鋭く、元の小説が私の小説じゃないかと考察していた。そして、その考察を基に、私の小説のアクセス数は飛躍的に上昇した。



 1週間経って、hiruneの新曲は配信ランキングで100冠を獲得したということがニュースになっていた。100冠の基準は全然わからないけど、各種サブスクサービスでのランキングや世界各国や、ジャンル別のランキング、ダンス動画に使われた回数のランキングなど様々なランキングが音楽業界にあるらしい。それの多くで1位だった。

 私の小説も1位を継続し、これまではあくまでウェブ小説のサイト内での感想しかなかったのが、SNSでも感想が投稿されるほどの人気作になった。

 来月私の小説が基になったと発表されたらどれだけ売れるだろうか、最近はそれだけを考えていた。



 学校では、小説のことを由美以外には誰も言っていないため、何の騒ぎにもなっていなかった。一方で、パパ活女子ということは知られていたので、クラスの人たちからは避けられていた。避けられている中でも、聞こえてくる雑談で、hiruneの新曲のことが話題になっていて、内心とてもうれしかった。それだけじゃなく、私の小説についても結構話題になっていて、うれしかった。

 ただ内容はあまり読まれていないようだった。あまり読まれると私が書いたとバレてしまう可能性があるので、読まれたくないという気持ちもあるけど、ちゃんと読んでほしいという気持ちもある。

 結局全て話せるのは由美しかいないということもあって、由美とはさらに仲良くなった気がする。


 由美は昼休み、スマホを見せてきた。


「どうしたの?」


「また炎上してる」


 ネット上で私の書いた小説への誹謗中傷が来ていた。ただ、今回については、私と特定した言い方じゃなくて、「パパ活女子乙」など一般的なパパ活をしている女性に対しての批判的なコメントがたくさん投稿されていた。


「やばくない?」


 由美は心配してるらしいけど、私は今回は全く心配していない。


「今回は強い味方がいるから」


「誰?私?」


「違う違う。さすがにそこまでは申し訳ないよ。今回hiruneのチームの人たちが対処してくれるって」


「それは心強いね」


「だから、今回は心配しないで」



 実際帰り道、由美と一緒に帰ってるときにスマホを見ると、既に誹謗中傷のコメントはなくなっていた。


「やっぱりヒルネの力ってすごいね」


 由美はさすがに驚いた様子で、「ネット社会の闇を見ちゃった」とか独り言をつぶやいている。



 ただ、安心していたら、翌日大変なことになった。いつも通り朝少し遅めに起きて、スマホを見ると朝日さんから電話が何件もかかってきていた。夜中から朝にかけて10件を超えていた。中学の頃、友達のいたずらで3時に電話がかかってきて以来、寝るときは絶対にサイレントモードにしていたから、わからなかった。

 先に電話する前に惰性でSNSを開くと、私の小説が過剰なまでに持ち上げられていた。

 SNS上では、「パパ活女子が語る実体験の小説」、「パパ活の魅力を語る」、「パパ活女子の本心を探る」、「パパ活を安全に続けるためのバイブル」など、私の小説をパパ活と絡めて持ち上げる投稿があふれている。業者のような定型文のものが最初の方は多くつぶやかれていたけど、だんだんと普通の人に拡散されたらしく、いつの間にか私の小説はパパ活のバイブルのように扱われていた。いつの間にか、パルノの正体がパパ活でニュースをにぎわせた横田春乃だということも拡散されてしまった。

 そして、ニュースサイトには、「犯罪を誘発するような作品は表現の自由で守られるべきか」という大手新聞社の社説の記事がトップに出ている。


「何これ」


 私は思わず声が出る。そんなときに電話がかかってきた。やはり朝日さんだった。


「もしもし」


「パルノさんですか。朝日です。炎上してるの見ましたか?」


「はい、これって対応いただけるんでしょうか?」


「すみません、実は誹謗中傷とかだと対応できるのですが、今回はSNSで称賛されているだけなので、こちらとしては何とも対応ができない状況でして」


「そうなんですか」


「で、すみません。申し訳ないのですが、hiruneの原案小説とさせていただくことを発表するのはやめさせていただきたいと考えています」


「え?」


「私どももパルノさんに最大限ご協力いただいておりまして、本当に感謝しかないのですが、こういう情勢でして。なかなか」


「でも、私の小説が基になったんですよね」


「基になったと言いますか、hiruneがまあなんと言うかインスピレーションを受けてと言いますか」


「いや、契約書だって」


「もちろん、あれは告知時期が私どもで決められるということと、楽曲に関しての収益はパルノさんには入らないことを確認するものでして」


 私が実は一つ懸念していたのはここだった。

 告知事項はどうでもいいけど、楽曲の収益が1円も入らないことだった。小説が基になっているのに、印税が入らないって正直おかしいんじゃないかとも思った。

 ただ、由美やお母さんの反応を見て、まあ気になりはするけど、宣伝になって本が売れるから、問題ないと思っていた。この判断は今考えると、間違ってたなと思った。

 ただ、歌の著作権はあくまで作詞・作曲した人にあるらしいから、争っても勝てなかったかもしれないけど、作詞に実質的にかかわったということを言うことができたかもしれない。そうだとすると、少し間違ったなと思った。


「それに加えて、一応原案小説ということを発表することも内容に入っているのですが」


「入ってるじゃないですか」


「ですが、信義則に反する行為など信頼を著しく毀損する行為があった場合にはこの条項は無効になるということになってますので。今回はパパ活という違法行為を推奨する内容に小説がなっていたということで」


「そんな、元々朝日さんだって小説読んだうえで依頼したんですよね。そもそも推奨するような内容になってもないですし」


「まさか本当にパパ活をしていた人がパパ活のことを書いていたとは」


「知ってたじゃないですか」


「すみません、私じゃなくて上層部の方がそう判断してしまって」


「ちょっと待ってください。出版は?」


「それは出版社の方とパルノさんの間のことですので、出版社の方に聞いていただければと思います。とりあえず、私どもからは原案小説としては発表しないということで」


「それじゃあこっちで勝手に……」


「契約書上で、勝手にパルノさん側から原案小説であることは公表できないことになっておりますので。もし契約書に違反される場合は違約金が発生いたしますので、その点ご理解いただけると幸いです」


「ちょっと待ってください」


「ここまで本当にお世話になりました」


「いや、あの」


 電話は切れてしまった。


 またしても、失敗したらしい。


 やつあたりするのも申し訳ないと思いながらも、手元にあったスマホを力いっぱい投げるしかできなかった。

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