第11話

 航平はとある工場に来ていた。外見は古びたものであり、外壁のトタンはすっかり錆び付いている。所謂、昔ながらの町工場だ。

 航平はあら精密機器製造会社という会社名が刻まれた門を潜り、工場内へ。

「すいませーん。エレクトロブリッジ社の大空でーす!」

 工場内の機械音にかき消されない様、航平は大声で工場内の作業員達に呼びかける。

「おお、来たか!」

 一人の作業着姿の男が航平の方に歩いてきた。坊主頭と鋭い目が特徴のこの男は荒 いさむ。航平の中学生時代の同級生だ。

 今年の初めに中学校の同窓会があり、その時に航平は荒と再会している。荒は少し前に祖父から続く中規模の会社を継いでおり、同じ社長ということで盛り上がったものだ。

「話は会議室でしようぜ。こっちだ」

 航平は荒についていき、会議室へと向かう。部屋に入り備え付けのソファに腰をかけると、荒の方から「仕事の調子はどうだ? 儲かってるか?」と尋ねてきた。

「悪くはないよ。結構仕事を貰えてるし。そっちは?」

「まあ、俺の方もぼちぼちだな。この前も新しい取引先を作れた」

「そっか」

 軽い世間話を交わした後、航平は本題に入る。

「今、うちの会社は会津情報大学と一緒に衛星の開発、打ち上げのプロジェクトをしている。だけど、人工衛星のカメラの製造を担当していた会社が急に抜けてさ」

「なんで抜けたんだ?」

「それが……」

 航平はスペースフォースや出資会社による圧力、裏工作をかい摘んで説明。話を聞いていた荒は眉間に皺を寄せる。荒は言葉遣いは悪いが、曲がったことが大嫌いな性格。彼にとって大企業のやり方は許し難い。

「そのスペースフォースって会社も、四重しえ重工もやり方が汚ねえな。自分達のために下請けを脅すなんて、大企業のくせに器が小せえ」

「まあな。今、代わりの会社を探していてさ。荒には人工衛星に乗せるためのカメラを作って欲しい」

 荒の会社は医療用の精密カメラも製造しており、海外からも評価されている。技術力は申し分ない。加えて、荒の会社は四重重工などスペースフォースの出資会社とは取引が少なく、圧力をかけられるということもない。

 だから、航平は荒を訪ねたのだ。

「これ、カメラの仕様書」

「どれどれ」

 荒は受け取った仕様書のページをペラペラと捲る。仕様書を読んでいる間、荒は黙り込んでおり、その様子に航平は不安になる。

「やっぱり難しい、か?」

 宇宙という空間はだ。無重力の真空空間で、大量の放射線が常に飛び交っている。空気がないため熱が逃げにくく、その一方太陽光が当たらないと温度はマイナスとなる。

 そのような環境下では、製品に使える物質も大きく制限される。

 例えば合成樹脂。合成樹脂の中には、真空空間においてガスが発生するものがある。これをアウトガスというのだが、アウトガスが他の機器に付着すると故障してしまう。宇宙空間に合わせたカメラを作成しなければいけないのだ。

 そして、そのカメラは一朝一夕で作れるものではない。

 一通り読み終わった荒は、仕様書をテーブルに置く。

「大空にはまだ言っていなかったんだが、実はすでに衛星のカメラは作ったことがあるんだ」

「作ったことがある? どういうこと?」

「ちっと前に国内のベンチャー企業にカメラを作ってくれって頼まれたんだよ。海外の民間ロケットに載せて、宇宙での稼働も一応確認した」

「マジで!」

「マジマジ。ただ、宇宙に打ち上げたのは一度だけ。ベンチャー企業が潰れると同時に、衛星用カメラの仕事もそれ以降無くなった」

「いや。十分だよ!」

 荒の会社のカメラに宇宙への打ち上げ実績があるとは、嬉しい誤算だ。

「それで仕様書通りのカメラは作れそうか?」

「ああ。問題ない。そこまで性能が高いものじゃないし」

「来年の二月には打ち上げ予定なんだけど、本当に大丈夫か?」

「ああ。二、三ヶ月あれば作れる。ただ、金はある程度かかるぞ。言っておくが友人だからって、無料ただでやらないからな」

「もちろん。お金は県の補助金から出るよ。そこは心配しないでくれ」

「なら、契約成立だな」

「ああ。頼む。詳しいことは追って連絡するよ」

 カメラは難しい問題だと思っていたが、こうも簡単に解決するとは。航平は跳ねる様な気持ちで荒の工場を後にした。

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宇宙の架け橋 河野守 @watatama

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