第10話 大企業のやり方

 一週間後、町田から緊急の連絡が来た。プロジェクトのことで至急話したいことがあると。航平はすぐに打ち合わせの機会を作った。

 テレビ会議の画面に映っている町田達の表情は暗い。

 良い知らせではないらしいと航平は気を引き締める。

 町田の第一声は「かなり難しい状況になった」というもの。航平は「どういうことでしょうか?」と聞き返す。

「べこ一号には観測カメラを実装する予定であることは知ってるよね? 衛星自体が小さいから、あまり精度が高くない小さなカメラだけど」

 それについてはべこ一号の資料をもらっており、航平も把握している。

「カメラがどうかしたのですか?」

「カメラは県内のある製造メーカーに発注していたんだ。そのメーカーは実績があるし、価格も安いから。だけど数日前にやっぱり納入できないと、突然言われてしまってね」

 宗像は挙手。

「あの、カメラがなくても良いのでは? 衛星は動きますよね?」

 航平は「良いわけないだろ」と呆れる。

「衛星は地球の外側から地上を観測できるから、重宝されるんだよ。カメラなどの観測機器が無かったら、ただ通信できる箱だろ」

「ああ、そっか」

 町田はその通りと頷く。

「大空君の言う通り、カメラがなければただの箱。打ち上げる意味がない。うちの研究室では衛星観測も研究していてね。カメラが納入できないと言われても、簡単に諦めるわけにはいかない。しつこく食い下がって、ようやく理由を教えてくれた」

「理由はなんと?」

 町田は声を顰める。

「簡単に言ってしまえば、圧力だよ」

「圧力?」

「メーカーはね、四重しえ重工に製品を納入している。そして四重重工からこう言われたらしい」

 大学のプロジェクトに協力しているようですね。人工衛星のカメラを製造しているなど素晴らしい。高い技術力を持つ御社との取引は間違いではないようだ。ですが、そちらのプロジェクトに肩入れするあまり、我々との取引に支障が出るのではないかと不安です。我々の業務に悪影響が出ないよう、取引に集中してください。

 言葉だけを見れば、取引先として単なる心配に見える。だが、ここに発注者と下請けという立場が加わると、大きく見方が変わる。

 取引に集中してほしいという言葉は、他の仕事をするなということを意味している。

 つまり四重重工はこう言いたいのだ。

 大学のプロジェクトにカメラを納入するのはやめろと。もし納入したらどうなるかわかっているなと。

「町田先生、それってスペースフォースの件が絡んでいるのでしょうか?」

 航平は以前スペースフォースから連絡があった際、そのことを町田達と共有していた。べこ一号の打ち上げを自分達と代わるように説得してほしいというスペースフォースの依頼を、町田達に言わないわけにはいかない。

 町田は「おそらく」と返す。

「スペースフォースには四重重工も出資しているし、出資会社もこぞって例の新型カメラを打ち上げることに躍起になっているみたい。他の企業や組織にも衛星の打ち上げを代わるように、色んな手を使っているらしい」

「マジですか……」

「そして、彼らの圧力にカメラのメーカーが屈しちゃったんだよ。まあ、仕事が無くなるなんて、企業にとては死活問題。メーカーを責めるのは酷だね」

 今後の仕事に繋がるかどうかわからない大学のプロジェクトと、大口の納入先。どちらを優先するかと言われれば、後者を選んでしまうのもわかる。

「町田先生、カメラについてはどうするつもりですか?」

「カメラが搭載できないかもしれないことは、JAXAに相談した。もしかしたらメーカーを紹介してくれるかもしれないとね。あと、カメラの観測画像はJAXAと共有することになっていて、黙っておくのも良くないから」

「それでJAXAはなんと?」

「衛星の打ち上げが見送りになるかもしれないと言われた。さっきの話にも出たけど、観測機器が無い衛星は通信ができるだけの箱。だったら、他の企業に譲った方がJAXAとしても都合が良いと」

 ロケットの打ち上げは貴重だ。その貴重な枠に衛星を載せるのだから、JAXAもそれなりの見返りを求めるもの。見返りがないなら、載せたくない。

 航平には疑問がある。

「他の企業に譲った方がJAXAは良いと言っていましたが、それは代わる衛星、その衛星を持っている人間に当てがあるということですよね?」

 枠が空きそうだから、衛星を募集します。誰かやりませんか?

 はーい、うちやります。

 とは簡単にはいかない。重量、体積など搭載条件に合致する必要があり、短期間で衛星を用意するのは難しい。

「うん。それがスペースフォース。少し前からスペースフォースはJAXAに接触していたらしい。衛星があるから、もし枠があったら載せてくださいと。本当はこういうことJAXAは喋っちゃいけないんだけど、僕と仲の良い職員がこっそりと教えてくれた」

 つまり話をまとめると、スペースフォースとその出資会社があらゆる手を使い、他の組織の衛星を打ち上げを妨害。そして、開いた枠に自分達の衛星を滑り込ませようという算段だ。

 町田は「心配しないで」と、航平達に向かって手を振る。

「もし来年二月のロケットで打ち上げることができなくても助成金を受け取ることはできるし、大空君の会社に払えるよ。タダ働きということはないから」

「……まあ、それなら自分達は問題ないですけど」

「それでね、大空君達にお願いがあるんだ。衛星のカメラを作れる会社を探してくれないかな。僕達としてはやっぱり打ち上げたいから」

「わかりました」

「頼むね」

 テレビ会議を終了した後、打ち合わせに参加していた宗像は「これが大企業のやり方かよ!」とテーブルを強く叩いた。

「なあ、社長、これって優位な立場を利用したものですよね。下請け法違反にはならないの?」

 下請け法とは優位的立場の濫用を防止するための法律。大企業から下請けの中小企業を守るためのものだ。

 航平は首を振る。

「ならないな。スペースフォースや出資会社は直接的な表現を使っていない。あくまで下請けが察して、自発的に行動したに過ぎない」

「そんな。でも……」

「スペースフォース達は自分達の目的を叶えるため、自分が使える手を使った。ただそれだけだ」

 航平は斜に構え冷静さを取り繕っているが、内心大企業達のやり方には憤懣ふんまんやるかたない。企業は利益を追求する存在。自分達の利益を第一とする考え自体は間違っていない。だが、他者の努力を破壊し、思いを踏みにじるという行為は、航平も許せない。

 だが、スペースフォース達に対し怒りを燃やしたところで仕方がない。

 それよりも衛星に搭載するカメラ、カメラを来年の二月の打ち上げに間に合うよう作れるメーカーを探さなければいけない。

 しかしなあ、そんな企業簡単に見つかるわけ……。

「あ!」

 航平の頭に一人の顔が浮かんできた。

 あいつなら宇宙でも動くカメラを作れるはずだ。



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