第9話
スペースフォース?
その名前を聞き、航平は眉間に皺を寄せる。
今町田との会話で出た企業名だ。このタイミングで向こうから連絡を取ってくるとは予想外。
伊丹から子機を受け取った航平は息を整えた後、保留を解除する。
「もしもし。大空です」
「突然のお電話申し訳ありません。スペースフォースの代表取締役、河谷と申します。ちょっとお話しがありまして、今お時間よろしいでしょうか?」
電話の向こうから聞こえたきたのは、声音が優しい男性の声。
航平は河谷を見たことがある。彼を見たのは、フォースⅠの打ち上げ失敗後の記者会見だ。河谷の会見での姿は汚れた作業着を身に纏い、眼鏡をかけた白髪の初老の男性。
河谷は経産省の元官僚。経産省を退官後、いくつかの製造会社を渡り歩いた後、スペースフォースの創業時に代表取締役に就任した。いわゆる天下りである。文科省などの技術畑ではなく、経産省出身を据え置いたということは、国はロケット打ち上げの更にその先にあるビジネス拡大を睨んでいるのだろう。
スペースフォースの代表取締役自らがわざわざ電話してきたということは、単なる世間話ではないだろう。
「お話というのは、会津情報大学が打ち上げ予定のべこ一号、その打ち上げの交換に関することでしょうか?」
航平の方からその話題をいきなり切り出されるとは思わなかったのだろう、電話の向こう側で息を呑むような音が微かに聞こえた。だが、さすがは元官僚。すぐに落ち着きを取り戻す。
「はい。おっしゃる通りです。話が早くて助かります」
「それで具体的にはどのような話でしょうか?」
「まあまあ、そう焦らずに。落ち着いてゆっくりと話をしましょう。御社はべこ一号の軌道計算ソフトウエア、ツールを開発中なんですよね? 大空社長は町田先生の研究室出身で、その伝手で依頼されたとか」
……そこまで調べているのか。
どうやら向こうはスカイブリッジ社や航平個人のことを相当調べ上げているようだ。
俺から町田先生に、衛星打ち上げを代るように交渉してほしいのか。
そう予想しながら航平が次の言葉を待っていると、予想外の言葉が飛んできた。
「買います」
「……はい?」
「御社が開発しているソフトウエア、我が社が二千万円で買いましょう」
二千万円。スカイブリッジ社が受け取れる助成金の最大、その倍の金額だ。衛星軌道のソフトウエアを開発している企業は少ない。だが、いくらなんでも二千万円は高すぎる。
一体何が目的だ。
その航平の疑問に河谷はすぐに答えてくれた。
「ただし、独占契約です。他者に渡すことはできません。それとこの二千万円にはソフトウエアの代金とは別に、依頼料が含まれています。町田先生に対し、ソフトウエア買取、およびそれに伴う計画の変更の説得」
……そういうことか。
つまり、町田はこう言いたいのだ。
二千万円やるから、スペースフォース社に打ち上げの枠を渡すように、町田達を説得しろ、と。
二千万、か。
それぐらいの金額があれば、今年度の従業員達の給料の大半は賄える。今年のボーナスもたくさん出せるかもしれない。
……だけど。
「河谷さん、あなた方の取り巻く複雑な環境は知っています。あなた方の衛星もこの国の安全保障に関わることであり、打ち上げないといけない。それは重々承知です。あなた方のやり方も理解できる。綺麗事では国を守れない」
「なら……」
「ですが、その話はお断りします」
しばしの沈黙の後、河谷は「理由を聞かせてもらっても?」と尋ねてきた。
「あの衛星は、べこ一号は学生さん達が一生懸命作ったものなんですよ。衛星の打ち上げなんて経験、学生時代に一度あるかないか。その大切な機会を取り上げるなんて、私にはできない。それに町田先生の説得は私にも難しいです。学生のためにも安易に譲らないでしょう。お力になれず、申し訳ない」
「……残念です。ただ、気が変わったら、今の電話番号に連絡してください」
そう言い残し、河谷は電話を切った。
航平は子機を見つめる。
何か色々な思惑が渦巻いているが、自分達のやることは決まっている。技術者として良いモノを作り上げる。それだけだ。
航平は子機の元の場所に戻した後、先ほど町田から言われた要望を軌道計算ツールに反映させるための作業を開始した。
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