第8話 人工衛星の横入り
「問題ですか?」
つい身構える航平に、町田は「あまり大きな問題じゃない」と手を振る。
「大空君、スペースフォースって会社知っているかい?」
「確か、少し前にできたロケット製造会社のベンチャーですよね」
スペースフォースは日本の大手製造業であるM社やN社、I社、またカメラ製造会社C社が出資して作られた企業であり、ロケット、人工衛星の製造から、ロケットの打ち上げ、通信事業までを一社の中で全て行うことを目指している。日本政府からも多大な資金が注入されており、官民から非常に期待されている。
そういえば四重重工も出資していたな。
そう思いながら、航平は話を続ける。
「少し前に自社製造のロケットを打ち上げようとしていましたが、失敗しちゃったんですよね」
スペースフォースは鹿児島に専用の発射場を設けており、一ヶ月ほど前に自社製ロケット、フォース
「そのスペースフォースがどうかしたんですか?」
「べこ一号は来年の二月下旬に、JAXAの新型ロケットで打ち上げる予定。その人工衛星の打ち上げを代わって欲しいと言ってきたんだ」
「代わって欲しい? どういうことですか? そもそも衛星を簡単に交換できないしょう?」
ロケットに載せる衛星には、サイズや重量など細かい制限が設けられる。これはロケットの打ち上げ能力に依存するためだ。ロケットの打ち上げについては総重量や燃料など細かく計算されており、もし重量が制限よりも重かったりすると、想定した打ち上げ軌道に乗れず失敗してしまう。だから、衛星を交換したいです、なんて簡単には言えない。
「先の打ち上げの時、フォースワンには観測用衛星が積載されていた。そのことを大空君は知っている?」
「はい、知っています。なんでもかなり高性能なカメラを搭載していたとか」
当時は初めて打ち上げを行うロケットに、何故衛星を積んだのかと世間は疑問に思っていた。これは日本人の気質に起因する。「本物の衛星を積まないということは、失敗を前提とした考えだ。万全の準備をして打ち上げるのだから、失敗した時のことを考えるのは縁起が悪いからやめるべき」、という日本人特有の完璧主義。
「うん。実はね、あの衛星はただの衛星じゃないんだ。あの衛星は情報収集衛星(※)、正確には情報収集衛星に搭載予定の新型カメラを積んでいたテスト用の衛星」
「え? それは初耳です」
「スペースフォースは民間企業だけど、あそこの主な顧客は防衛省。つまり官公庁のお抱え企業なんだ。テスト用衛星は防衛省からの初めて仕事だったんだけど……」
「打ち上げに失敗してしまった、と」
「その通り。そして、あの失敗によりスペースフォースはかなり不味い立場に置かれた。カメラとテスト用衛星は予備のものを作っていたが、それを飛ばすロケットがない。作るにも時間がかかる。だけど、すぐにテスト用衛星を飛ばして実験データを収集する必要がある。防衛省が望んでいるから。また、あのテスト用衛星は既存の情報収集衛星の代替としても考えられていた。スペースフォースはなんとしてでも衛星を打ち上げたい。そこで目をつけたのが……」
「来年打ち上げるJAXAのロケット」
「その通り。テスト衛星はコスト削減のためにキューブサット型で打ち上げる。そして、テスト用衛星のサイズと重量はべこ一号とほぼ同じ。JAXAのロケットも打ち上げ実績がある。だから代わって欲しいと言ってきたんだ。うちの大学以外にもキューブサットを打ち上げる組織があって、それらにも声をかけているみたい。この問題はあくまでうちの大学側だから。君らは気にせずソフトウエアの作成に集中してほしい。ただ、このことは頭の片隅に入れておいて」
「承知しました」
テレビ会議を切った航平は、今のやりとりを
スペースフォースは民間企業とはいえ、国費が注入されている。そして、国防が絡んでいる。予備があったとはいえ、情報収集衛星用の新型カメラを爆散させ、データも取れなかった。なんとしてでも新型カメラを打ち上げたいのだ。だが、衛星を打ち上げたいのは他の組織も同じ。貴重な打ち上げ機会を簡単には譲らないだろう。
スペースフォースも色々としがらみが多いなと同情していると、事務の伊丹が会議室に入ってきた。彼女の手には電話の子機が握られている。
「社長、お電話です」
「どこからですか?」
「スペースフォースさんという会社です」
※情報収集衛星
地球の周りを周回し、地上の情報を集める人工衛星のこと。主に国の安全保障のために使われており、このような衛星は諸外国ではスパイ衛星と呼ばれている。だが、憲法第九条により武力を有しない日本では、スパイ衛星ではなく、情報収集衛星と呼称している。
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