第7話 問題

 春の麗らかな陽光が降り注ぐ日の午前中。航平はとある客先を訪れていた。訪れた先は幸野ゆきのファーム製作所、その本社工場だ。幸野ファームは福島県内において農業機械の開発、販売をしている中規模の会社。スカイブリッジ社に初めての仕事として在庫管理システムを発注してくれた企業であり、今日は在庫管理システムの改修の打ち合わせだ。

「幸野社長、こちら、御社の希望を基にした改修内容となります」

 航平は紙の資料を、幸野ファームの社長、幸野幸利ゆきのりに手渡す。今年七十歳である幸野は老眼をかけ、「ふむふむ」とページをめくっていく。

「うん、こちらの要望がきちんと盛り込まれている。うちの工場の発注工程の変更に漏れなく対応している。これでお願いするよ」

「はい。では、後ほど正式な見積もりをお送ります」

「よろしくね」

 幸野はそこで「ちょっと聞きたいことがあるんだが」と言葉を続ける。

「そういえば、大空君、四重しえ重工って知っているかい?」

「もちろんです。四重株式会社の子会社ですよね」

 日本人なら、四重という名前を一度は聞いたはずだ。四重株式会社は旧財閥系の流れを汲む日本を代表する大企業。数多の子会社を抱えており、重工業部門を担う四重重工はその中でも最大の規模を誇る。

「ウチの会社、四重重工と取引があってね、部品を卸しているんだよ。先日四重重工の担当者と話をしたんだけど、その時にスカイブリッジ社について質問されたんだ」

「四重重工が? どのような質問でしたか?」

「どのくらいの規模か、どんな相手と取引しているか、とか。なんか随分興味ありそうだったよ」

 スカイブリッジ社は四重重工と仕事をしたことがない。理由はわからないが、弱小企業のスカイブリッジ社に興味を持っているなら、それは歓迎すべきことである。

「また四重重工にスカイブリッジ社のことを聞かれたら、アピールしておくよ。信用できる会社だって」

「ぜひお願いします」

 大きな仕事が入るかもしれないなと、航平は軽やかな足取りで幸野ファームを後にした。


 その日の午後、航平はスカイブリッジ社の会議室で、会津情報大学の入野、町田とテレビ会議をしていた。彼らから頼まれた人工衛星の軌道計算ツール、その開発状況の報告だ。

「現在、これぐらいできています。今、お見せしますね」

 航平は自身のパソコンの画面を町田達に共有して見せる。

 画面上ではCGで描かれた地球上の周りを、衛星に見立てた立方体が軌跡を描きながら移動している姿が見て取れる。CGが描画されている領域の下にはガントチャートがあり、地上局と通信できる時間帯を表していた。

 ツールを見た町田は、画面の向こうで満足そうに頷いて見せる。

「依頼してからまだ一ヶ月ぐらいしか経っていないけど、随分よくできているね」

「ありがとうございます。何か指摘事項とかありますかね?」

「そうだね。今、衛星が立方体で表示されているけど、実際のべこ一号で表示してほしいな」

「それはべこ一号を模したモデルに置き換えてほしいということですか?」

「そうそう。単なる立方体だと味気ない。助成金をくれる福島県に、開発した衛星やツールを見せる必要があるんだけど、見栄えはできるだけよくしたい」

 助成金をもらうためには研究開発の結果を報告する必要があるのだが、見た目が貧相だと手を抜いていると助成金を減らされる可能性がある。少しでも格好良いものを作るのは当然。

「わかりました。衛星のモデルはどうします?」

「こっちから提供するから、それを使って。あともう一つ要望があって。衛星が地上局と通信する時の周波数を計算してほしいんだ」

「周波数?」

「衛星が地上局と通信をする際、電波で通信することは知っているよね? 地上局のアンテナで衛星が発信している電波をキャッチするんだけど、単にその電波の周波数をキャッチすればいいわけじゃない。ドップラー効果を考慮しないといけないんだ」

 ドップラー効果とは音や電波などの発信源が移動する際、本来の周波数とは異なる値で観測する現象のことである。音、電波は波として空間を伝わるのだが、発信源が移動することで波の周波数が変動するのだ。

 もっとも身近な例が救急車のサイレンである。救急車がサイレンを鳴らしながら近づいてくるとサイレンが高く聞こえ、逆に遠ざかっていくと低く聞こえる。

 このドップラー効果が衛星通信にも影響を与える。衛星は地球の周りを高速で移動しているため、ドップラー効果で電波の周波数がずれるのだ。地上局側はこの周波数の変動を考慮して、受信する周波数を計算する必要がある。

「ドップラー効果の計算式はこっちが提供するから。問題なさそう?」

「はい、計算式をもらえるなら大丈夫です」

「なら、良かった」

 町田はそう言った後、沈黙。逡巡しているように目を瞑る。何か言いたそうな町田の様子。航平は向こうが口を開くまで、ただ黙って待つ。

 町田は少しして目を開けた。

「これ、言おうか迷ったんだけど、プロジェクトの協力者だし、大空君には伝えたほうがいいかな。実はプロジェクトでちょっと問題が発生しているんだ」

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