現代の医学において、心とは脳のことである。だからアイデンティティは心ではなく、脳に宿る。
本作は平たく言えばコピー人間の物語である。脳のデータを残し、そのデータを複製し、肉体に定着させた人間である。主人公のレインはこうしたバックボーンを持っている。
これはSF的な想像力を刺激する。
また彼女がかいくぐる死線の数々、緊張感溢れるポリティカルな場面などなど、読み進めるごとに深い世界に触れられることは必至だ。
またレインのアイデンティティはどこにあり、私とは本来何なのかというテーマも面白い。
そうした意味で本作は哲学書でもある。
人間の本質が疑われる近未来を舞台にしている本作は、現代でもなお、自分の所在の不可解さ、分からなさを抱える多くの読者に届きうる射程を秘めた傑作SFだろう。
結末はいまだ見えないがレインにとっての明日を見届けたい。