第4話 駄作は次々死んでいく I
朝の少女がパチパチと拍手をしている。
「いいものを見せていただきました」
「なんだ、お前は……」
「あら、私の事あなたはご存知ないのですか。同じクラスなのに」
……しばらく考えた。しかしやはり分からない。
「まぁ、無理もないですよね。私は樋口なつと言います」
「樋口さん……」
薄らとそんな人がいたような、そんな気がする。だけれどもやはり、今一思い出せなかった。
「えぇ。私は中学の時、友達1人も出来ないような可哀想なボッチでした。実は虐められていた……かもしれません。それぐらい私は人付き合いが苦手なのです」
確かに、彼女に対する印象はほとんどなかった。しかし、彼女の小さな顔、団栗眼、ふんわりとした柔らかい唇。クラスの中でもトップレベルに美少女だと思う。とても虐められていた人のようには見えない。
「だから、せめて一度しかない高校時代ぐらいはちゃんと青春を過ごそう。そう思ったのです。だからこの高校を選んだのです」
「何故、この高校を」
「分からないのですか。この高校。昔、学園ラブコメアニメで一世風靡した聖地なのですよ。こんな高校に通えばきっと、アニメの世界を体験出来ると思って。そうしたら早速ですよ。目の前で男女がイチャイチャと。何ですか、あの人と付き合っているのですか」
「付き合っていない」
真っ先に否定する。よく見ると、彼女の頬は紅潮していた。
「そうなんですか。他所から見ればあなたたち付き合っているように見えますけれども。それは残念です」
そうして、彼女は踵を返して本棚の方をみた。何か本を探しているようだ。
「それにしても本、好きなのか」
と僕が聞くと彼女は頷いた。
「えぇ。人並み以上には好きだと」
「どんな本が好きなの」
「コナンドイルのシャーロックホームズとか松本清張とか。あなたはそこら辺読んだことあります?」
「ないな」
「あら、これが純粋な青春小説なら好きな本が被って、話が盛り上がるところなのに」
「残念なことに僕は探偵物読むのが苦手でね」
「今度、読んでくださる予定は」
「ないな」
「あらら。やはり青春小説のようにうまくはいかないものなのですね」
「そうみたいだな」
「だけれどもそれだと面白くはないのです。運命的ではないのです。本当は図書室では男女が手と手を触れ合う運命的な場所なのに」
「そんなの都合よく起こるわけないじゃん。青春小説の読みすぎだよ」
「なんでそんなつまらないことを言うのですか。図書室は運命的場所でなければいけないのですよ」
と彼女は本棚を見つめる。そうして右手を、棚にかざした。
「そうだ。これだ」
と、樋口さんが言う。そうしてクルリと踵を返して再び僕の方へ向いた。
「ねぇ、あなた壁ドンって知っています」
「あぁ、隣の部屋がうるさい時に壁をドンっとする」
「違います。違います。そっちじゃないです。ほらラブコメとかでよくあるやつです。男が女に向かってドンっとしてキュンとするやつ」
やけに抽象的な説明である。しかしあぁ、あの壁ドンのことを言っているのか。とそれはすぐにわかった。
「その壁ドン、私にやってくださらない?」
「はい?」
「だから壁ドンを」
瞬きをする。樋口さんの顔を見る。決して冗談を言っているような表情ではない。
「何故」
「だって、壁ドンって何かアニメのワンシーン見たいじゃないですか。折角、高校生になったのだからそう言った経験をしてみたいと思いません」
「まぁ、確かに憧れてではあるのだけれども……そう言うのって好きな人同士でやるから盛り上がるのではないか」
「うむむ。確かにそうかもしれません。けれども私って人を好きになることなんてあまりないというか……」
そう言って彼女は黙り込んでしまった。
僕はそれでもいまいち、壁ドンをすると言うことが出来なかった。
なんてことない。その行為はただ、本棚に手をつけるだけのことである。決して相手の体に触れているわけではない。また相手を傷つけているわけでもない。なんて事のない行為である。
しかし、僕の昔ながらの薄志弱行な性分がここでも出てしまった。
中学時代だってそうだ。僕はとある人に恋をしていた。とある人に頭が一杯になっていた。その人は今でも、僕の瞼の後ろに潜んでいて……中学の頃、何も行動を起こせなくて、何も起きなくて、後悔をしている。もうあんな思いは二度としたくないな。と思う。
壁ドン。これっぽちの事が出来ない自分が情けない。いやいや、違うだろ。これぐらいの事はしないと。僕は一息をついた。そうして
「分かったよ」
眦を決した。
「行くよ」
樋口さんは頷いた。
そうして「ドン」と壁に手をつけた。僕の視界の先には樋口さんがいる。彼女はバッチリ大きな目で僕のことを見ていた。
人生初めての壁ドンであった。
ドクン、ドクン。心臓の動きはいつもと同じ通り。平穏な動きをしている。体温だって、特別上がったりしていない。おかしいなと思う。壁ドンをすれば、もっと、こう、体中のあらゆるところが興奮をする物だと思ったのに。
「……」
「……」
お互いに黙って見つめあっていた。
そうして
「大したことないですね」
「大したことないな」
それが僕達が、この壁ドンで得た感想であった。
エタリストのパラソル 〜この小説書き終わったらクラス一の美少女が付き合ってくれるらしい〜 一七六迷子 @karakusasakuraka
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