第二話
二人はコートを後にすると、その場に座り込んだ。私もそのそばに立つ。
「いやあ、負けちまったなあ」
佐久間くんが頭を掻く。何だか呆気ない口調だった。
もう終わり、という実感がないのだろう。私だってそうだ。もう私が終わってしまっているという実感はどこにもない。
「最後のあれ、入ってると思ったんだけどな」
橘くんは胡座をかきながら両手を後ろについて体を支えていた。
「しょうがねえよ、セルフジャッジのスポーツだもん」
「まあ、そうだよな」
そこから、少しの間沈黙が続いた。
じりじりじり、と蝉がひたすら鳴いていた。
「…アオイに申し訳ねーな」
橘くんがそう呟いた。
「ちゃんと見てたかなー、あいつ」
佐久間くんはそう言って笑った。
見てたよ。
二人とも、かっこよかった。
私の声は届かない。もう私は、この世の者ではないから。
こうなるって分かってたら、もっと伝えたいことがたくさんあったのにな。
形にすらならない後悔が、私の胸を重くした。
「…最後まで一緒にやりたかったなあ」
「女々しいこと言うなよ」
「だって、そうだろ」
橘くんは空を見上げた。私を探しているのだろうか。
残念、私はまだお空にはいないよ。
今、君の隣にいるんだよ?
気づいてよ。
呼び掛ける。だが、声にはなっていないのが自分でもわかる。まるで夢の中みたいな、意思だけがそこにあり、音が聞こえてこない状態。
「アオイ、怒ってるかな」
「さあな、多分、何とも思ってねーよ」
そんなことない。
悔しくてしょうがないよ。
君たちに何もできないことも、もう会えないことも。
夏の風が佐久間くんのサラサラの髪を揺らした。
私がもう、感じることのできない空気の揺らぎ。
「でもさあ」
橘くんは嬉しそうだった。
「試合中、拍手聞こえなかった?アオイの」
「聞こえた。おかしいよな、二人して」
「ちげーよ。いたんだよ、アオイが」
なあ、いるんだろ、と橘くんは空に向かって叫んだ。
だから、空にはいないってば。
私はまだここにいるよ?
ほら、周りに変な目で見られてる。急に叫ぶからだよ、全く。
馬鹿だなあ。
気づくと私は泣いていた。涙は溢れてこない。だが、確かに泣いていた。
嬉しかったのだ。もう繋がれないと思っていた二人に私のエールは届いていた。私はまだ、一人じゃないんだ。
「帰るか」
二人は立ち上がった。
ラケットバッグを背負って、歩き出した。
私もついていこうとする。だが、足が動かない。
ああ、もうお迎えが来たんだ。
すぐに悟った。
もう私は動けない。きっと空に帰らないといけない。
伝えないと。どうにかして。
私は急に思いに駆られた。伝えないと、死んでも死にきれない。
二人に言わなきゃいけない。
感謝してるって。
楽しかったって。
二人と一緒で良かったって。
私は目一杯叫ぶ。だが、二人は止まってくれない。
いやだ、待ってよ。まだ伝えられてないのに。
もう一度叫ぶ。
すると、風が吹いた。
行け。風に乗って、届け。
風が二人を揺らすと、二人は立ち止まった。
そしてこちらを振り向いた。満面の笑みだ。
手を挙げて、二人は確かに言った。
「こちらこそ、ありがとう」
良かった。届いた。自分の顔がぐしゃぐしゃになっているのが分かる。
こんな顔、したくなかったのになあ。
私は空を見上げる。白紙の中に一滴垂らしたみたいな青を大きな入道雲が覆いつくし、まるで温かく迎え入れるように、私に微笑みかけていた。
アオの最期 kanimaru。 @arumaterus
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