アオの最期
kanimaru。
第一話
男子硬式テニスダブルス、インターハイ、東京予選、ベスト16。
コートに立つことを許されるのは4人のみ。少なくとも私ではなかった。
セットカウント0-1、ゲームカウント4-5、15-30。
あと二点取られてしまえば負けという窮地で、私にできることは何もない。
強いてあるとするなら、拍手で鼓舞するだけ。
しかも唯一できるそれも、二人には聞こえない。
なんてもどかしいのだろう。
試合を見ているといつもそう思う。
でも今日は、いつもよりずっともどかしい。
理由はなんとなくわかる。この大会が、私たちの最後の大会だからだ。
いわゆる最後の夏。生涯消えることのない青春の一ページ。
最後を迎える三年生は三人だけ。コートに立つ佐久間くんと橘くん、そしてマネージャーの私。
中学では女子テニス部だった私は、高校には女子テニス部がなく、でもテニスには関わっていたくて、男子テニス部に入部した。
私たちの高校はいわゆる弱小校で人気もなく、マネージャーが入ることも五年ぶりだと、入部する時に顧問の足立先生に言われた。
そんな弱小の中で、佐久間くんと橘くんは別格に上手だった。
入部した当初からどの先輩よりも強く、一年生の時からダブルスで都大会に出場した。
そんな輝かしい二人に比べて、私が出来ることはあまり無かった。
そしてそれは今も同じだ。ピンチの二人に、声をかけてあげることも出来ない。
テニスとは孤独なスポーツだ。試合中はたとえチームメイトであっても声を上げての応援は出来ない。タイムアウトをとることも、コーチにアドバイスをもらうこともできない。
全て自分たちでどうにかするしかないのだ。
縦23.77m×横10.97mの四角の中で四人がそれぞれポジションにつく。佐久間くんが前衛、橘くんが後衛。ポイントがはじまる。
頑張れ。
せめて心の中だけでも、エールを送りたい。
相手のサーバーがゆっくりとトスを上げる。次の瞬間、ラケットが振り抜かれる。
センター寄りの速いサーブ。橘くんがスピードに負けじと腕を振りぬく。
きっちりとクロスへと返った。相手の返球が甘くなり、センターへと飛んでいく。佐久間くんはそれを見逃さず、素早くボレーを決めて見せた。これで30-30。
私はここぞとばかりに大きく拍手した。少しでも力になれるよう、一生懸命に手を鳴らす。
届かないことはよく分かってる。それでも、止めようとは思えなかった。
相手はすぐに切り替えたようで、すでにポジションについている。次は佐久間くんが後衛、橘くんが前衛。
角度的に、サーバーの表情は読めない。しかし、限りなく集中しているのがよくわかる。
相手がモーションに入る。黄色の球体が宙へ舞う。そして次の瞬間、風が横切る。ボールは相手のコートに返らない。サービスエースだ。まさに完璧ともいえる一球。これを取れないのは仕方ない。
でもこれで、30−40。相手のマッチポイントだ。
二人はコートの中央に集まって話し合う。このポイントをどう凌ぐか。三年間の終わりがそれにかかっている。
二人は同時に空を見上げた。何か大事なものを探すように、目を凝らしている。そこにはまだ、何も無いというのに。
頑張れ、負けるな。
そう言ってあげたい。声を上げて励ましたい。
私は二人がどれだけ頑張ってきたのかよく分かっている。誰よりも早く練習を始めて、誰よりも遅く帰る二人の姿をいつも見てきた。
だからこそ応援したい。だからこそ勝って欲しい。できれば、力になりたい。
テニスは孤独なスポーツだ。
今それを痛感した。
伝えたい言葉があっても、伝えられない。与えたい勇気があっても、与えられない。
悔しい。
悔しいけど、構わない。
勝つ喜びを共有できるのなら、この孤独も、もどかしさも構わない。
勝って。勝て。頑張れ。頑張れ。
届かない思いを拍手に乗せた。
負けるな、負けるな。
相手がトスをあげた。綺麗なトロフィーポーズ。
ボールはワイドへ一直線。橘くんは必死に反応し、両手を振る。得意のバックハンドだ。
素晴らしいリターンが返った。しかし、相手も集中している。これまた素晴らしいボールが返ってきた。
あ。
思わず声が洩れそうになって、両手で口を覆う。中途半端なスイングになってしまっている。クロスを狙ったはずの打球は、相手のボレーヤーの正面へと向かっていった。
瞬間、とっさにポジションを下げた佐久間くんが、相手のボレーを返した。不格好ではあるが、超ファインプレーだ。
そして運よく、黄色の球体は前衛と後衛の真ん中に落ちた。相手の後衛は当てるだけで、打球は力なく橘くんのそばへと落ちた。相手の前衛はさっきのボールをカバーしようとしたときに、センター寄りのポジションに移動している。
ストレートなら、抜ける。
私はそう思った。
橘くんもそう思ったのだろう、両手を一閃した。バックハンドのストレート。彼の一番の武器、ダウンザライン。
前衛は反応できずに固まっている。
ライン上にワンバウンド。
決まった。
確信したその時、相手が人差し指を立てた。
いや、まさか、そんな。
「アウト」
静寂の中で、相手のジャッジだけが響いた。
橘くんは肩で息をしながら、呆然と棒立ちしていて、佐久間くんは膝に手を当てて俯いている。
やがて佐久間くんが顔を上げると、ぽん、と橘くんの背中を叩いた。橘くんは我に帰ったようにハッとして、二人は同時に礼をした。そして対戦相手と握手をして、荷物を片づけ始める。
私はただ、立ち尽くしていた。
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