Episode8

① 女同士の闘いは終わっていない

 軽井沢キングホテルに到着したのは正午過ぎだった。

 ロールスロイスの後部座席を、運転手が丁寧に開けてくれて、車椅子をセットした。

「行ってらっしゃいませ」

「ありがとうございました」

 二人で丁寧にお礼をして、生徒たちに合流する。


「えっとー、スケジュールはお昼をホテルのレストランで済ませて、早速テスト。それから夜まで講義か。晩御飯終わって臨時講師による講座が8時から9時。その後、自由時間か」


 うんざり気味で一人ごちる。


「特色科も座学ばっかりやん。私にとってはちょうどよかったけど」


 美惑もスケジュールに目を通しながらそう言った。


 お昼はレストランと大広間。二手に分かれるが、席は自由で良太は美惑と一緒にテーブル席を確保できるレストランに行く事にした。


 通常よりも席数を増やしているらしく、テーブル間は狭く生徒たちのはしゃぐ声がうるさい。


 奥の方にちょうど4人掛けのテーブルが空いていた。

 テラスからは、一面の銀世界が広がっていて、ロケーションは言う事ない。


 美惑の車椅子をテーブルまで押して

「ここで待ってて。俺が運ぶから」

 と、二人分の食事を、カウンターに取りに行く。


 食事はカツカレー一択。

 トレーに乗せられた皿には既に盛りつけられたカツカレーが並んでいて、各々テーブルまで運ぶという特別措置が取られていた。


 通常はもっと落ち着いた雰囲気なのだと思う。

 今日は、貸し切りと書かれたイーゼルが入口に立てられている。


 トレーにスプーンを乗せて、テーブルに戻ると、美惑の向かい側に女子の姿が見えた。


「え? 誰?」


 よく見たら、白川さんだった。


 美惑がこちらに気付いて左手を上げると、白川さんがこちらに振り向いた。

 彼女の前には既にカツカレーが置かれている。


「双渡瀬君。私も一緒にお昼いい? なんだか他のグループに入りづらくて」


「うん。全然構わないよ」


 そう言えば、あの制服の一件以来、彼女が友達と一緒にいる姿を見た事がない。

 学校でのお昼はいつも一人だ。

 テーブルは既に出来上がったグループが全席占領していて、入り込む余地がないのだろう。


 良太は美惑の隣に腰掛けた。


「私、お水持って来るね」


 白川さんが立ち上がる。


「あ、いいよ。俺が持って来る。三つ持って来るから食べておいて」


 カウンターにずらりと並んだ銀のポットから水を注ぎ、席に戻ると二人で何やら楽しそうに会話していて、食事はまだ始まっていなかった。


「何の話してたの? 楽しそうじゃん」

 そう言いながら、美惑の隣に座った。


「私、こんな大雪見た事ないって話」と、美惑。


「そっか。九州はそんなに雪降らないのか?」


「降るには降るけど、ここまでは積もらないよ」


「東京も似たような物じゃないかしら」と白川。


 美惑は左手で不器用にスプーンを操作するが、カツが乗ったカレーはなかなか食べづらそうだ。


「貸して」

 良太は美惑のスプーンを取り、縁でカツを切り分けてやった。

 柔らかい肉質のサクサクとしたカツはスプーンですんなりと切りわける事ができた。


「ありがとう。あーん」


「え?」


「あーん!」

 こちらに向かって口を開ける。


 しばし、周囲に視線を走らせたが、こちらを気にかける者はいなさそうだ。

「はいはい」

 仕方なく、口に運んでやった。

 雛に餌をやる親鳥になった気持ちで。


 バランスよくライスとカレーの上にカツを乗せて、食べさせてやると、美惑は嬉しそうに目をぎゅっとつぶった。


「美味しい?」


「うん! 甘口で美味しい」


 美惑に食べさせながら、自分の腹も満たす。


「うん。美味しいね。ちゃんと手作りのカレーの味だね 」


「うん。カツも柔らくて、脂が甘いね」


「やっぱ、キングホテルは違うね」


 そんな事を話しながら食べている最中だった。


 制服一色のレストラン内に、一人奇抜な柄のスーツを着た男性が、トレーを持ってうろうろしていた。

 席を探しているようだ。


「あ、あの人……」

 白川さんが、男性に気付いた。


「剣崎さんだね。インフルエンサーの。確か、今日の臨時講師だよね」

 美惑がもぐもぐしながらそう言った。


 どうやら座る席を探しているようだ。


「剣崎さん! ここ、どうぞ」

 そう、声をかけたのは白川さんだった。


 その声に弾かれるようにこちらに視線を向ける剣崎誠。


 アイドルも顔負けの笑顔を輝かせてこちらにやってきた。


「ここ、いいかな? 全然席が空いてなくて」


「もちろん、どうぞ」


 剣崎は喜んで、白川さんの隣に座った。


「講義は夜からなのに、もう来たんですか?」

 失礼な物言いをしたのは美惑だ。


「いやぁ、この雪でしょう。夜の運転は危ないから少しでも早い時間がいいかなと思ってね」


「なるほど」


 剣崎は、大きめの一口を口に運ぶ。


「うん、美味いね」


 成功者で、お金持ちなのに、気さくで律儀な人だなという印象を受けた。


「あれ? あー! 君は!!」


 剣崎は今頃気付いた様子で美惑に向かって大きく目を見開いた。


「初めまして、元アイドルの黒羽美惑です」


 剣崎は感激した様子で右手を差し出した。

 しかし、美惑の右手は肩骨折のため動かせず、握手に応じる事ができない。


「あ、あー、ごめんなさい。こっちか」

 剣崎は左手を差し出した。


 美惑は、戸惑いも見せず快く握手に応じる。


「いやぁ、光栄だなぁ。こんな所で美惑ちゃんに会えるなんて」


「知らなかったんですか?」


「知らなかったよ。もちろん、現役のアイドルやモデル、俳優の卵たちが通う学校っていうのは知ってたけどね」


 剣崎はそう言って食事を再開するかと思いきや


「今度、動画でコラボしない?」


 そう誘う言葉は決して軽いものではなく、至ってビジネスライクだ。

 常に仕事の事が頭の中にある人なんだろう。


「ありがとうございます。けど、もうネットも含めてメディアには出ません。せめて少なくとも高校卒業するまでは、普通の女子高生でいたいんです」


「そうか。残念だけど、わかった。ファンとして君の選択を応援するよ」


「私、先週の配信観ましたよ」


 剣崎にそう声をかけたのは白川だ。


「本当? ありがとう。どうだった?」


「とっても勉強になりました」

 そう話す顔は優等生そのもの。


 剣崎は、ふふと少し照れながら笑い

「君も芸能コース?」


「いいえ。私は普通科です」


「へぇ、かわいいからてっきり女優さんかモデルさんだと思ったよ」


 白川さんは何故か頬を赤くした後、笑顔を沈めた。


 すっと席を立つと

「お先に失礼します」

 そう言って、トレーを持ってさっさと立ち去ってしまった。


 剣崎はしばらく白川さんの背中を眺めていたが、気にすることなく、食事を再開した。


 良太は彼女の態度が少し気になった。



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俺のガチでヤバい彼女 神楽耶 夏輝 @mashironatsume

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