クリスマス カウント

dede

第1話


経験した回数は28回。貰った回数は22回。あげた回数は10回。私の年齢、29歳。


「んー?そうだよ、生徒さんの一人が発熱で欠席でね、今ね、ぽっかり時間が空いてさ。えー、暇だからって電話するなって?別にいいじゃないの、そっちも暇してたんじゃないの?

え、ガサゴソ?ああ、電話しながらピアノ拭いてたから。もぉーね、今指紋一つないぐらいピッカピカよー」

私はピアノに息を吐きかけるともう一度丁寧に拭いた。黒い表面にスマホを耳に当てた私の顔が映る。スマイル。うん、完璧。

「ま、すぐベトベトになるんだけどね。え、なんて?あー、自分の子供はいいよ。相手いないし結構今満足してるし。

あーあー聞こえなーい。もう、余裕な発言だな?ま、だから平日のこんな時間に気兼ねなく電話できるんだけどさ。

で、どう調子は?……ふーん?想像つかないな。ま、産まれる前には一度遊び行くよ。うん。うん。

ふふ、ちゃんと主婦らしいこともしてるじゃん。うん、じゃ、また今度電話するねー。うん、また」

友達の元気な様子に満足して、私は電話を切った。

窓に目を向けると庭の木が枝葉を揺らし、地面の落ち葉がくるくると舞っていた。

「……外寒そうだし、暖房入れようかな」

今入れたら、次の生徒さんが来る頃には温まってるだろう。年末も近い昨今だ。


私は実家暮らしである。両親は未だに就労中で、その両親の不在な日中に実家でピアノ教室を営んでいる。

1階に、私の所持品で一番高いグランドピアノが鎮座していて、

他に、私の趣味で購入したギター、ベース、ドラム、ウクレレ、ハーモニカ、オカリナ、トランペット、フルート、etc...。

私の収集癖で購入してるので弾けない楽器も多いが、持っている楽器は生徒の目に触れる所に並べている。

「ナギサ君、来年度続けるかどうか、ちゃんと親御さんと相談してきてね?」

「続けるよ?」

「いや、そこは相談してきてお願いお金絡むの後で親御さんに確認するから」

「信用ねーのな?」

渚君はぶーぶー文句を垂れている。

「前科」

この子、小学から中学に上がる時も勝手に返事して後から親御さんと慌てたから信用ならないんだよね。

「やるって。親が反対しても説得するから」

「説得してから報告して?っていうか、高校からはもっと忙しくなるんだから、だいたい皆辞めるんだよ?」

「先生が言う?」

「先生だから言うの。プロ目指して本気でやるにはもう遅い……っていうか、断ったよね?趣味でやるのもいいけど、だったら自分で出来るよね?それぐらい充分知識も基礎もあるよね?

できるぐらいには教えてきたつもりだし、身に付いてないんだったらココで学ぶ意味はないと思うんだ。他に行きなよ」

「先生は最高の先生だよ。だからもっと教えて欲しい」

「いやいやいやいや、ムリムリムリムリ。既に手に余ってるから。正直勘弁して?」

ナギサ君、才能あったんだよなぁ。過去形だけど。小学の時にうちのピアノ教室に入って1年ぐらいで他の子と違うんだと分かった。

『彼には才能があります。伸ばすおつもりでしたら、適切な先生を紹介させて頂きます』

情けないなと思いながらも、そう告げざるえなかった。さっぱり教え方が分からない。

幸い、音楽学校の恩師は実績のある方だった(そんな人に私が師事して頂けたのは未だに謎だが)。きっと良い方向に指導して頂けるだろう。

そう思っていたが断られた。ご両親は習い事感覚で本格的にやる事に難色を示したのと、本人も他の先生に乗り気じゃなかったためだ。

勿体ないと思いながらも、そう言われたら私からはもう何も言えない。

そうして、頭を悩ましながら教え続けてもう中学3年である。

「受験する学校どこ?部活動とかしないの?」

「地元の高校。高校でも帰宅部の予定」

「ちゃんと考えてる?」

「好きなようにやるだけだよ」

そういってニカっと笑った。時々ナギサ君が羨ましく思える。いいね、好きなように生きたいもんだ。


「……そうですか、ナギサ先輩帰っちゃいましたか」

「さっきまでいたんだけどね?」

「いいんです。遅れてきた私が悪いんです」

そうは言ったけど、サリナさんは大層残念そうだった。同じ日にレッスンがある日はとても楽しみにしてるもんなぁ。

「……ねえ、先生?あんまりこういう事、聞いちゃダメなんでしょうけど……先輩って高校でもココ、続けるんですか?」

「そうだねー、まだ分からないケド、辞めるようには勧めてるよ」

「なんでです?」

サリナさんが、そう言いたくなるのは分かる。ナギサ君がココを辞めちゃったら接点なくなっちゃうもんね。

でもね、ここは教える、教わる場所なんだ。教える事がないのに、おいでとは私は言えないや。

沽券に関わるから、そのまま伝える訳にいかないけど。ああ、面倒だ。正直な気持ちで話せたらいいのに。

私もね。あなたもだけど。

「本気でやってる人以外、高校生にもなって習い事してる人、いないでしょ?つまりはそういう事だよ」

「分かるけどイヤです。先輩は何て言ってるんですか?」

前言撤回、サリナさんの正直者め!ただ、それは私じゃなくて先輩君に言って欲しい。

「続けたいとは言ってるけど。私は良くないと思ってる。……ねえ、ナギサ君って学校ではどんな感じか知ってる?」

「はい、有名人ですから。文化祭ではバンドでキーボードやってて、沸かせてました」

「……そんなことしてたの?」

「……知らなかったんですか?」

私の驚きに、サリナさんは驚いていた。コレですと、スマホを操作して動画を見せてくれた。

言っては何だけど、一人浮いていた。他の楽器も下手じゃないんだけどね?じゃないけど、興奮して走ってしまってた。それを上手い具合にキーボードでペースを調整してるトコは小憎たらしい。

「……どうでもいいけど、これアニソンだよね?女性ボーカルを男が歌ってこの盛り上がりって、いい学校だねぇ」

「そ、そうですかね?」

他を知らないから分からないとサリナさんは答えた。

私の母校なら生卵飛んできても文句が言えないけど、私も他所を知らないから実は分からないのか。時代も違うし。

「ふーん、こんな事してたんだ」

「はい」

私は一切相談されてない。ということは、一人で充分遊べるだけの実力があるのだ。趣味でやる分には申し分ない。

というか、これ、ナギサ君が確実にアレンジ入れてるよね。指紋ぐらいハッキリと個性が出てる。

正直、私に相談されてもこんなにカッコよくアレンジなんてできなかった。

「ナギサ君、バンドするの?」

「いいえ、これっきりみたいです。頼まれただけって答えてたって聞きました」

「学校じゃ話さないの?」

「接点、ココしかないですから。話すことないです」

サリナさんは諦めた顔で弱弱しく笑った。それを見て、余計なお節介と思いつつも

「……次のレッスンまでにナギサ君の12月の予定聞いておくよ。それで、予定教えるからさ、次に会った時にでもデートとか誘っちゃえば?」

「いや、そんな……ご迷惑でしょうし」

そう言って顔を赤らめる。肯定はしないものも否定もしない。その点は自分の気持ちに嘘をつかない分好感が持てる。

「これは人生の先輩としてのアドバイス。

ナギサ君がココ辞めて卒業したら、もう会えないかもよ?

そしたら、ずっと今の気持ちのままズルズルしちゃうかもよ?

だったら、動いてみたら?成功するにしても、失敗するにしても動かないよりは悪くならないハズだよ?」

「……ありがとうございます」

お礼はあったが、返事は保留だった。



「……え、クリスマスイブにレッスン入ってるよ?」

「入れたから」

「遊べよ!?遊ばないなら受験勉強でもしようよ?ピアノ弾いてる場合じゃないでしょ!?」

「ちょっとピアノ教室の先生さん?」

「いいの!生活掛かってるけど、誰かの人生狂わしてまで日銭稼ぎたいとは思ってないの!」

思い出はプライレスだから許すとしても、じゃなかったら勉強してろよ?正直今でも今月からでもレッスン止めとけと言いたい。

「といってもさ、イブの日、誰のレッスンの予定なかったじゃん。オレが入れてもいいじゃん」

「良くない」

「これはもう、イブの予定が空いてた先生が悪い。デートとか、しなくていいの?」

「予定がないのは私のせいじゃないし?誘う気のある男性が私の事を見つけてないのがいけないんだし?」

なにその屁理屈、とナギサ君が笑った。

「じゃ、俺と一緒にイブ過ごそうよ?素敵な演奏、聞かせるよ?」

「素敵な演奏は疑ってないけど、君とイブを過ごすのは嫌だなー?そっちこそデートしてなよ?」

「先生、一緒に街に繰り出します?」

「仕事中」

「予定、俺だけ」

「それでも仕事中。そういえば、来年度のこと、相談した?」

「続けますよ」

「親御さんは?」

そこでようやく苦い顔をして「説得中です」と答えた。

「ちゃんと相談して決めようね?それじゃ今日の……」と、今日のレッスンを始めた。



遊ぶ約束をしてたのに、断られた理由が発熱だった。それからしばらくして妊娠が発覚した。

それ以来、電話やラインでは交流があるものの、会って話す機会はなかった。

本当なら、グラスを傾けながら長年付き合った彼氏に振られた愚痴を語るつもりだったんだが。おかげで私の中ではまだまだ燻ぶったままだ。

小学生までは、親からプレゼントを貰っていて、彼氏がいる時は、彼氏からプレゼントを貰っていたし、贈ってもいた。

つまりは何が言いたいかというと、今年私はプレゼントを貰いもしないし贈りもしないのだろう。



「ちょっと、〇〇ちゃん!」

「いいんですよ、お母さん。〇〇ちゃん、楽しい?」

〇〇ちゃんは答えない。知ってる、まだうまく言葉にできるような年齢でもないよね。

それでも、ニコニコしながら鍵盤を手のひらで力任せに押さえる。鳴る。反応が返ってくる喜びを知り、また別の鍵盤を手の平で押さえ、別の音が鳴る。

異なる反応が返ってくる喜びを知り、益々喜ぶ。

ジャン、ジャンと鍵盤をバンバンと叩き続き、音の反応を無邪気に飽きもせず楽しみ続ける。

他の楽器でもさせるけれど、グランドピアノが一番反応がいい気がする。やっぱり音が気持ちいいんだよね。

時には抱き上げて鍵盤を押し、中でどう音が鳴っているかも見せる。仕組みに更に興味を惹く。

最後に、ひざ元に座らせたまま、事前聴取していた好きな曲を弾く。

音楽が、目の前に再現されることに不思議そうにしている。

不思議そうにしながら、見上げて私の顔を見た。

うん、不思議だね。でもね、これは、君にも出来る事。大丈夫、難しくないよ。だから、君が気に入ったなら、教えてあげるね。



「ねえ、先生。ちゃんとアルコールで消毒してますか?」

「うんうん、大丈夫。ちゃんとしてるよ。……」

サリナさんは、この頃少し潔癖気味なので幼児のレッスンの後だとちゃんと消毒されたか気にする。

彼女も小学低学年だった頃は、ピアノの鍵盤をベトベトさせてたのだけどなぁ。

「?……どうしたんです?」

「ううん。何にも?これ、ナギサ君の12月の予定」

私は予定表を彼女に渡す。

「……やっぱり24日にレッスン入れてますね」

「やっぱり?」

「ううん。何でもないです。ありがとうございます。あの、私も24日、レッスンお願いします。先輩の、前で」



あっという間に24日当日。結局レッスンを入れたのは二人だけだった。

私はレッスン以外、何の用事もない。

両親は、二人でデートするらしいので不在だ。いや、正直助かるのだがデートの予定のない娘としては複雑でもある。

この歳で独身だからとグチグチ言われるよりマシだけどね。いや、言われないのは言われないのでプレッシャーであるか。

何にせよデリケートなのである。思春期ぐらいには。

「いらっしゃい」

「……失礼します」

サリナさんは普段よりも気合の入った服装をしていた。顔も引き締まっている。荷物も多かった。

「まあ、だと思ったけどね」

その分練習は気もそぞろだった。

「ああ、もう止め止め。練習にならないし」

「ご、ごめんなさい」

「いいっていいって」と生返事をしながらノートパソコンを取り出した。

「ねえ、サリナさん。サリナさんが好きなラブソングを教えて?それを教材にして、説明したり解析して音楽への理解を深めようよ?」

私はサリナさんから最近の曲を教えて貰い、それを元に二人して解析してあーでもないこーでもないとこねくり回すのだった。



「もうそろそろナギサ君来るかな?」

「来たら少し時間貰っていいですか?」

「もちろん。でもナギサ君のレッスンが終わった後でなくていいの?」

「前がいいです」

「わかった」

間もなく、チャイムが鳴った。ドアを開けるともちろんナギサ君だった。こちらもいつもより荷物が多い。

「失礼しま……あ、まだ前が終わってなかったですね。待ってます」

「あ、いいよ。もう終わるから。それより少し時間貰っていい?」

「え……い、いいですけど」

「よかった。サリナさん?」

「はい。あの、先輩。少し外で話せませんか?」



しばらくすると、ナギサ君だけが戻ってきた。

「戻りました」

「お帰り。サリナさんは?」

「帰りました」

「そっか。ちなみにサリナさんと面識ってあった?」

「当たり前じゃないですか。ここで何度も会ってたから。たまに話してたし」

「そっか」

「あ、レッスンの前に。これ、どうぞ」

ナギサ君はカバンから、包装紙に包まれた手のひらサイズのものを手渡してきた。

「なに?」

「プレゼントです。メリークリスマス」

私は意表を突かれた。

「私に?あー、ごめんね。私は用意してなかった」

「いいんです。オレがあげたかっただけだから」

そう言われて、私はひどく胸が痛んだ。あげたかっただけ、か。

「ねえ、先生」

「なに?」

「好きです」

たぶん私はキョトンとしてたと思う。そんな私をナギサ君は真っすぐ見つめていた。

「私、おばちゃんだよ?」

「で?」

「先生と生徒じゃん、ピアノ教室とはいえ」

「で?」

「君を好きな子が、他に」

「で?」

「……」

「言い訳はいいです。で、結局先生はどう思ったんです?そこんとこ、説明してください。できれば解説も」

「私は……嬉しかった、よ?うん、嬉しかった。プレゼントも貰えるとは思ってなかったし嬉しかった。

でも、やっぱり気持ちには応えられない。子供の頃から見てたからね、親戚の子のようにしか思えないよ。恋愛対象には見れない」

「そうですか」

悔しそうにナギサ君は言った。でもね!、と私は続ける。

「応えられないけど、本当に嬉しかったんだ。

君に好きと言われて。プレゼントを貰って。

君に好きと言われた自分の事を誇らしく思えるぐらいには。

だからね、ありがとうナギサ君」

それが私の嘘偽りのない素直な感想。

振り返って私はどうだったろうか。クリスマスにプレゼントをあげていたけど、どういう気持ちであげてただろうか。

単にお返しだとか、クリスマスだからという理由で選んでなかっただろうか。だから私は……。

「……そうですか。ならよかった」

ナギサ君は複雑そうな表情だったけど、最後には嬉しそうに笑った。

「じゃ、今日のレッスンしますか」

「え、この後ピアノのレッスンとかできるの?」

「もちろん。それはそれ、これはこれですよ、先生」

「でも、ほら、ピアノを続けてたのって私を好きだったからじゃ?」

「それもありますけど、違います。先生が教えてくれたんですよ、音楽は面白いって。面白がってるうちは教えてくれるって。

だから先生のレッスンを受けてるです。先生のレッスンは面白いです」

「……そっか」

ちゃんと受け止めて貰えてたらしい。



後日、子供服のお店に出向き、乳児向けの服を選んでいた。男女どちらでも着れそうな色で。

可愛くて、肌触りがよく、なるべく洗濯しやすそうな。友人とその子供が喜んでくれそうな服を選ぶ。着てる姿を思い浮かべ、着てる子供を見てる友人の姿を思い浮かべる。

友達も、日々、我が子に贈るものを考えて過ごしているのだろう。

今後はプレゼントを貰うことよりも贈ることが多くなるんだろうなと思いつつ、

それはそれで楽しいんだろうなと、今なら想像ができた。


経験した回数は29回。貰った回数は23回。あげた回数は10回。私の年齢、29歳。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスマス カウント dede @dede2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ