おつきさまのひかりとなみだひとしずく
はに丸
おつきさまのひかりとなみだひとしずく
おつきさまの白いかおが夜空をかざると、みずかがみにひかりのかげがうつしだされます。
それはおつきさまのうつくしさです。
海も川も水たまりも、おつきさまのうつくしさを溶かしています。だから、地上もひかりかがやいているのです。
でも、おつきさまのひかりは無限ではありません。かえしてもらわないと、白く細いかんばせも、赤くふくれてみっともないすがたになるのです。
おつきさまは、つつしみぶかいのでじっとがまんなされますが、本当は、はずかしくて逃げてしまいたいのでした。
月の子は大好きなおつきさま、いいえおかあさまが悲しむすがたにむねがつぶれそうでした。だから、みずかがみにうつったおつきさまのかげを集めています。
夜に飛ぶ虫たちにおしえてもらい、まいにち月の子はかけだします。
「あっちの海におつきさまのひかりがあるそうだ」
くろくぬめるような大波のなかで、おつきさまのひかりがこうこうとかがやいていました。
「海さん、おかあさまのうつくしさを返しておくれないかい。そんなに大きく波うっていると、ぼくはさらわれて遠くへ流されてしまう。すこしだけ、しずかに、じっとしておくれないかい、ほんのすこしでいいんだ」
月の子がよせてはかえす海原にむかってあたまをさげました。海はこころがひろいので、すこしだけ動くのを止めてあげました。
さざなみに浮かぶつきかげを、月の子はえいやとすくいあげました。
「おつきさまによろしく」
海は岩くだきうずまきながら、月の子をみおくりました。おつきさまのひかりが消えると、海はさらにあらあらしくなるのでした。
夜の虫は海のほかにもたくさん知っています。せかいでいちばん目が良いのは虫たちなのです。
「ちいさな水たまりにおつきさまのひかりが少しあるんだって」
そう教えてもらえば、月の子はレンガのくぼみにできた、ちいさな水たまりをたずねました。
「水たまりさん、きみの中でゆらめいている、おかあさまのひかりを返しておくれ」
水たまりははずかしそうに身をちぢめます。そうすると、きれいなわっかがひろがり、いくえのはもんをつくりました。
「おつきさまのひかりで、じふんがりっぱな気持ちになっていたよ。ちっぽけな水たまりにはふさわしくない。持っていっておくれ」
月の子はひかりを優しくとりだしました。
「おかあさまのひかりはすばらしいもの。りっぱな気持ちになってもしかたがないよ」
月の子はせいいっぱいなぐさめました。水たまりは、
「うん、そうだね」
とすこしさみしそうに言ったあと、だまってしまいました。
そうして夜のしじまがおとずれると、月の子は手持ちぶさたになって、
「りっぱな気持ちになるのはしかたがないよ」
とくりかえして、たちさりました。
海や水たまりはすなおですが、みんながそうだとは限りません。
「山の中の細い川におつきさまのひかりがかそけくゆらめいているそうよ」
教えてもらったのは山の奥です。わき水から土の中をとおって、岩はだをけずりながらながれる川は、言うことがいつも変わってしまいます。
「ひかりは、はやいながれにのって、とおい下流に行ってしまったよ」
「小さな滝から滝へ、きらきらとひかりながらうごいているよ」
「ながれからはなれた、よどみの沼に落ちてしまった」
言われるたびに、月の子はむかいますが、そのときにはもうちがうところでたゆたっている。川はなかなか返してくれません。
「どうしてウソを言うのさ、どうしておとなしく返してくれないのさ」
月の子はとうとうしゃくりあげ泣いてしまいました。
川はめんどくさそうに、みずしぶきをあげます。
「おつきさまのひかりを盗もうなんて思わないさ。かってにはいってきて、こちらの中をかけめぐる。むせんじょうしゃだ、うんちんがほしいくらいだよ」
「おかあさまをどろぼうあつかいするなんて!」
月の子は、わあわあと泣きわめきました。
川は、土と砂でせきとめて流れるひかりを止めてやりました。
「とっとと持っていっておくれ、こちらはたのんじゃいないんだ、べつにおつきさまがなくても、川はりっぱでうつくしいんだ」
めいわくそうに言う川から、月の子はひかりを釣りあげました。とてもきらきら、せかいでいちばんうつくしい、おかあさまのひかりです。
「なんだい、おかあさまのほうがりっぱだよ!」
月の子はおれいひとつなく、さっていきます。
さらさらのみなもにうつるおつきさまを、いとしそうに川がはこんでいた。月の子はそれを知っていました。
「ほんとうはりっぱだと思ってるくせに!」
月の子は口をとがらせ、はらだちまぎれ石を川にけりとばしてから、逃げました。
ある夜、月の子はあつめたひかりが足りないとこまっていました。
海、湖、川、みずたまり。
教えてもらったところはぜんぶあつめたはずです。
ほかにどこがあるのだろうとまごつきながら、一匹のこおろぎに聞きました。
「ほかにおかあさまのひかりはなくて? きちんとあつめないと、いけないよ」
こおろぎは、羽をならしながらこたえます。
「これから女の子がきみのおっかさんを見て、泣きだすよ。そのなみだにひかりが閉じこめらるんだ」
月の子はそんなばかな、とおもわずつぶやきました。おかあさまはとてもうつくしいし、みんなをやさしく見守っている。そんなおかあさまを見て泣く人がいるわけがない。
「おかあさまを見て悲しくなるなんて、そんなことあるわけないよ。もしそうなら、その女の子はなんてねじまがった人間なんだ!」
じだんだふんで悔しがる月の子を、こうろぎはつめたい目で見ながら
「でも、泣くよ。そうしてなみだにきみのおっかさんのひかりがたくさん、ぎゅうっと閉じ込められる。それをとりかえさなければ、ぎみのおっかさんは、みっともない赤ら顔」
とうそぶいて、ぴょんぴょんはねて飛んでいってしまいました。
ほんの少しのひかりでも、とりもどさないとおつきさまのうつくしさはかげってしまいます。ましてやたくさんだなんて。
でも、ちいさなしずくに、たくさん入るものなのかしら?
月の子はだまされた気持ちと腹立たしい気持ち、半分ずつかかえながら、かけだしました。
海の近くにある古い旅館のまどべに女の子がいました。とてもおさない顔だちなのに、おとなのようにお化粧をして紅を引き、けばけばしい着物を着ています。まるで、蛾のよう、と月の子はかくれ見てました。
女の子はこの世のすべてをうらむようなこえで小さく歌ったあと、おつきさまを見ながらひとしずく、なみだをながしました。
その、小さなしずくに閉じこめられたひかりのうつくしいこと! こおろぎの言葉は本当でした。
月の子は、大好きなおかあさまのひかりをたくさんぬすんだこともはらだたしくなりました。
おつきさまを見て、泣くことだって許せないというのに!
月の子は、手を伸ばし、あざやかなしぐさでおつきさまのひかりをとりかえすと、思わず女の子の前にあらわれました。
女の子はとつぜん、こどもが目の前に立っていたのでびっくりしました。
「あんた、どこの子だい」
「どうしておつきさまを見て泣くんだい!」
月の子は女の子の問いに返さず、言いました。女の子はくずれたとうふのようなえがおを浮かべて口をひらきました。
「きれいだからよ」
しっとりとしたえがおで言うと、女の子はおつきさまを見上げてため息をつきました。
そうしてひとしずつ、またなみだを落としました。月の子は思わず手を伸ばして、頬からそのしずくをすくいとりました。
女の子のなみだはとてもきれいでした。
おつきさまのひかりが閉じ込められていない、ふつうのなみだでした。しかし、今まで見たなかで、いちばんきれいでした。
月の子は、おかあさまよりきれいなものがあるなんて! とぼうぜんとしてしまいました。女の子は、
「おしろいが剥げてしまうわ」
と、てぬぐいでそっと涙をぬぐったのでした。
「わたし、もう戻らなきゃいけないの。はじめてのおしごとだもの、ヘマできないわ」
「待って」
窓を閉めようとする女の子を、月の子はあわてて止めました。
女の子はじゃまそうににらみつけてきます。月の子は、にらみかえせず、どぎまぎしながらひっしにことばを考えました。
「きみがおつきさまを見て泣くときは、僕がそのなみだをもらっていいかい? おつきさまのひかりがキラキラきれいなんだよ」
月の子は、おつきさまのひかりが無くてもきれいだけど、と小さくもごもご言いました。
女の子は月の子をまゆをしかめてじっと見たあと、にこりと笑いました。
「いいわよ。おつきさまってきれいだから、胸が苦しくなって、涙が出るの。きっとまた泣いちゃうわ、あんたにあげるわよ」
すこしおとなぶった顔の女の子はそのまま窓を閉めました。
月の子は、集めたおかあさまのひかりを持って帰ります。ひかりのないただのなみだも持って帰ります。
次の夜も次の夜も、月の子はおつきさまのひかりを集めます。海をめぐり川をくだり、みずうみをのぞきこみ、水たまりをすくいます。
女の子のなみだも受け止めようと待ちます。
でも、女の子はにどと、おつきさまを見てなみだを流しませんでした。
それでも月の子は女の子がまどから顔を出すたびに、期待に胸をふくらませます。女の子がおつきさまを見るたびに、月の子は手を伸ばします。
伸ばし続けます。
おつきさまはこうこうと夜空をてらし、世界中にひかりを降らします。今日も月の子がそのひかりを集めて、女の子のなみだをおもい、手を伸ばしているのです。
おつきさまのひかりとなみだひとしずく はに丸 @obanaga
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