対怪人戦闘魔法少女 〜ハードコアな世界を生き急ぐ短編集〜
ねむい眠子
お礼なんて言わないで、良心が痛むから
①波濤は渇きを癒せない
魔法少女クレイヴ・エイドは、自身の太ももに千枚通しを突き立てた。
よく言えば年季の入った、悪く言えば不衛生な凶器は、変身前から携行している私物だ。
背筋を這う悪寒と、太ももに熱い電流じみた痛みが伝う。しかし彼女の見立てでは、不十分だった。
千枚通しは何度も何度も肉を抉り、動脈に
到達する。
熱い血の
深追いをしても、手間がかかると彼女は判断した。
クレイヴ・エイドは、右手をかざす。血濡れた手を見つめて、彼女は言った。
「応えて、シレーヌ・セラピー……!」
空気が揺らぎ、
杖の片側には
クレイヴは杖を得ると、地に突き刺した。その衝撃で、舵輪が軽快に回転する。
あたり一帯が
これこそが、クレイヴ専用の武器にして最大の魔法。すなわち、治癒である。
クレイヴを取り巻く魔法少女たちは、みな意識がない。
中には上半身と下半身が分かれた少女もいる。
怪人のるつぼと称される、
この地区で戦う魔法少女の戦死率は、非常に高かった。
しかし、クレイヴが前線に出るのは珍しかった。
年に一度起きるかどうかの大規模な戦闘により、現場は混乱していた。
幸いなことに、クレイヴの治癒魔法は非常に優れている。
魔法陣に入った魔法少女であれば、複数人同時に治療ができる。
加えて治療時間を短縮する術も心得ていた。
治療に要する時間は、怪我の程度が軽い者に合わせて設定される。
たった一人でも軽傷者が――たとえば太ももに穴が空いている程度ならば。この場にいる魔法少女全員の傷は、十五分程度で回復できる。
ゆえに彼女は、ベテラン枠の魔法少女たちの蘇生を任されていた。
「〜〜♪」
鼻歌まじりで、クレイヴは舵を取る。歌っているのは、『小さな世界』だ。
彼女にとって、治療は船旅だった。
シレーヌ・セラピーは、舵の重さによって治療の進行度を知らせる。
今回の航海には、ゆくゆく嵐が訪れると彼女は予測していた。
不可視の海は荒れ狂い、クレイヴの舵を妨害するのだ。そうでなければ、
落ち着いた様子で、クレイヴは舵を取り続けた。こう見えても彼女の魔法少女歴は、二十年を超えている。
彼女には、周囲を見渡す余裕さえあった。
隻腕となった魔法少女の肩からは、骨と筋膜が生えてきていた。
上半身と下半身が分かれた魔法少女は、切断面から肉の糸が伸びて互いを引き寄せている。
失血死寸前だった魔法少女であれば、顔色に血が戻りつつあった。
クレイヴの太ももの傷も、とうに塞がっている。アザと化した傷跡は、むず痒い熱を帯びながら肉が作られている。
舵を右に切りながら、クレイヴが足をかいている時だった。
「ここ、は……」
か細い声に、クレイヴは振り向いた。
目が合ったのは、緋色の和装姿をした魔法少女――スパーク・ブロッサムだ。
クレイヴの記憶によれば、ブロッサムは
「動いちゃダメよ、また骨が折れちゃう!」
「……イーブンプロミスは?」
うつろな目つきでブロッサムは問う。
イーブンプロミス。今回の戦闘のきっかけとなった、忌まわしき怪人である。
「あと、どれくらい待てば……また戦える?」
スパーク・ブロッサムの額には、脂汗が浮いている。
クレイヴは、痛ましく思いながらも困惑していた。治療中に話しかけられることなんて、今までなかったからだ。
「怪我が治ったら、情報共有してあげる。今はおとなしく船旅を楽しむことが、キミの仕事だよ」
クレイヴは、笑顔を取り繕った。慈悲深く、優しさと余裕をまとった清らかな笑みだった。
「ジャンキーナイト……、ヒロイックハート……」
前線に置いてきた仲間の名をつぶやきながら、ブロッサムは気絶する。
彼女のうわ言は、やがて深い寝息に変わった。
クレイヴがホッとしたのも束の間。
舵は、一気に重みを増した。
「――来る」
クレイヴには、そのつぶやきが遠く聞こえた。代わりに、生々しい幻が迫る。
吹き
魔法には、必ず代償が必要である。魔法少女も怪人も関係ない、絶対のルールだ。
便利な魔法であれば、求められる代償も恐ろしくなる。
クレイヴの場合、誤った舵を切ると魔法少女が瀕死に戻るリスクが課せられていた。
しかし嵐だけでは、舵取りの妨害にはならない。
地に伏す仲間たちの息は、穏やかなものに変わった。
クレイヴの
舵輪の重さを踏まえると、九分ほど耐えれば航海は終わるだろう。
彼女の見立てに、狂いはない。だからこそ、つまらない。
クレイヴは、舵を切る速度を遅らせた。
ほんのわずかな間だった。なのに、舵は軽さを取り戻す。
クレイヴの太ももに、痛みが走る。治りかけていた傷が、叫ぶように存在を主張している。
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対怪人戦闘魔法少女 〜ハードコアな世界を生き急ぐ短編集〜 ねむい眠子 @tokekoro
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