50マイルの笑顔

猫又大統領

読み切り

 今日もは泣いている。

 50マイルは人間が突然変異したもので、身長5メートル。横にも大きく、体重はおよそ1トン。6歳の年齢。

 今まで人間に害をなすトラブルはないが、母親から我々研究機関に引き取りの依頼があった。

 問題を起こせば24時間以内にこの研究機関へ送られるが、いくら変異体といえども一応人間なので理由もなく捕まえることはない。

 彼の名前の由来は、彼の住む山と研究所の距離が丁度50マイルから。

 50マイルは母の住む村の山に隠れ住んでいた。だが、山に怪物が住むとの噂が広まると、村人たちが怪物退治を考えていることを知り、母親から我々に連絡をしてきたという。しかし、研究所の職員の間では専ら金のために息子を売ったと話していた。

 何故なら、母親自ら研究所に連絡を取るなど前例がない。ほとんどの場合、隠す。

 彼の母はぼさぼさの長い髪、よれよれの薄汚れた服。

 暮らしぶりもひどく、彼女の住む村には電気すら満足になく、村長の家だけに光が灯る。まさしく、村長のために電気が通っているようなものだった。

 こういう村は村長が法。つまり、村長に上手に話をつけなくてはいけない。難航するかと思われたが、ここの村長はすぐ協力金を支払うと大きく頷いて部屋の奥へと消えた。

 施設に来てからは、50マイルの表情に僅かな変化もない。それからしばらくは、50マイルは大人しくしていたがある日突然、泣き出した。

 その鳴き声は周りの研究室の職員の脳に直接響き吐き気、めまい、頭痛、などを引き起こした。施設の窓ガラスにはあちらこちらにひびが入った。

 それを見かねた研究所の所長が特別に母親との面会の許可を出した。本来は家族とは2度と会えないのだが施設の修繕、彼の能力に耐えられる施設が完成までの間だけ。

 この急な決定に反対の職員はだれもいなっかった。なぜ何らこの施設で働くもの全員、鳴き声のせいで家に帰ってもうまく眠ることもできずにこの1週間をすごしていたからだ。

 

 面会当日。前回と変わらない姿の母親がいる。

お金も手に入ったはずなのに相変わらずボサボサの髪に、同じヨレヨレの服を着て面会にきた。ただ少し落ち着きがないように見えた。永遠の別れと思った家族に会うためだろうか。

「もういいのよ泣かなくて」

 彼は泣き止む。

 母親の力に関心する。

「ありがとうございます。今回は本当に助かりました。ここまでの能力がありながらよく今まで誰も傷つけずに隠すことができましたね。さすがです」

「だって私の子はいい子ですもの。いい子たちよ」

「今回の件はきちんと報酬をお支払いします。また来ていただくかもしれません。よろしくお願いします」

「来ないわ」

「え?」

「さあ、坊や。ママが言ったこと、覚えてる?」

 50マイルは頷き、立ち上がり走り出した。

 壁に当たり、また壁にぶつかる。

「え? 武装した警備がきますよ。あなたの息子さんは死にますよ! 早くなだめて」

 母親は私をみてと笑う。

 50マイルがぶつかり続ける場所は徐々にヒビが入り始めた。

 ドアが開くとそこから武装した警備隊がなだれ込む。

 50マイルは、警備隊を目掛けて走り出し、倒れこんだ。

 巨体により弾かれた隊員たちはうめき声をあげる。

 彼女の息子は、倒れている十数人の警備隊を一人ずつ、片手でつかんでは壁に投げつけた。そのたびに鈍い音が響く。

 投げられた隊員はピクリとも動かない。

 子供が積み木を放り投げるように、一人また一人と。

 

「もう警備の人はいなの? あと何人いるか知っている?」

 母親が私にそういうと、50マイルもこちらをじっと見つめる。


「あ、あなたは一体……」

「私はただの母親よ。二人のね」

「子供は一人、では……」

「五年前に私の長男をこの施設に連れていかれたのよ。危害を加えたといってね」

「危害を加えた変異体は強制的に研究所に連れていかれます。 私たちのせいじゃない」

「息子は私が村長のバカ息子から襲われそうになったところを助けてくれたのよ? それがいけないの?」

「個別の事情は知らないわ。ここに来た変異体を研究するだけなの。落ち着いて!」

「取り乱しているように見えたのなら、ごめんなさいね。ここにいる奴らは皆殺したらどこにいこうかしら、村はもうないから」

「え、そ、村がない?」

「そうよ、この子の血を抜いて瓶でためて置いたのを飲んで力を使ったのよ」

「そんなことしたら長くはもたない、今日死ぬかもしれない……」

「いいのよ、このこもこんなに大きくなったから」

「わ、私たちなら助けられるかも――」

「いい!だまれ!息子はこの施設で殺されたんだろう?体をばらばらにされて?」

 その気迫に声を出すのが恐ろしくなった。

「聞かせてもらえる。私の大事な大事な我が子の話を。ここに連れてこられてから亡くなるまでのことを。しっかり研究したんでしょ? 人間としてではなく材料として!」

 50マイルは涙をこぼしながら叫ぶ母の隣に寄り添い、優しく笑っている。

 彼は、こんなに笑うんだ。

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