第60話 感じた事の無い、この胸の痛みは!?

 きっと彼女は、俺たちが何をしたか……大方は察している。


 無学文盲むがくぶんもうな俺が才媛さいえんに隠し事をしようとしても、土台無理な話だったのだ。


 それでも、『そうだろうな』と『そうだ』では全く違う。


 反応に困るが……。

 言える限りの言葉で――。


「自分は無学文盲むがくぶんもう人斬ひときりだから、こう言う時にどう言うのが正解か分からないです。それでも、おっちゃんの人生経験から、言える事がある。――若者とは未来であり、宝です」


 そう返した。


 俺は自分が抱く武士道ぶしどう大義たいぎ信義しんぎを果たす為にサムライとして行動をしただけで、エレナさんが責任を感じる事は決してない。


 彼女の為など、恩着せがましい事は言わない。

 宝をおびやかす悪を――俺が斬るべきだと判断したから、斬ったんだ。


 まるところ、俺は俺の為に行動したに過ぎない。


「ルーカスくんも若者」


「ああ〜、そうでしたな。でも俺は、おっちゃんでもあるのですよ? はははっ!」


 今は情報過多じょうほうかたになるから言わないが――いつか、中身が別世界のおっちゃんであると、この2人にも告げよう。


 もう……距離を取り離れる事は、互いの為にならない。

 精神を傷付けるだけなんだと理解したのだから。


 友人同士だろうと、打ち明けられない秘密の1つや2つある。

 今回の件は――それだけの事だ。


「おっちゃんとして言わせて頂くなら……。陛下の前であっさり自分の罪を認めたのもですがね? エレナさんは大人し過ぎます。もっと自分を押し出して良いのですよ?」


「……大人しい事は、ダメな事? そうして大人にならないと、私は実家で生きて行けなかった」


「大人しいと言うのは――大人らしいと言う意味ではないのです。押し付けられた常識に従う、大人に都合の良い者たちを言うんです」


「……大人の都合の良い者。……そっか。あの時はそれが必要だったけど――今は、親に縛られてない。私は、生き方を変えるべきだったんだ」


「ええ。だから思い切って、自分の信義しんぎしたがい……自由に己の道を歩いてみませんか? 笑える未来、納得の行く未来を掴み取る道を。その道がもし間違っていれば――止めて正してくれるのが友です」


「ルーカスくん。私が自由に生きようとして、生きる道を間違えたら……止めてくれる?」


勿論もちろんですよ。俺も道を間違える事があるでしょう。その時は――ぶん殴ってでも止めて下ください。おっちゃんの頭は固定観念こていかんねんで練り固まっていますからな、その時はキツい一発をお願いしますよ。はははっ!」


 重苦しかった空気が――今はなごやかになった。


 話せない俺の事情を汲み、胸の内でそうだろうと秘めるのを、彼女が認めてくれたからだ。


 そうして過去を振り返るのを止め、笑って未来の話を始めれば――もう、笑顔になるのが良い。


 未来の話は、笑ってした方が幸せなのだから。

 エレナさんは、ほんわりと柔らかな笑みを浮かべ――。


「――さっきルーカスくんは、若者が国の宝だと言った。……ルーカスくん個人にとって、私は宝?」


 そう尋ねて来る。

 そんなの、返答を考えるまでもないな。


「ええ。エレナさんも、テレジア殿も。俺の信義に照らし合わせ――護るべき宝ですな」


「……そっか。うん、うん……。もう、私の負け」


 エレナさんは――こぼれそうな笑みを浮かべると、うつむきながら胸を押さえた。


 心臓の病かな?

 医者にかかった方が良いのでは?


「ルーカスさんは……本当に勇敢ゆうかん人徳じんとくがあるお方ですね」


 何か含みでも持たせているように、テレジア殿はゆっくりとした口調でそう言う。

 何処か目線はジトッと、にらんでいるようにも映る。


「俺が、ですか? いやいや、そう言うのはテレジア殿にこそ相応ふさわしい。俺がテレジア殿にまさとくは、悪徳あくとくたぐいでしょうね。はははっ!」


「そういう謙虚けんきょで人を立てる所も、美徳びとくですよ。……まるで晴れたお日様のように明るく、心地良い人柄を持つからこそ――ルーカスさんは、多くの人に好かれるのだと思います」


 テレジア殿は胸を押さえながらそう口にする。


 修道女らしい言い回しだ。

 血に汚れていると気にしている俺を、慰めようとしてくれているのかな?


 こんな中身はおっちゃんな俺にまで――2人は本当に深い慈愛を持って接してくれる。


 この娘たちが聖女じゃなければ……一体、誰が聖女だと言うのだろうか?


「2人は本当にお優しい。おっさん教でも立ち上げれば、お2人は直ぐさま女神ですね。随分ずいぶん加齢臭かれいしゅうがしそうな宗教ですがな。はははっ!」


「……教徒にルーカスくんがいるなら、それでも良い」


 エレナさんは正座する俺に近付いてくると、俺の目の前で床へ両膝を突いた。


 そうして顔を近づけてきて――。


「――これは、お礼」


「――え」


 今……何が起きた?


「え、エレナさん!? キスはズル――ダメじゃないですか!?」


「早い者勝ち。それに、おでこだから」


 キス?

 おでこ?


「いや、でも! あうぅ……。兎に角、ダメなものはダメです! それに夜遅くに殿方の部屋へ居るのもダメです!」


「ん。それはそう。だからテレジアは先に部屋へ戻って良い。そのベッドには私が座る」


「な、何を言ってるんですか!? エレナさんも帰るんです! ほら、行きますよ!? もうルークさんが迎えに来てくれてるはずですから! 絶対に、帰るんです!」


「……テレジア、本気になると力が強い。やむを得ない。ルーカスくん。また学園で会えるのを楽しみにしてる。もうじき、休校きゅうこうも明けるはずだから」


「……あ、ふぁい」


 ドタバタと立ち去る2人に、俺は――気の抜けた返事しか出来なかった。


「……とても、とても柔らかかった」


 やいば鉛玉なまりだまのように硬くない。

 少し湿った柔らかな唇が――俺のおでこに?


「な、なんだこの感覚は! む、胸が!? い、医者にかからねば……。これは、心臓病に違いない!」


 バクバクと自分の心臓の鼓動音が耳にまで響く!


 こんなのは――体験した事がない異常事態だ!


 まだ俺は、この異世界で――武士道も恋の道の探求も、スタートすらしていないんだぞ!?

 冒険にだって出ていないんだ!

 楽しみな学園にも通えていない!


「こんな所で第2の生を終えては、サムライとしても男としても心残りがぁああ!?」


 寮から飛び出した俺は――王都の住民に医者の場所を聞いて回る。

 その後、夜でも起きていた医者にかかったが――何事もないと診断された。


 発病の経緯を話したら、酷く怒られ蹴り出されてしまった。


 何も無い訳がないだろう!?

 こんなにも、胸がバクバクとしているんだぞ!?

 診療時間外だからと、患者を診る気が無かったに違いない!

 明日、ちゃんと業務時間の医者にかかろう!


 今夜は大人しく寝て、養生する!

 うん、それが良い!

 ベッドへ飛び入り、まぶたを閉じ――。


「――羊が、羊が大量……。はははっ! これには酪農家らくのうかも大喜びだぁ……」


 羊を数えて寝ようとしたが、結局バチバチに覚醒したままの脳で朝を迎えた。

 朝になって別の医者にかかり、病状と発病の経緯を丁寧に説明したが……。


 昨夜と同じように、蹴り出されてしまった――。



―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!

これにて、第1部完結となります!

続きを書くかは、まだまず未定です!

カクヨムコン9参加中、他作品もコレクションにまとめてありますので、そちらもどうぞよろしくお願い致します!


楽しかった、続きが気になる! 

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ラストサムライおっちゃん、異世界に転生する~恋の鞘当てが始まったのは、なぜ?~ 長久 @tatuwanagahisa

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