第59話 俺が間違っていた

 テレジア殿の言葉に押され、室内へ招き入れてしまった。


 テレジア殿にはベッドに座ってもらい、俺は動く度ギシッと音を立てる椅子に腰掛け向かい合う。


 どちらも口を開かず、室内には重い空気が流れていた。


「テレジア殿。昨日俺が訪問したと、どなたに聞かれたのですかな?」


「えっと……。お父様から聞きました」


「成る程」


 それは怪しいな。

 ノルドハイム枢機卿は、あれだけ人目ひとめを忍び――テレジア殿にはバレないように努め動いていた。


 それでなくとも汚れ仕事を若者に頼むのに心苦しさを覚え、独り言を聞いて俺がどう判断するかと判断をゆだねていたのだ。


 何もかもをテレジア殿に話しているなどとは、とても考えられない。


 もしノルドハイム枢機卿や俺の行いが露見した時、侯爵と伯爵暗殺の事情を聞かされていれば――テレジア殿たちにもるいおよぶ可能性が高くなるのだから。


「確かに、俺は昨日ノルドハイム邸を訪問しました。ノルドハイム枢機卿と一緒に風呂に入り、明け方まで貴族の在り方などをご教示いただきましてな。ほら、宮中であのような事をしでかした俺ですからね。寄親よりおや寄子よりこ、そして友と言う間柄あいだがらですから」


「……事情は知っているんですよ?」


「事情とは、何の事情ですか?」


「……エレナさんの為に動かれたと言う事情です」


 はったり。

 カマカケだな。

 知っているなら、もっと具体的に踏み込んでくる。


 きっと知っているのは――昨日から朝にかけて、俺がノルドハイム邸へ行った事。

 そして翌日、不自然ふしぜんな事にゲルティ侯爵やササ伯爵が暗殺され――エレナさんが解放される流れに至ったと言う事だけだ。


 そこから俺が関与していると言うのは、テレジア殿の予測でしかないだろう。


 それに俺はあくまで、俺の大義や信義の為に動いたとノルドハイム枢機卿には伝えてある。

 恩着おんきせがましくエレナさんの為に動いたなどと、あの御仁が言う筈もないだろう。


 若者に言葉でおっちゃんの腹を探るような言い回しは……やらせたくない。


 もっと素直に、明るく笑うのがテレジア殿には似合っている。


 血に塗れた世界を知るのは――若者を護るべき、おっちゃんたちだけで十分だ。

 若き友を巻き込んで罪に問われる事があれば、それは俺の武士道にかけ――腹を切る程の不始末ふしまつだ。


 だから――。


「――おっちゃんとは、物忘ものわすれが激しい。おっちゃん同士の話でしたし、『さけめば言葉ことばはねえて傍若無人ぼうじゃくぶじんまわる』と言いますからな! はははっ!」


 はぐらかす事にした。


 心は痛むが……これで俺から離れるなら、それはそれでテレジア殿の為になる。


 友とは常に一緒にいなければ友じゃない――と言う訳ではない。


 陰から幸せを願い、行動する。

 これも立派な友の形だから。


 恋の道は分からなくとも、友の道はそれなりに知り得ている。

 学問への造詣ぞうけいが深くなくとも……沢山の友と出会い、別れを繰り返してきたからな。


「……話して、くれないんですか? またそのように、おっちゃんだなんだと……。おとぼけになるんですか? 私を蚊帳かやの外にして……」


 今にも泣き出しそうなテレジア殿の顔を見ると、何故なぜだか胸がけそうに痛む。


 これが正しいはずなのに……。


 前世でも、同じように死ぬまで友へ秘密としてきた場面はあったはずなのに。

 脳裏のうりで経験してきた光景を浮かべ――ある事に気が付いた。


 俺は――女性の友がいなかった。

 女心を、知らないのだ。


「なんで私を避けるのでしょうか? 今、座っている位置もですが……。距離を取ろうとしていませんか?」


 なんて敏感なんだ。

 女心とは、こうも鋭いものなのか?


「……そうですか? 私は血に汚れたおっちゃんですからなぁ。清く美しい若者を汚さぬよう、無意識に距離を取っていたのかもしれませんね」


「そんな事――そんな寂しい事、言わないでください!」


 窓が、立て付けの悪い扉が揺れる程――悲痛で切迫せっぱくした声だった。


「……テレジア殿」


 テレジア殿の白銀の瞳は、涙に濡れ――積もった雪が陽光で溶け出したように輝いている。

 しかし、その美しい瞳から伝わる感情は――寂寥感せきりょうかん


「私たち、お友達じゃないですか! 私はルーカスさんに何もしてあげられていませんけど、それでも――距離を取られると寂しいんです!」


「…………」


「血に汚れたおっちゃんだなんて、言わないでください! 安穏あんのんと暮らしている気が付かないだけで、私たちは沢山たくさん犠牲ぎせいの上で今を生きているんです! 直接手ちょくせつてを下したルーカスさんの方が、自分は清いと思い込んでいる私たちより立派です! だから、だから……」


 徐々に消え入りそうな声に――俺は心を動かされてしまった。


 ああ……俺の負けだ。

 彼女を巻き込む訳にはいかない。


 だから具体的な事は話せないけど――俺が関与している事までは、明かそう。


「……テレジア殿、俺が間違っていました。本当に、すいませんでした」


 地に額を付け、土下座してびる。


 テレジア殿とて――詳細を知らないだけで、俺が関与している事は半ば確信していたのだろう。


 それまで誰も止められなかったゲルティ侯爵とササ伯爵の横暴おうぼうが、突然にして暗殺という形で止まったのだから。


 まして、その後は俺たちに都合の良い噂ばかりが流れ――俺が宮中で暴れてまで救いたかった、エレナさんが解放されているんだ。


 ここまで都合の良い状況が揃って、疑わない方がおかしい。

 自分だけ蚊帳かやそとなんて、辛く寂しかったはずだ。


 だからひたいがすり切れるまで――何も話せないで距離を取ろうとしている事を、びよう。


「あ、いえ! その、私こそ大声を出してしまい、すいません! そんな、額を地に付けるのは止めてください!」


「……詳細を話せず、はぐらかす俺を許してください。あなた方お2人から離れようとしたのは、早計そうけいでした。……その上で、どうか願わくば、詳細は聞かないで頂けませんか?」


「……どうしても、ですか?」


「はい。……俺にも、ゆずれぬ一線を護る意地があります」


 そう――事が露見ろけんした時に、テレジア殿を巻き込みたくない。


 事情を知っていたか知らなかったかでは、罪も変わる。


 その一線だけは、譲れない。


「……ルーカスくん」


「エレナさん。……やはり、居たのですね?」


「うん。居た。聞いてた」


 ギィとドアを開き、エレナさんが入室してきた。


 そもそも――足音が2人分、それもノルドハイム枢機卿やルーク殿とは違う、小さく軋む音がしていた時点で分かっていた。


 そう言う意味でも――俺は決して、詳細を話す訳には行かなかった。


 きっと、この子が……慈愛じあいに満ちた賢い友は、責任を感じてしまうから。

 対等な友人関係で、そのような自責じせきねんに駆られて欲しくない。


 互いに友の幸せを願い、対等に行動する。

 そんな関係で居たかったから――。


「ルーカスくんがなんではぐらかすのかも、察しはつく。だから、これだけは言わせて?」


 正座したまま、俺はエレナさんへと視線を向ける。

 彼女は顔一杯に人懐ひとなつこい笑みを浮かべ――。


「――ありがとう」


 そう、俺に語りかけた――。



―――――――――――

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