第58話 興奮、真剣な顔をした訪問者と――

「きっと随分前から、悪事の証拠と実態を掴んでいたんだろうな。流石は大陸随一のガンベルタ教で枢機卿になるだけはある。怖いが、頼りになる友だ。正に、俺には過ぎた友だな。はははっ!」


 話を聞く限り、もうエレナさんは大丈夫だ。

 間違っても、ここから死罪になるなどは有り得ないだろう。


 ノルドハイム枢機卿が手を回し、直ぐにでも解放される計画だしな。

 安心して寮に戻ろうとした時――。


「――あ、あれは!?」


 野菜類を売っている露店に並ぶ商品の1つに、俺は目をカッと見開く。

 慌てて駆け寄り、その野菜を手に取り――。


「――これは……。この世界にも、あったのか!」


「あんちゃん、大袈裟おおげさな反応だねぇ。それを知っているのかい?」


「ええ。間違いない! これは――サツマイモだ!」


 感動で震えそうだ!

 前世では、こいつを作り、こいつのお陰で飢え死にせず生き延びられたようなものだ!


「サツマ? あんちゃん、これは確かにイモの類いだが、そんな名前はついてないぞ?」


「いや、こいつは間違いなくサツマイモですよ! なんという嬉しい事だ……。店主、本当に、本当にありがとう! こいつに巡り合わせてくれて!」


 俺は店主の手を握り締めて礼を言う。

 この感動を、どう表現したものか!


「お、おう……。さては兄ちゃん、大陸南部の出身かい? そっちから来る行商人から仕入れ始めたんだが、この辺りでは馴染みがないからな~。困った事に、売れ残りがちなんだよ」


「大陸南部……。成る程、これは良い事を伺いましたな! いつか冒険依頼を受けながら、行ってみます!」


「そ、そうか。頑張ってくれ。それで、買って行くのかい? 1個800ゼニーだが」


 慌てて財布に入っている通貨を数えるが――537ゼニーしかない。


 なんという、ことだ……。


「おい、あんちゃん!? だ、大丈夫か? そんな四つ這いに成る程に落ち込むなんて……。500ゼニーに、まけてやろうか?」


「いや……。それでは店主さんが損をしましょう。――必ず稼いで、また買いに来ますよ!」


「お、おう……。分かった。……そんな真剣な顔で言われちゃ、俺もこいつを仕入れるのは止められねぇな。次は金を持って来るのを待っているぜ!」


 店主に見送られ、俺は寮へと戻る。


 久し振りに食べたかったが……。

 それは全てが済んでからで良い。

 清潔な衣服も欲しいからな。

 第一印象はやはり、身形だ。


 そうして寮への自室に戻り、ベッドへと腰掛ける。


 目的であった情報収集の結果だが――。


「――俺に嫌疑けんぎがかかる事も覚悟していたが、ノルドハイム枢機卿の手腕に助けられたな。テレジア殿とエレナさん。お2人には明かせない……明かすべきではない秘密が出来てしまった。……友ではあるが、俺は陰から2人を見守る友になろう」


 明るみに出なかったからとは言え、暗殺は暗殺。

 人斬りは人斬りだ。


 やはり俺は、清く正しく伸びている若者2人とは距離を取るべき、汚れたおっさんだ。


「……ん? 足音?」


 ボロい床をきしませ歩く足音が耳に入る。

 騎士団か何かがやって来たかと俺が身構えていると――。


「――ルーカスさん。いらっしゃいますか?」


「……テレジア殿?」


 何故なぜ、ここに?

 まさか……。

 そう思いつつ、ドアを開ける。


 すると、真剣な面持おももちを浮かべたテレジア殿がたたずんでいた。


「……これは、テレジア殿。今の王都で外出は危険ですよ。館まで送りますので――」


「――このお部屋の中で、私とお話をしませんか?」


「…………」


 揺らぐことのない、一点を見据みすえる強い意思を宿した瞳だ。

 俺は目線を逸らす事なく、真意を探る。


 すると――。


「――昨日、私の家にいらっしゃっていたのは存じ上げているんですよ? エレナさんの為に動かれた事も。改めて、ルーカスさんの口から御説明いただけませんか?」


 俺は心臓がキュッと、鷲掴わしづかみにされた気分になった――。



―――――――――――

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