第6話

「……は?」

「だって私、君のことが好きだから。触られても、抱きしめられても、何されても嬉しい。それに、もっとエッチなことも、君が望むならなんでもするよ?」


 戸惑う俺を揶揄うように見ながら雨宮は足を組み替える。

 長い足だ。

 そしてジーンズから覗く足首はきゅっと細く、ピッタリとした服のせいか、そのスタイルの良さが際立つ。


 この俺が。

 一生女の人とは無縁だと覚悟していた俺が。 

 全世界の男が欲するほどのこの美女を好きにしていい、だと?

 

「……ちなみにだが、斬られるのは一度だけか?」


 もちろん斬られるつもりはないが、リスクとリターンの確認くらいはするべきだ。

 もしもリターンの方が大きいのなら、それはすなわち俺にとってメリットしかない話であって……いや、何を言ってるんだ俺は。


「一度なら、斬らせてくれるの?」

「そうは言ってない」

「でも、残念。私、稽古のために妥協はしたくないから。最低でも朝昼夕の三回……ううん、寝る前もだから四回……ううん、寝込みを襲ってみたりもしたいから五回……あ、でもでも」

「あーもういい! 聞いた俺がバカだったよ」


 俺が気を許す素振りを見せた途端に前のめりになる雨宮を見て俺は目が覚める。

 やっぱりダメだ、こんな女に手を出したら死ぬまで千切りにされる。

 死なないんだけど。

 そう。死なないから、無限地獄だ。

 

「ダメなの?」

「無理。俺の秘密を黙ってくれるってのは感謝するけどそれはそれ。言っておくけど怪我したら普通の人と同じように痛いし、だからこそ怖いとは思うんだよ」

「ふーん、君が不死身の体だってことはもう否定しないんだ」

「……否定しても無駄だろ」

「ふふっ、少しは信用してくれたってことなのかな。じゃあ、質問。どうすれば私のこと、好きになってくれる?」

「少なくとも、俺のことを斬ろうとする発想をなくしてくれてからだな」

「なんで? 好きだから斬りたいのに」

「お前の理屈なんか知るか。俺は自分を傷つけようと考えてる人間を好きになったりしない。読んだことないから知らんけど、お前の演じるキャラだって、最初から相手のことを傷つけたいなんて考えてはなかったんじゃないか?」


 ほんと、知らんけど。

 とにかく斬られたくない一心で適当なことを言ってみると。

 雨宮は、寝耳に水といった感じにポカンとしながら「なるほど」とつぶやいた。


「何がなるほどだよ」

「ううん、近江君っていいこと言うなあって。確かに私の演じるヒロインは、本気で相手のことを愛してた。だからこそ、その人を自分の手で傷つけた時の絶望感は他人には理解できないものだったんだろうなって、そう思うの」

「そ、そうか。だったらお前も、俺のことが好きだというなら傷つけようだなんて発想は一回捨ててだな」

「そうだね、捨てる」

「まあそうだろうな、そうあっさりと……今、なんて言った?」

「私、ちゃんと君に愛してほしいから。だから、自分勝手な気持ちは捨てるの」

「……嘘じゃないよな?」

「うん。だから、ちゃんと私と向き合ってくれる?」

「……」


 あまりにも都合よく事が運びすぎだ。

 凶器を持った狂気なこの女が素直に俺の言う事を聞くなんて、絶対裏があるに違いない。


「とか言って油断させておいて隙を作らせようとか、そういう魂胆だろどうせ」

「もう、疑り深いんだから。そんな回りくどいことするくらいなら、今この場で無理矢理でも斬れば済む話じゃない?」

「それは確かに……」

「でしょ? だから私のこと信じてほしいな。ちゃんと、君に好きになってほしいの。ねっ?」

「……」


 部屋の机には、さっき雨宮が持ってきた包丁が放置されている。

 そして狭い部屋で二人っきり。

 確かに無理矢理俺を襲うことくらい容易いのにそうしないのは俺の話が通じたという証拠なのだろうか。

 いや、そんなことよりさっきこいつが言っていたことが本当だとすれば。

 俺が雨宮を好きになるまでは何もされないという認識でいいんだよな?

 少なくとも、適当にこいつのわがままに付き合って誤魔化していれば、その間は斬られる心配はないと。

 我が身の安全のためだ。

 話に乗っかったフリくらいしてみるか。

 本当は仲良くするつもりなんてないけど。

 そんなこと言ってまたこいつが乱れても困るしな。


「まあ、お前が俺を斬るつもりがないのなら、別にクラスメイトなんだから普通に接したらいいんじゃないか?」

「それってつまり、私との交際を前提にお友達になってくれるってこと?」

「いや、それは」

「よかったあ。じゃあ私、明日から頑張るね。近江君に好きになってもらえるように努力するから」


 弾けるような笑顔を向けられて、俺は目を逸らした。

 俺にその気がないから、その気にさせてしまったことを申し訳ないとも思う。

 それに、やっぱり雨宮は美人だ。

 あまり見過ぎは目の毒だ。


「じゃあ、今日のところは帰るね」


 モヤモヤする俺とは対照的に、随分とスッキリした様子で雨宮はさっさと鞄をもって、そのまま玄関へ。


「お、おい。包丁忘れてるぞ」

「あー、うんいいのいいの。それ、近江君が使って」

「俺、そんなに自炊しないんだけど」

「自炊? ふふっ、違うよー」


 扉を開けて外に出てから、少し名残惜しそうにゆっくり玄関を閉めながら。


 雨宮は言い残していった。


「それは、君に群がる女の子を退治するために持ってきたものだから」



「えへへ、近江君と仲良くなっちゃった」


 帰り道。

 とても気分がよかった。

 大好きな人といっぱい話せて嬉しかった。

 それに、やっぱり私が好きになった人はとても素敵な人なんだと再確認できた。


 さすがだなあ。

 私、ちょっと勘違いしてたみたい。

 愛する人を斬るだけじゃ、ダメなんだ。

 私が愛して、そして私を愛してくれる人を斬らないと、私の演じるあのキャラの気持ちは理解できないってこと。


 それに気づかせてくれて近江君は、やっぱりすごい。

 ますます好きになっちゃった。


 私、頑張るから。

 近江君が私以外見えなくなるように。

 

 そして、私と君の心が通じ合ったその後。


 私はどんな気持ちで君を斬り刻むのか。


 早くその痛みを知りたい。


 だから。


「近江君に群がる女の子がいたら、駆除しちゃう」

 

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死なない俺が助けてしまったのは、死ぬほど病んでる同級生だった件 明石龍之介 @daikibarbara1988

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