第5話

「雨宮のやつ……嵌めやがったな」


 雨宮が帰ったあと、すぐに帰宅した俺は部屋で一人絶望していた。


 あの女、何もかも見透かしていやがった。

 秘密がバレた。

 俺が不死身の化け物だということを、他人に知られてしまった。


「ここも、引っ越すべきなのかな」


 思えば、転校の連続だった。

 小学校の頃から、俺の秘密がバレそうな出来事があるたびに母は俺を連れて別の街へ移り住んだ。

 擦り傷が次の日に完治していたことをクラスメイトに不思議がられたり、給食センターの不備で学校中が食中毒になった時に俺一人ピンピンしていたことを先生に変な目で見られたりした時も、すぐに学校を去った。

 中学も、三度転校している。

 そしていよいよ地元には居場所がなくて遠く離れたこの街に、高校からは一人で移り住んだ。


 しかし、義務教育の中学までと違って高校は転校のいちいちが面倒だ。

 それに、今住んでいるアパートだって確か一年契約だったし。

 そう簡単にホイホイと転校はできない。

 とりあえず今はあの女の口をどう塞ぐか、それが最優先だ。


 とはいえ、俺は不死身であること以外は本当にその辺の平凡な高校生と変わらない。

 非力だし、足も遅いし、頭もそんなに良くはない。

 それに手荒な真似はしたくもないし。

 できれば話し合いで解決したいのだが、相手はあのサイコパス女だからなあ。

 会話がままならないレベルの人間をどうやって説得すればいいのか。


「はあ……雨、また降り出してきたな」


 窓にパラパラと雨が打ちつける。

 天気が悪いと気分も下がる。


 飯でも食べて気分転換したいところだけど、家に食材はないし買いに行くのも億劫だし。


 雨が弱まるまで、寝るか。



『ピンポン』

「……ん」


 玄関のチャイムが鳴って、俺は目が覚めた。

 真っ暗な部屋でスイッチを探して明かりをつけると、誰もいないはずなのに気持ちの悪い気配がした。


「……嫌な予感がする」


 じっと、廊下の奥に見える玄関を見つめる。


 あの扉の向こうにいるのが誰か、多分だけど俺の予想は当たっている。


『ピンポン、ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン』


 固唾を飲んで部屋に篭っていると、ピンポンが連打される。

 時刻は夜の八時。

 静まり返った部屋に響き続けるチャイムの音が、はっきり言ってホラーだ。

 そしてなにより、うるさい。

 ……このまま放っておいてどうこうなる相手じゃない、な。

 一度キレて、俺の怖さを思い知らせてやる。

 普段温厚なやつほど怒ったら怖いんだぞ。


『ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン』

「あーもううるさい! おい、あまみ……や?」

「よかったあ。もしお部屋にいなかったらどうしようかって心配したんだよー?」

「あ、あ」

 

 勢いよく玄関を開けた俺は、その場で動けなくなった。

 予想通り、そこにいたのは雨宮千尋。

 しかし、彼女はなぜか包丁を構えて立っていた。


「ねえ、なんですぐ出てくれないの? 居留守使おうとしてた? 悪い人、お仕置きしないと」

「ま、待て待て待て! とりあえず凶器を捨てろ!」

「えー? どうしよっかなあ」


 体の間近に添えられた包丁の切先に怯えながら後退りする俺に、楽しそうに詰め寄る雨宮はそのまま玄関の内側に入ってきてしまった。

 そしてゆっくり扉が閉まると、「二人っきりだね」と、目尻を下げる。


「近江君、私との交際について考えてくれた?」

「な、なんの話?」

「私、君の事好きだってちゃんと伝えたよね? 女の子から告白してるんだから、真剣に考えてくれないと困るなあ」

「だ、だから俺はお前のことなんて」

「君の体のこと、みんなが知ったらどう思うかなー」


 後退りする俺に対してグイグイと部屋に侵入してくる雨宮は、とぼけたようにそう言った。


「……脅すのか?」

「ふふっ、怖い顔してる。冗談だからそんなに怒らないで」

「……だったらまず包丁を置け」

「あ、ごめん。でも、その前に」


 雨宮は俺をするりと通り過ぎて、部屋へ向かって。

 ワンルームの狭く散らかった俺のプライベートな空間を見渡したあと、「ふむふむ」と何かに納得した様子を見せてから包丁を机の上に置いた。


「なあんだ、女の子連れ込んでたわけじゃないんだ」

「何の話だ。俺は彼女どころか、友人もいない」

「威張るとこかなそれ? でも、ちょっと安心。もう包丁はいらないから安心して」


 なんて言いながら勝手に人のベッドに腰掛ける雨宮。

 変な気分だ。

 女の子が、しかも学校のアイドルとまで言われている美少女が俺の部屋にいるなんて。


 ……いやいや、だから見た目に騙されるなと何度も言い聞かせてるだろ。


 俺は今までずっと他人を避けてきたこともあって、誰かに好意を向けられることに慣れていないだけなんだ。

 だからやばい女だとわかっていても、見た目がいいからちょっと気になってしまいそうになるだけの話。

 大丈夫、俺はちゃんとこの女を敵として見れているはず。

 頑張れ自分、気を確かに持て。

 俺は出来る子だ。


「……で、何しにきたんだよ」

「ふふっ、強がってるところも可愛い」

「うるさい」

「あのね、今はお話にきたの。交渉って言うべきかな? 悪い話じゃないと思うんだけど」

「脅すことはしないんじゃなかったのか?」

「だから君の秘密をネタにゆすろうなんてことじゃないよ。とにかく、こっちにきてよ」


 ねえねえ、と。

 まるで自分の部屋のように俺を手招きしながら、雨宮はじっと俺を見てくる。


 出て行くつもりもなさそうだなこれは。

 仕方ない、とりあえず話だけでも聞くか。


「で、話ってなんだ?」

「んーとね、近江君って私のこと、可愛いとは思ってくれてるんだよね?」

「……さっきも言ったけど、美人なことは認める。でも、それだけだ」

「でも、少なくとも女の子として魅力的だとは思ってくれてるんだよね?」

「人間の価値は容姿だけじゃない」

「だけじゃない、ってことは容姿も人間の価値の一部なんだとは思ってるんだよね?」

「……何が言いたいんだよ」


 何だこの女は? 私って可愛いよねアピールか?

 雨宮のことをブスだと思うのはよほど目が腐ってるやつくらいだろう。

 いくら恋人を作る気がない俺でも、こいつが相当に美人だということくらいはわかる。

 くりっとした大きなつり目も、高く通った鼻筋も、瑞々しい口元だって。

 そりゃあ魅力的だ。

 しかしこいつには容姿での加点以上に中身の減点が酷い。

 だからこんなサイコパスに言い寄られたところで……。


「近江君」

「なんだよ」

「えへへ」


 突然、照れるように笑う雨宮は、色っぽく足を組みながら。


 誘うように聞いてきた。


「斬らせてくれたら、私のこと好きにしていいんだよ?」

 

 

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