第4話

「な、なんて言った?」

「近江君って、斬られても死なないんでしょ?」

「ど、どうしてそれを……あ、いや、何の話だ?」

「あはは、誤魔化してるつもり? 変なのー」


 雨宮の明るい笑顔が一転してどろっとした笑みに変わった。

 やばい、やっぱりバレてたんだ。

 雨宮を庇ったあの時、土砂降りの雨だった上に悲鳴やらなんやらでぐちゃぐちゃな状態だったからもしかしたら見られてないかもとか期待した俺がバカだった。

 こいつ、全部見てやがったな。

 しかし、今認めたらこいつの思う壺だ。


「……俺は人間だから斬られたら痛いし、下手すりゃ死ぬ。怖がって当然だろ」

「もー、嘘が下手なんだから。普通の人は、自分のことをわざわざ"人間"だなんて言わないもの」

「じゃあ俺が人間じゃないとでも言いたいのか?」

「さあ、それはわかんないけど。でも、少なくとも近江君は自分のこと人間とは思ってないよね」

「……」


 まるで俺の心を見透かしたように雨宮はニヤリと笑う。

 なんだこいつ、本当に心が読めるのか?


「私、役者してるから、役に入り込むために演じる人物の気持ちにならないといけないの。でね、そのための練習で、普段から色んな人の気持ちを考えて、その人ならどう考えてどう動くのかって、なりきるようにしてて。だから君の事もよーくわかるの」

「……だからなんだっていうんだ。俺はただの平凡な高校生だ」

「ふーん。あくまで認めないんだ。顔色、悪いよ?」

「……トイレ行ってくる」


 俺は雨宮のプレッシャーに耐えきれず席を立った。

 そしてトイレに入って洗面台の前に立って鏡にうつった自分の顔を見る。

 別にいつも通りの、見慣れた平凡な顔だ。

 顔色なんか悪くもなんともない。

 あいつ、適当言いやがって。


「……乱されるな。俺が認めなければ済むんだ」


 俺が不死身の化け物だという証拠なんてどこにもない、はずだ。

 今朝、匿名で昨日のコンビニに電話もかけてみたけど事件は無事解決したと言ってただけで特段変なことがあったという話は聞かなかったし。


 雨宮も、まだ俺の不死身について確信は持っていないはず。

 このまま、シラを切り通すだけだ。


「……お待たせ」


 本当はトイレの窓から逃げたかったけど、どのみち学校で会わなければならないから無駄な時間稼ぎで雨宮の感情を乱したくないと、渋々席へ戻ると彼女はすっきりした笑顔をむけてきた。


「考えはまとまった?」

「……別に。何を言われても俺は普通のどこにでもいる高校生だとしか答えられない」

「そっか。なら仕方ないね。飲み物なくなったらお店でよっか」

「……ああ」


 やけに物分かりがいいのがかえって不気味だが、いつまでもダラダラと、こんなサイコパスに付き合う気もない。

 さっさとコーヒーを飲み干して……ん?」


 コーヒーが、変な味がする。

 なんだこれ、苦い?


「近江君、どうしたの?」

「い、いや。なんか変な味が……」

「体はなんともないの?」

「……お前、何入れたんだ」


 俺は毒でも死なないことは実証済みである。

 

 十一歳の時のことだ。

 自分の異常な体質を初めて自覚して絶望していた俺は、理科室から盗んできた劇薬を飲み干したことがある。

 もちろん死にたくて。

 外傷では死ななくても毒とかなら死ねるんじゃないかと思ってそんな大胆なことをしてしまったのだけど、結果として俺は死ななかった。


 死ねなかった。

 それどころか、一瞬だけ体が熱くなったあと、寒気がして、それで終わった。


 あとで調べてみたら、少し口に含むだけでもひどい嘔吐や高熱になるほどの薬品で、先生が実験用に使用する以外は絶対に使われないようなものだったのだけど。


 まあ、なんともなかった。

 ただ、味覚は普通の人と変わらないので、本来飲んではならないものの味というのは印象深かった。

 絶妙な不味さというか、不快感というか。

 

 そして今、目の前のコーヒーを飲んだ時の味があの時と酷似していた。


「近江君、やっぱり死なないじゃん」

「まさかとは思うけど、毒を盛ったのか?」

「だったら?」

「だったら、じゃねえだろ! 俺が不死身じゃなかったらどうするつもり……あ」

「へえ、やっぱり不死身なんだ。へえ」


 やられた。

 口が滑ってしまった。


「い、いやこれはだな」

「やっぱり、近江君は私の運命の人なんだ。ふふっ、嬉しい。私、絶対君を振り向かせるから」


 うんうんと、何度か頷いたあとで雨宮はゆっくり立ち上がってそのまま、さっさと店を出ようとする。


「お、おい」

「あれ、引き留めてくれるの? 嬉しい」

「あ、いや……」

「大丈夫、君の秘密を口外する気は今のところないから。でも、バラされたくなかったら明日からも仲良くしてね」

「……どうせ学校で会うだろ」

「だね。隣同士だし、本当に運命かもね」


 カラッとした笑顔で応えたあと。

 スッと背中をむけて歩き出した彼女は、こう言い残して去っていった。


「さっきコーヒーに入ってたのは、ただのうがい薬だよ」

 



 


 

 

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