第3話

「ふふっ。私、男の人とカフェにくるの初めて。近江君が私の初めてだよ」


 駅前のオフィスビルの一階に入っているカフェ「フレンズ」に無事到着した俺は、入ってすぐに店員に案内されるまま奥の窓際の席へ。

 そして雨宮の向かいに腰掛けると、すぐに彼女がそんなことを言いながら照れくさそうに俺を見つめてくる。


「それはどうも」

「ねっ、だからあなたの初めても私にちょうだい?」

「何の話だよ」

「え、初めて斬られるのは絶対私にしてねって話だけど?」

「人生で誰かに斬られる予定ないから普通」

「え、嬉しい! 私のために初めてをとっておいてくれるってことだよね?」

「……」


 何を言っても無駄だ。

 この女はなまじ見た目がいいから普通の女子高生の感覚で話そうとしてしまうが、中身は人斬り願望に侵されたサイコパスなんだ。

 端的に、要点を絞って聞きたいことだけ聞こう。


「あの、おれも聞きたいことあるんだが」

「うん、何?」

「ええと」

「彼氏はいたことないよ? あと、好きなタイプは勇敢で真面目そうで誠実な人かな。それと、付き合ったら私、ちゃんと結婚を前提にしたいからその辺りは理解しててもらえると嬉しいなあ」

「あ、いやそういう話じゃなくてだな」

「え、違うの? じゃあ私の家族構成? 両親と私の三人家族で、おじいちゃんとおばあちゃんも近くに住んでるの。両親は忙しくて家にいないことが多いから、自炊とかもちゃんとできるんだ。えへへ、今度手料理作るね。何が好き?」

「うーん、俺はハンバーグかな……じゃなくてだな。俺の話を聞け」

「あれ、違うの? てっきり交際するにあたって聞きたいことがあるのかと思ってた」

「……じゃあなんだ、俺が付き合ってくれと言ったら彼女になるってのか?」

「え、うん」

「……は?」


 今、なんて言った?

 俺と付き合うだと?

 俺を突き刺したくてたまらない女が?


「だって、私は近江君のことが好きだもの」

「それはどう……も? なんだと?」

「あんな風に身を挺して私を助けてくれて、その上で何も見返りを求めない君に、惚れないわけないじゃん。私、あなたのことが好き」

「……」


 なんだなんだなんだ、この展開は?

 雨宮千尋といえばうちの学校はおろかこの地域の高校生にも名前が知れ渡るほどの美少女だぞ?

 そんな彼女が、誰もが羨んでお近づきになりたくてたまらないこの女が、俺に惚れてるだと?


 夢、じゃないよな。

 まさかこんな俺にモテ期が……い、いかんいかん騙されるな。

 こいつは俺を付け狙うサイコパスアサシンだ。

 きっと俺を油断させて最後には切り刻む算段に違いない。


「……じゃあ、なんでそんなに好きな俺のことを斬りたいと? 普通好きな人は傷つけたくないだろ」

「私、実は役者してるの」

「役者? へえ、そうなのか。で、それと何の関係があるんだよ」

「去年の本屋大賞とった「天下五剣を継ぐもの」っていう、現代ファンタジー知ってる?」

「いや、本はあんまり読まないから」

「その作品が今度舞台化されてね。そのヒロインに抜擢されたんだけど、物語の終盤でヒロインが最愛の人を斬るシーンがあって。殺陣とか、何度も稽古はしてるんだけど納得いく演技ができなくて悩んでるとこなの」

「……じゃあなんだ、納得いく演技がしたいから俺を斬りたいと?」

「うん。大好きな人を斬る感覚をね、ちゃんと肌身で感じたいの。いいでしょ?」

「いいわけあるか!」

「えー、何でダメなの?」

「人を斬っていい理由なんてこの世にあるか」

「私の為なのに?」

「独裁者か! あのな、演技に拘りを持つことは否定しないけど、そこまでする必要はあるのか? 俺を切ったらそれこそ傷害罪、下手すりゃ殺人だぞ」


 と、ここでカマをかける。

 もし雨宮が俺の体の秘密に気づいていなければそれなりの返答がくるだろうし、何か思うことがあった上で俺を斬りたいと言ってるのであればそれについて聞いてくるはずだ。

 さあ、どう出る?


「近江君と私が愛し合っていたら問題なくない?」

「……大アリだ。家族や恋人なら好き勝手していいなんてルールはこの国にはないぞ」

「でも、近江君が望んで私の刀の錆になってくれたら」

「望まないしどうあってもダメなんだよ」


 いかん、本気で話にならない。

 こいつが俺を斬りたいという動機はわかったが、しかし到底理解できるものではない。

 愛するが故に?

 なんだそれ、どっかの世紀末のお話かよ。

 それに役者かなんか知らんが、演技のためなんかに人を斬りたいなんて、そんな奴が大成するもんか。


 演じるキャラの気持ちになる前に、斬られそうになってる奴の気持ちになってみろってんだ。


「近江君、私のこと好きじゃないの?」

「好きじゃない。よく知らないどころか、自分を斬ろうとしてる奴になんか、いくら容姿がよくても惚れるもんか」

「それって、可愛いとは思ってくれてるの?」

「うっ……まあ、雨宮の容姿が他の女子より優れていることは否定しない。ただ、綺麗とか可愛いとかそういう問題じゃ」

「じゃあ、もし私のこと好きになってくれて、私のためになら死んでもいいって思ってもらえたら、斬らせてくれる?」

「……あり得ないが、もしそうなればな」


 もし、なんて言ってみたけど。

 俺が誰かを好きになるなんてあり得ない。

 この体が何なのか、果たして俺は人間なのか、いつまで生きていつ死ねるのか、何もわからないんだ。

 不老不死や長寿だったら、愛する人やその人との子供や、そのまた子供も俺より先に死んでいくことになる。そんな孤独には俺は耐えられない。

 だから最初から大切な人なんて作らない方がいいんだ。

 それはこの体のことを自覚してからずっと心に決めていること。

 まあ、それはそれとしてとにかく雨宮が俺の不死身について気づいていないのであればそれでいい。

 断り続けたらそのうちこいつだって諦めるはずだ。

 

「ふふっ、よかった。じゃあ、私頑張るね」

「頑張らないでくれ。あと、許可なく斬ろうとするのはなしだからな。さて、もういいか?」

 

 そう言って、話を切り上げようとすると雨宮がクスクスと笑う。


「ふふっ、近江君って変なの」

「どこがだよ」

「だって」


 だって。

 そう言った後、雨宮は頬杖をつきながら、トロンとした目で俺を見て、こう続けた。


「そんなに斬られること怖がるなんておかしいじゃん。死なないくせに」

 

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