ファクトリー

黒幕横丁

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 ――名探偵は量産されている。


 昔、祖父がふとそう呟いたが今も鮮明に覚えていて、頭から離れない。

 祖父に言葉の意味について訊ねたこともあるけれども、祖父ははぐらかすだけで答えてはくれなかった。

 祖父はその後他界し、その言葉の謎について解明することは終ぞなかった。


 あれから数十年経ち、私は記者の仕事に就いた。取材の為にあちこちを走り回るという生活を送っている。

 特にここ最近は専ら凶悪事件に関する取材が多く、警察と自分のデスクを行ったり来たりしている。

 今追っているものは一か月前から起こっている、藪見市連続児童失踪事件。藪見市に住んでいる児童達が相次いで謎の失踪をしており、現時点で六人もの児童が行方不明になっており、未だ発見に至っていないというものだ。

 行方不明になった児童たちの年齢も居なくなった時刻にもばらつきがあり、警察の捜査もかなり難航を極めていた。


 そんな難解な事件がある一人の青年の活躍により、あっさりと解決してしまったのだ。

 青年は名前をアオゾラと名乗り、探偵としてこの捜査を手伝わせてほしいと突如警察署の捜査本部へ乗り込んできた。

 そんな人物を追い出すこともなく、警察も何故か受け入れ、いつの間にか探偵が捜査本部の中心で仕切っていった。そしてあっという間に犯人が逮捕され、行方不明になった児童たちは特に怪我もなく保護され、無事親もとへと帰された。

 あんなに捜査が難航していた事件をまさに目にも止まらぬ早業で解決していったのだ。アオゾラは様々な人たちから大層感謝されていたが、『当然のことをしたのでお礼なんて、ではこの辺で』と軽く挨拶をしたのち、捜査本部を後にしたのだ。

 彼が警察署から出ていくとき、私はふと目撃してしまったのだ。


 彼の首元に何やら文字みたいな痣を。


 何かしらの入れ墨の類なのだろうか、まぁあれくらいの歳なら入れることはおかしくないが……、と考えているうちにふと脳裏に祖父が呟いた言葉が過る。


 名探偵は量産されている。


 もしかしたら祖父が言っていた探偵が量産されているという話が事実で、彼がその量産された名探偵なのかもしれない。その証拠が彼の首元にあるまるで製造番号のような文字に見える痣。そう思った瞬間、急に私に好奇心が湧いてきたのだ。

 探偵に見つからないように心掛けながら彼の尾行を開始することにする。

 彼は街中を一切寄り道することなく、まるで誰かに導かれているかのように歩いていく。道中、人から呼び掛けられることはあっても軽く会釈をするだけで、立ち止まることもない。

 喧噪な街から抜け、人気のない場所へとやってきたが、まだまだ彼の歩みは止まることはなかった。このような場所に探偵の住処があるとは到底思わないが、どこまで向かっているのだろうかと私は内心少年期のようなワクワクでいっぱいだった。

 しばらくついて行ってみると、目の前に怪しさしかない大きい古びた洋館が見えてきた。探偵はその館の中へと吸い込まれるように入っていった。

 こんな広くて古い怪しい洋館に青年が住んでいるのだろうか。もしかして、製造された探偵たちがあそこへ一同に集められているのかもしれない。私もいそいそと探偵に続いて洋館の中へと入った。


 建物の中は電気が通っていないのか薄暗い。スマートフォンのライト機能で明かりを灯してもよかったのだが、見つかってしまってはマズいと思い、あえて暗い中を進んでいく。

 所々に蜘蛛の巣が張り巡らされていて、どう考えても人が住んでいる場所ではない。ではなぜ探偵はこのような場所へと入っていったのだろうか?

 そんなことを考えながら探索していると、ふと目の前にいたはずの探偵の姿を見失っていることに気が付いた。


 しまった。


 慌てて周囲を見回すが、探偵の姿を確認することは出来なかった。

 一体彼は何処に……。

『こんな廃墟に何か用事ですか?』

 私の背後で凛と通る声がする。その瞬間、私は背筋が凍る。

 探偵の声だ。いつの間に私の背後に回り込んだのだ? 周囲を確認したときは居なかったのに。後ろを恐る恐る振り返ると、やはり私が先ほどまで尾行していた探偵の姿があった。

 どうやら私が尾行していたことには気づいていないらしい。ここはちょっとした言い訳をしながらそそくさと逃げるとしよう。私は恐怖で唇を震わせながら答えた。

「ちょっと落とし物を探していまして、見つからないのでそろそろ帰ろうかとしていたところで」

『そうですか。てっきり僕のことを警察署から尾行しているから、僕の背中にお兄さんが探しているものが貼りついているのかと思いました』

 尾行のことまで探偵は当然知っていたようだ。このままではマズいとこの場を脱しようとしたが、急に力が入らなくなって床に倒れてしまった。

 一体どうして?

『でもお兄さんごめんね、この場所を知ってしまった人は帰してはいけないルールだから』

 そうニッコリと笑う探偵の手にはいつの間にか注射器が握られていた。いつの間にか薬剤を投与されてしまったようだ。

 まさかこの場所に来ることで彼の秘密を握ってしまうことになるのだなんて思いもしなかった。処分されるなんて真っ平ごめんだ、しかし助けを求めようとしても声も出す気力すら湧かない。

『でも僕、好奇心旺盛な人は嫌いじゃないよ? だって……』


 新しい材料になるからね。


 そう笑う探偵。“材料”って一体なんのことだと思ったが、私はそのまま意識を失った。



「いやぁ、大変助かったよ。難しい事件だったけど、君が来た途端、スピード解決だ。お手柄だ」

『いえいえ、私はただこの事件を早く解決したいが為にアドバイスをしていたに過ぎません。お気遣いなく』

「流石、名探偵のいうことは一味も二味も違うねぇ。ところで探偵君」


「最近は見かけなくなったが、君と顔風貌が似ている記者が前にこの警察署へよく出入りしていたのだ、ご兄弟かにそういう関係の方がいるかい?」

『いえ、私に兄弟はいませんのでおそらく他人の空似かと』

 そう笑う探偵の首にはちらりと文字のようなものが刻まれていた。


 ――名探偵は量産されている。材料は好奇心旺盛な人間。植え付けるは知力と探求心。

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