第2話

かつての活気溢れたであろう歓楽街は見るも絶えない姿へと変貌していた。


主要道路は大破し錆びた車が幾台も規則正しく、時にはぶつかったのだろう、ひっくり返っているのもある。

中には誰かがバラしたのだろうか。エンジンルームは空っぽ、物によってはシートですら剥ぎ取られているではないか。


どれほど前に漁られたのか塵や埃の溜まり具合から見ても把握不可能だが、つい最近では無いのは確か。当然飲食店やスーパー等食材を取り扱う店舗は根刮ぎイかれてるし、めぼしい物は全て無い。


あまりにも何も無さ過ぎて適当にビルにでも入ろうかと思ったけど強化服を着てるとは言え崩落に巻き込まれればかなり危険だ。


「.......しっかしほんと現実みたい」


塵や草木、水や機械部品までも精密に再現されててネジの一本すら完璧。背負ってるカバンの感触も腐ったオイルの臭いも全てがリアル。

後で飲食物も試してみるけど、これらは元々リアルそのものだから変わりは無いとは思う。

となると痛覚はどうだろう?


ゲームではVR法に基づき擦り傷、骨折、内臓の損傷等の痛みは代わりに複雑な違和感と言う形で伝えられていた。

...が、さっき髪を引っ掻けた時痛みを感じた。となれば考えずとも理解はできる。


「恐怖ある死を、か」


頼れる味方も場所も無い私がヘマを踏めば待っているのは死か、苦しんだ末の死。


だと言うのに今だ生存者や役に立つ物は見つからず、おまけに兵器の水準も分からないと来た物。

何せ400年も経過しているのだ。いざ接敵して未知の強力な兵器で蜂の巣にされちゃたまったもんじゃない。


......そう言えば過去にイベントで7m弾すら通用しないキメラ生物を撃退するってのがあったっけ...首都が放棄されたのもキメラによって、とかだったらどうしよ......。

あいつら硬いクセに速いんだよねぇ。



まだ残る少しの混乱、不安感から悪い想像ばかり連鎖して行く。


そんな状況にうんざりし、休憩しようと建物の影に隠れた時。大量の車に隠された前方で銃声が聞こえた。


「っ!」


瞬間私の身体は考えるよりも先に動く。

ステルスを起動、出口周辺を最大限かつ速やかにクリアリングし廃車を盾にし状況を確認するが、車が邪魔過ぎて今一見えない。


上に立つ?ダメ危なすぎる。

そこの工事用の鉄塔は...腐食し過ぎて耐久性に難あり。

全力で走れば屋上伝いに行けそうではあるけど私はここらを全く知らない。そんな奴が足場も悪い場所をよたよたと歩きゃ良い的、スナイパーが居れば一瞬で見つかる。


逃げようか、と一瞬脳裏に過るが瞬時に否定し楽観的に考える事にする。


撃ち合う双方が悪人なら一人残して殺せば良いし、利用出来るならすれば良い。

行き当たりばったり上等。生きてる内に笑え笑え!


ただしやるからには......


「確実に迅速に完璧に」









「14時赤レンガ屋上敵!」


汚れでくすんだ狐耳をした真っ赤な髪を短く纏めた都市迷彩服の少女が自動小銃を撃ちながら大きな声で言うと、隣の同じ装備を着けた蒼い髪と黒い犬耳の少女が無言でスコープ付きの小銃で狙いを付け、撃つ。


しかし地上からの制圧射撃と高所への射撃のせいか外してしまう。


「ユモモ、ムリ、当てれない」


「諦めんな!」


「ヒイラギは沢山ムチャ言う。制圧射撃がスゴいムリ」


「だーもう!カリンどう?動けそう!?」


「血がっ血が止まりません!」


緑の髪を持ち救急マークをヘルメットに張り付けたカリンと呼ばれた少女は、両腕や服を血塗れにしながら、目が虚ろな『教官』と呼ばれる首から血を流した綺麗な顔つきの、しかし肌の色が土色に変わりつつある女性の治療を行っている。


「簡易キットじゃ血を止めれません!早く、早く学園に戻らないとっ」


カリンは必死に止血剤やガーゼ、更には貴重な前時代の遺物であるナノマシン治療薬を2つも投与するが、血が止まる事は無く、教官は鼻と口から血を吹き出しカリンの顔面にかかる。


「きゃっ.......うぅ...!」


一瞬怯みはすれど直ぐに患部を強く押さえ止血を試みるが、このままだと持って数分。時間は無い。


「前方には沢山の敵っ!屋上にも、恐らく回り込むチームもいる筈...対して私達は頼れる教官は狙撃されてマガジンも僅か撤退も厳しい......こんなにピンチなのはお祖母ちゃんのお気に入りのお菓子を黙って食べた以来ね」


「ウン、美味しかったアレ」


「ふざけてる場合じゃないですよっ!!!」


逼迫した状況にも関わらずふざけている三人。

そんな三人を見て気力を振り絞り何とか意識を保つ教官が血を口元から垂らしながら笑う。


「ふ...いい...ぞ......恐れる...なら...笑...え...」


「教官っ!」


カリンの大声にユモモが物陰に引っ込み急いで教官の元へ向かう。


「教官現在の状況かなり劣勢です。無線は不能、応援要請のフレアガンもここからでは恐らく...指示を」


「...分隊長は...ユモモ次席...貴官...だ...私を捨て...るも...撃滅する...も貴官が...決めろ」


「っ...!そんな弱気な事おっしゃるなら老死するまで居座りますからね!カリンそのまま応急処置を続けて!ヒイラギ反対側に行くから援護!」


「任された」


地面に置いてあった教官の突撃銃に持ち変えたヒイラギが車のボンネットから半身を出し指切り射撃で牽制する。

多少攻撃が緩やかになったタイミングでユモモは素早く身を屈めながら全員の居る所とは反対の瓦礫へ移動し、ヒイラギとクロスを組み反撃を開始する。


「さあ全員ぶっ殺すわよ!!」


『わよっ』



掛け声と共に放った弾丸は意図も容易くたて続きにバラクラバで顔を隠した屈強な男の頭を撃ち抜き命を奪う。


それでも攻撃は止まず恐れが無いかの如く進行して来る。


連携など皆無で雑に障害物を使い前進を続ける彼らと、少数だが厳しい訓練の効果を存分に発揮し銃撃を回避し的確に撃ち抜いて行く彼女達。

だが時には精鋭の少数よりも平凡な大勢が数の暴力により蹂躙する。


ユモモ達の善戦も虚しく迫り来る敵に次第に弾薬が尽きて来る。


『残りマガジン1』


「カリンから受け取って!今回は共有武装でしょっ」


『受け取って下さいっ!』


『おっとと、カリンありがと』


ああは言ったユモモだが実はユモモもそろそろ残弾数に余裕が無くなって来た所で、本格的に撤退か、それとも命をとして戦うべきかを決めなくてはいけなくなって来た。


(どうする?本気で教官を見捨てて逃げるべき?それとも文字通り死ぬまで戦う?でも、もし捕虜にされたら一生あの野蛮人共の慰み者か奴隷になるのよ?)


絶えず向かい来る敵を一人また一人と撃ち抜きつつ、頭をフル回転させるユモモ。


(今さら救助用フレアを撃った所で間に合わないし、最悪敵が増えるだけ......かと言ってこのままじゃもう少しも持ちこたえ...『ユモモ!!』っ!?」


不覚。

超時間に及ぶ不利な戦闘と疲れで敵の接近を許してしまったユモモが側面から回り込んで来た敵に殴られ抑えつけられてしまう。


『っ!』


急いでヒイラギが銃口を向けるが男はユモモの側頭部に拳銃を押し付け、撃って見ろと顔を振る。


「撃ちなさい!」


間髪入れずに指示を出すユモモだが撃つことを躊躇うヒイラギ。

次の瞬間には後ろから現れた男に片耳を捕まれたヒイラギが悲痛な短い叫びと共に掴み伏せられる。

カリンも同じく捕まったのか羽交い締めにされている。


「やあっとゲームオーバーだなぁ?」


耳もとからさぶいぼが立つネチッこい声と共に身体をまさぐられる。


「やっ!離せっ!あぐっ!?」


直ぐ様抵抗するが耳の奥深くまで指を突っ込まれ強引に振り回し仰向けに抑えられ、激痛により抵抗が出来なくなってしまう。


「ちっちっちっ、良い子だから大人しくしときな...おい、そこの死にかけは殺しとけ。抵抗されると厄介だ」


男の指示に髭を鬱蒼と生やした汚いタンクトップの男が突撃銃を教官の頭に押し付け、引き金に指をかける。


「ダメですっ!」


カリンが止めるべく必死に抵抗するが圧倒的な体格差にびくともする事は無い。


「じゃあなセンセ。後は俺達が美味しく頂いて......コパッ」


瞬間教官に銃を突き付けていた男の顎が砕け散り続けて脛椎に銃撃を受け糸の解けた人形の如く崩れ落ち、直ぐに二回の銃声が響く。


狙撃だ。


カリンを人質に取る男が逸早く理解し、強引に狙撃された方面へカリンを盾に向けるが、恐ろしいまでの精度で頭を撃ち抜かれ脳味噌を後ろへ撒き散らす。


「っ!?」


その他の男達も急いで物陰に隠れようとするが短い間に更に二人も撃ち抜かれ、残るはユモモとヒイラギを人質に取る二人のみとなってしまう。


「くそっ!何だ誰だ俺達を攻撃する馬鹿は!?」


「知らねぇよ!後ろにいる奴等は何してんだっまさかこの狙撃...殺られちまったって事か!?誰か無線聞こえるか!応答しろっおい!!」


ユモモ側の男が焦り無線機を片手に呼び掛ける。

しかし拘束を緩めた瞬間をユモモは見逃す筈が無く、レッグシースからナイフを取り出し大腿動脈、肝臓を刺し上から引摺り下ろし止めを刺す。

確実に死んだのを素早く確認した後、急いでヒイラギの方を見ると丁度ヒイラギも男に止めを刺している最中で、両手には拳銃が握られており撃鉄音と共に男のロクでもない人生は幕を閉じた。


「すっきり」


「...同意ね...でも一体誰が、学園の関係者?無関係な第三者?前者なら願ったり叶ったりだけれど後者ならあれだけの狙撃技術...厄介ね」


一先ず、狙撃者に警戒し障害物を挟みながらカリンの元へ移動しようとすると無線から男とも女とも判断し難い声が聞こえ、足を止める。


『動くな...そこの負傷者を救護しているお前は続けろ。それ以外が動けばそいつらを撃つ』


ごくり、とユモモが喉を鳴らしヒイラギを見ると手持ちの小型鏡で狙撃者の位置を探っている。


「見える?」


『んー...見えない』


「完全に隠れてる筈なのに動きがバレてる?仲間がいるって事かしら......どうすればいいってのよ...それになんで周波数を...」


約数十秒どうしようもなく狼狽えていると教官の体力が限界を向かえたのかカリンが慌てふためいている。


「教官っ...!ちょっと無線のあんた聞こえてるでょ!?こっちは重傷者がいて大事な場面なのだから動くわよ!?」


『ユモモ、穏便「動くからね!?」


返事を聞くまでもなく強引に締めくくり、狙撃されるかもと言う恐怖心を強く抑え、銃を狙撃者から見えるよう道路に投げ捨て教官の元へ走る。


「教官っ」


滑り込むように駆け付け、痙攣する教官に救急ポーチから最後のナノ治療薬を投与する。

出血は当初に比べ少しは治まったものの最悪な状況なのは変わらず痙攣を続ける。


もう持たない。

そう判断したカリンは大きな軍用バックパックから除細動器を取り出し、緊急心肺蘇生の準備に取り掛かろうとした時だった。

無機質で氷より冷たい殺気の隠った声が聞こえたのは。


「ぜ、全員手を頭の上に腹這いになりぇ」





「ぜ、全員手を頭の上に腹這いになりぇ」

しまった無茶苦茶重要な場面で噛んでしまった。


ステルスをオフにP90を両手に瓦礫の上から四人を見下ろす。


...一人は兵帽で確認できないけど全員獣耳が生えてるってことはフィスティア人、つまりゲーム内におけるNPCかな。

明らかに悪人っぽい見た目をした武装集団の武器防具は旧世代の粗悪品や1.2世代の近代の物ばかりでロクな訓練も積まれていなさそうな割りに数はかなりいた。


この子達はたぶん不意を突かれたのだろう。

後退しようにも横転したトラックや瓦礫に阻まれて撤退は難しそうだし、死角も多い場所でテンパらずにああまで戦えてた。適切な訓練を受けたんだろう。


武器は2世代のAR24突撃銃に...蒼い髪の子のは見たことのない銃だけどボルトアクションライフルかな?...まあ400年も時が進んでるなら私の知らない種類も生産されているか。


兎も角、不利な状況でここまで耐えたんだしあの有象無象達よりヤれるのは間違いない警戒しよう。



突撃銃を蒼い髪の子に向けたまま視線を怪我人へ滑らせる。

重傷者。しかもかなりヤバい感じ?頚部からの出血多量で顔は土色に変色し痙攣も、あれじゃ後数分も持たない。

装備は...少女達と同じだけれど肩部のワッペンが違う。

少女達は学生帽のワッペンに対してあの人は狼に雷の物......訓練生と教官?

いずれにせよ猶予は少ないと見える。


「......蒼い髪の、銃を置いて蹴飛ばせ」


「......」


「二度は言わない」


短く出来るだけ冷たくそう伝え片手でサイドアームを取り、手当てをする三人へ向けると蒼い髪の子は苦々しい表情で銃を置き忠告通り蹴飛ばす。


「...行け」


首を三人の元へ向け移動するよう促すと、しげしげと私を見ながら合流する。


圧倒的に不利な状況であの態度、見た目の割りに良い根性してるね。


サイドアームをホルスターに納め、後ろ手でボディバッグを探る。


高性能ナノ治療薬は...あったこれだ。


一本の薬品を手に握り、再度短く考える。


...確証は無い。けれど今予想できるのは彼女らの文明レベルは良くて3か2。2であれば後期にはナノ治療薬の試作品が流通し始めた頃で、効果は精々体外内出血の抑制と低度の自己治癒力の増大だったはず。

その文明にオーバーテクノロジーの物を与えて問題は無いのだろうか?...いや考えるまでも無く問題があるに決まってる。むしろ今後厄介事に巻き込まれる可能性も無いとは言い切れない。



まだ年端もいかない少女達の必死な姿を見て、昔のとある出来事を思いだし微かに首を振る。


まあ良いじゃないか些細な問題なんて。したいように楽しく生きなきゃ損だ、生きてる内に笑え笑え。



銃の構えを崩さないままゆっくり回り込んで近付き声を掛ける。


「赤いの」


「なによっ...うわっ!?」


近寄ったのに気付かなかったのか三人は驚き、僅かに後ずさる。

ならば都合が良いと針の蓋を外し血泡を吹く彼女の首に刺し注入する。


直ぐに三人は私に敵意のある視線を向け詰め寄ろうとしたので、痙攣は治まったが昏睡状態の彼女に銃を押し付け制止させると、苦虫を噛み潰した顔になり大きな声で私に問う。


「何を射ったの!?教官をどうするつもり!」


「教官に何かアレば只じゃおかない」


「そうですそうです!あ、アレですよっ!ただじゃ置きませんよっ」


三者三様狼狽えビビりながらも非難を浴びせる姿に、昔一緒に暮らしていた子ども達を思い出しバレぬようフルフェイスガードの下で笑う。


「死にはしない、ほら」


私から視線を剃らす為、銃から1つ抜き出していた弾丸を指で大きく弾き三人の視線を集め、その隙にステルスを起動し素早くバレぬよう距離を取る。


当然一瞬で姿を消したに三人は驚き警戒するがアンチステルス技術を持たない彼女らには見つける等不可能。


私は彼女らが少しでも長生きするようにと、苦い過去の記憶を諌める様にその場を去った。















そう言えば久々に誰かとまともに喋れた気がする。

どうだろう?超緊張したけど親切で優しい人に思ってくれたかな?変じゃなかったかな?

.......と言うか食料と水の件忘れてた...どうしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エオリアル211 Dポン @hinano1114

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ