二人は何でも屋

弐階堂 正宗

本編

 「ちょっとリン!トイレットペーパー切らしたなら補充しといてよ」

 「忙しかったの!」

 「そんな古めかしいコンピュータと遊ぶのがそんなに忙しいの?」

 「うるさいなぁ……」

 トイレから出てきたエマは、二階にいるリンに文句を言った。リンは先程から、今となっては一部の高齢者やマニア以外誰も知らないパソコンを修復していた。エマはこの趣味を全く理解できない。

 そんな中、東京都新宿区にある二人の仕事場兼住居のインターホンが鳴る。エマは視界に玄関口の映像を表示する。玄関前にはYシャツを着た黒人の男が深刻そうな顔をして立っていた。

 目にサイバネ手術を施せば、こういったことができる。医学とITの進化により、身体の機能をサイバネ手術により強化・追加することが今日では当たり前のように行われている。

 

 「何の御用ですか?」

 インターホンの前に行かなくても屋外と会話ができる。これも、声帯と脳の一次聴覚野(聴覚をつかさどる)を改造し、インターネットに接続できるようにしたためだ。

 「依頼したいことがあって来たんだ。おたくは腕のいい何でも屋だと聞いている」

 「いかにも、私たちは何でも屋です。少しお待ちください。……リン!お客さんいらしたわよ!」

 ほどなくしてリンは一階に降りてきた。

 セミロングの黒髪、豊満な身体に古代ギリシャ彫刻のような鼻の形。銀縁の眼鏡。ほぼ全ての容姿を構成する要素がエマの好みに当てはまっていた。

 

 彼女はもともと大企業のサイバーセキュリティ部門で働いていた。しかし四年ほどで代り映えしない単調な仕事に嫌気が差し、やけっぱちになってそれまで行ったことがないナイトクラブで過ごしていたところでエマに声を掛けられた。

 リンの前職を知ったエマはリンにこの稼業の世界に入る事を勧めた。リンは仕事をやめ、エマの元で働くことにした。程なくして二人の交際が始まった。

 コンピュータにとても詳しく、コンピュータを愛していた。自他共に認める末期コンピュータオタクである。エマもこの癖すら無かったら完璧だったのに、と事あるごとに思っていた。

 

 「エマ、客が来るかもしれないのにそんな恰好してたの?」

 エマは黒く光沢のあるノースリーブのボディコンを着ていた。ショートの金髪とのコントラストが美しい。

 「別に私の勝手でしょ?」

 ボディコンにより強調されている肉感的な身体と西洋的な顔立ちのせいで大勢の男に言い寄られたエマだが、生まれてから男性には一切興味がなかった。三〇年生きて、今まで交際したのはすべて女性である。

 それに対してリンは、上下の色気もへったくれもない緑色のジャージ姿である。

 

 「いらっしゃいませー」

 エマはドアを開け、客を室内に入れる。

 男とふたりはソファーに向かい合って座った。

 

 

 「実は子供が誘拐されて……学校が終わったらいつもはすぐ帰ってくるのに、今日はまだ帰っていないんだ。そしたら、こんなのが……」

 男はポケットからPDAを取り出し、届いたメールを見せた。子供の写真、身代金を受け渡す時間、受け渡し場所の地図と共に百万円を要求する、といった文言が書かれていた。

 「警察には相談を――」

 リンをエマが目で制する。

 (相変わらず世間知らずなんだから……)

 「ただでさえ犯罪が多いのに、私みたいな移民が相手にされるとでも?」

 「なるほど。で、うちに来たって訳ですね。自己紹介が遅れましたが私がエマです」

 食い気味に名乗る。

 「エマさん……あなた、移民か?」

 「ええ、イギリス系です」

 「そうか……私はルーカス、アメリカ系だ。医者をやっている」

 「私はリンです」

 「なるほど、それで……いくらになる?」

 「じゃあ、七十万でどうですか?」

 エマが答えた。

 「……わかった。九十万、このケースに入っている」

 

 それからエマとリンはルーカスを一旦帰らせ、スポーツカーを駆って身代金の受け渡し場所に向かった。空はすでに暗闇に包まれている。

  作戦はエマが母親を装い受け渡し場所でボストンバッグを持って待機し、リンは周辺をドローンで監視しエマに連絡する。受取人が現れたら捕らえて誘拐している場所を吐かせ、そこに向かって子供を救出するといったものだ。


 車窓からは浮浪者、ストリートギャング、商売女、カルト宗教や過激派の集団がそこかしこに見える。

 一九九〇年代後半からこの国で続いていた経済成長の停滞を打破するため強行された経済政策、そしてその労働力を確保するための移民大量受け入れは失業者と凶悪犯罪、不良外国人の増加を招き、移民犯罪組織や反体制武装集団の形成を促す結果となった。

 「緊急車両、交差点を直進します!そのままお待ちください!」

 サイレンを鳴らした機動隊の輸送車4両が目の前を横切る。暴動が日常と化した今、こうした光景は毎日のように目にする。

 

 受け渡し場所は港区にある比較的大きな公園で、人影はない。エマはバッグを持ちベンチに座っていた。

 エマが携行している武器はJフレームのリボルバーのみである。小さい三八口径弾しか使えないので威力が頼りないが、ジーンズにパーカーという格好で隠し持てる武器はこれしか無かった。だが、これに頼らず格闘で受取人を捕獲する自信がエマにはある。

 「南から一人。多分あれが受取人ね」 

 右耳に装着したイヤホンからリンの声が聞こえる。そして、背後から足音が近づいてきた。

 「身代金だな」

 背後から、押し殺した若い男の声がした。

 「……はい」

 「よし」

 男がボストンバッグに手を伸ばした瞬間、振り向きざまに顔面を肘で一撃。よろめいたところでフロントチョークに入る。

 「子供はどこにいる?」

 「……いや、知らない」

 「嘘をつけ」エマは男を凄み、力を強める。

 「分かった、話す!話す!……子供は、この先の廃ビルにいる」

 「廃ビルにいるんだな。よし、お前はもう用済みだ」

 締める力を一層強くすると男は失神した。男を茂みに隠した後、車に戻る。

 「子供の居場所が分かった。さっき通った廃ビルにいる」

 「あそこね」

 

 五分足らずで廃ビルに到着した。廃ビルとは呼ばれているものの、まだビルとしての形を保っていた。建物はホテルだったらしく、看板がまだ残っている。

 「ドローンで中に何人いるか確認して」

 「わかった」 

 そう行ってエマは車から降り、トランクを開けた。もう武器をコソコソと隠し持つ必要はない。ズボンの内側に付けているリボルバーをホルスターごと外す。サプレッサー付きのVz 61サブマシンガンを持ち、腰にグロックを差した。

 Vz 61は、日本で多く流通している九ミリパラベラム弾を使用できるようにカスタムしてある。

 銃に弾倉を挿入する。どの弾倉にも命中すると弾頭が広がり、普通の弾頭と比べ広範囲を破壊できるホローポイント弾が装填されている。

 「三人、二階の二〇三号室にいる」

 「防弾チョッキとか着てる?」

 「いや、着てない」

 ホローポイント弾は貫く力が弱いため、相手が防弾チョッキを着ていた場合は有効でない。

 弾倉を変える手間がかからなかったことに安堵しつつ、エマは廃ビルへ向かった。

 

 廊下には客室のドアが規則正しく並んでいた。階段のそばに立つと、若い男たちが談笑している声が反響して聞こえてくる。気づかれぬよう、忍び足で階段を登っていく。

 肝心の二〇三号室のドアは開かれていた。電気のランタンで室内は明るく照らされている。誘拐したであろうガラの悪そうな男は確認できたが、子供は見えない。

 エマは隠れつつ、Vz 61でランタンを撃つ。サプレッサーで押し殺された銃声が室内に響く。

 ランタンが砕け散り、突如として二〇三号室は暗闇に包まれた。

 「おい!どうなってるんだ」

 エマは、目の暗視モードをオンにする。網膜が捕らえた光を増幅することにより暗闇での視野を広げることができる。

 混乱している誘拐犯らを、次々とVz 61で撃ち倒す。

 「ああっ!」

 「どうした!」

 全員の急所に弾を打ち込んだため、何が起こったか分からずに誘拐犯らは一瞬で絶命した。

 警察は一般市民が被害に遭わないかぎりは碌な捜査をしないため、跳弾を通行人に当てたりしない限りエマが逮捕される事はないだろう。

 ランタンの周りには興奮剤であろう錠剤が散らばっている。街に溢れかえっているジャンキーのところに行けば、高値で売れるため持ち帰ることにした。

 

 部屋の隅に、誘拐された少年がいた。中学一年生くらいだろうか。学校の制服を着ていた。

 「ど……ど……」

 安心させようと、言葉をかけようとした瞬間――


 「どうして、こんな簡単に全員やられちゃうんだよ!どうなってるんだ!」

 

 エマは一瞬、思考が停止した。刹那、怒りが湧き上がってきた。安全装置をかけ、少年に銃口を向ける。

 「さぁてクソガキ君。どうなってるのか、話してもらおうか」

 少年は泣き出した。

 

 「つまり、今回の事件は……」

 「全て息子さんの自作自演です」 

 エマが食い気味で答える。

 「息子さんが遊ぶ金欲しさに地元のギャングと結託してたんです。身代金はギャングと折半する予定だったそうです」

 「まったく馬鹿な真似を……小遣いが欲しいならそう言えばよかろうに……こいつには、家でしっかり言っておきます」

 そしてルーカスの息子は、父に引きずられるようにして二人の元を後にした。 

 

 「変な依頼だったわね。子供の頃からアレじゃ、将来ロクなのに育たないね」

 「まあ報酬が貰えたんだからいいじゃない。それよりエマ、これ何に使う?」

 報酬の七十万に加え、興奮剤をジャンキーに売って得た少なくない金が二人の元にある。


 「銃のメンテナンスとか、服とかだけど……あんた、また汚らしいパソコン買うんじゃないでしょうね!?」

 「汚らしいって何よ!?」

 

 また喧嘩が始まった。終わる頃には、夜は更けて日が昇っていた。

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二人は何でも屋 弐階堂 正宗 @2kaidoumasamune

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