第18話 試練の終わりは――

 

 そんなわけで――


「やっちまったああああああああああっ!」


 つい衝動的に飛び出し、なぜか見事にちびっ子モンスターたちを救出してしまった俺は、絶賛後悔のさなか全力で足を動かして逃げている最中だった。


 え? かっこよく飛び出したんだから圧勝して見せろって?

 いや無理無理。レベル90ってあれよ? 普通に片手で高層ビル破壊できちゃうレベルの化け物よ? レベル5の俺が勝てるはずがないじゃん!


(それにしてもモンスターを助けようだなんて、ほんと何やってんだ俺!)


 亜人は人類の敵。

 それは幼稚園児でも知っている現代の常識の一つだ。


 仲間の下に向かおうと懸命に手を伸ばす犬っぽいちびっ子獣人も。今もいたぶられているちびっ子たちも、いまさら助けたところで意味はない。

 だけど一度拾ってしまった以上。オトリとして投げ捨てるわけにもいかず、こうして一緒に逃げているわけなのだが――


『なんですって~~!』

「ぎゃうう!」


 フィーネとチビッ子どもは絶賛俺の頭をテーブルに見立てて言い合いを繰り広げている最中だった。

 え? どうしてこんなことになってるって?

 そりゃもちろんフィーネが厭味ったらしい言葉をチビッ子どもに投げかけたせいだ。『こんな下等生物に命を賭ける必要はない』と言い切ったところ、チビッ子どもはその言葉を理解できるらしく、反論するように声を荒げ、フィーネも大人げなくその売り言葉に参戦してしまったのだ。 


「ぎゅうぎゃうぎうう」

『あーそれを言いますか⁉ 下等生物のくせに黙って聞いていれば調子に乗って、今すぐ始末してあげてもいいんですよ!』

「がうー」

「だーお前ら俺の頭の上で勝手に言い争ってるんじゃねぇ!」


 今はそんな不毛な言い争いする前に、あの化け物をどうするか考えるのが先だろうが!

 

『そう言いますが、マスターもマスターです。こんな下等生物を庇うために命を賭けるなんていくら何でも格好つけるにもほどがあります! ガチャ装備で身を固めたとはいってもマスターのステータスはまだ紙装甲なんですよ⁉』


 だってしょうがないだろ! 『アレ』を平然と見捨てたらあのクズどもと同じクソみたいな配信者に成り下がると思っちまったんだから!


 俺だってバカな真似したと思ってるよ。

 だけどいたぶられているコイツ等が、宝くじを当てる前までの自分と重なってしまったのだ。助けるしかないだろうが!


「あとチビッ子どもも! お前らもいきなり掻っ攫われて興奮すんのはわかるけどもう少し大人しくしろ! あの化け物に追いつかれたらマジで死ぬんだからな!」


 さっきから俺の両肩と頭頂部に爪たてしがみついてるけど、これ絶対頭皮に悪い奴だろ! あとでハゲたりしないよな⁉


『そんなことどうでもいいんです。それよりどうするんですかマスター! 自慢じゃありませんがアイツは私が100年間手に塩育てた最高傑作ですよ。戦闘初心者のマスターじゃ勝ち目ありませんよ』

「んなことわかってるよ!」


 ふと後ろを見れば、他の亜人系モンスターをちぎっては投げちぎっては投げするレジェンドオーガ。

 ガチャ装備のおかげでなんとか逃げられているのが奇跡な状態だ。


 だけど俺だって無策で逃げ回ってるわけじゃない。

 俺にだってちゃんと考えがあるんだよ。


「そう、こいつさえあればな」

『その指の形、もしかして魔弾ですか⁉』


 そうして十分に距離を取り、即座に後ろを振り返って右手を構えたところで、フィーネから驚きの声が上がった。

 たしかにあの化け物は強い。

 だけど向こうが反則級の強さならこっちも反則を使えばいい。


「リソースをケチらず最初からこうしとけばよかったんだ」


 とりあえず100万くらい課金すれば十分だろ


『あ、いや、でもマスター、それはやめた方がいいかと――』

「なーに心配すんなって。ご自慢のサービスなんだろ」


 これでも俺はお前のお客に対するサービス精神は信用してるんだ。

 お前が最強の一撃っていうのであれば、今使わない手はないだろ。


「力の差を見せつければこの試練はクリアなんだろ。ならなりふり構わずやってやるよ」

『いや確かにそう言いましたけど、アレ相手に魔弾は意味ないと言いますか考え直した方が――ってああああ⁉』


 そうしてフィーネの制止を振り切って景気よくセットした魔弾を解き放てば――まっすぐに飛んでいった白い光線がレジェンドオーガの体躯を飲み込んだ。

 

「よし! やったか!」


 計1億円分のリソースの塊だ。

 流石のレジェンドオーガもひとたまりもないだろう!

 しかし、晴れた煙の向こうにいまだ健在のレジェンドオーガの姿があり、その気骨隆々な肉体が紫色に染まると


『GAOOOOOOOOOOOOOOッッ!』


 内臓を圧迫するほどの強大な魔力を伴った雄たけびが闘技場に響き渡った。

 あれだけのリソースを受けて無傷、だと⁉

 というか一回りくらい大きくなってないかアイツ⁉


「クソどういうことだ。確実に魔弾は当たったはずなのに!」

『あーですからダメだと言いましたのに』


 ヤレヤレと額に手を当て、空中で嘆息してみせるフィーネ。

 どういうことだ! 魔弾はこの世のあらゆる願いを集約した結晶体なんだろ。

 なんでよりにもよって『成長』するんだよ!


『リソースが純粋な願いの結晶体だからですよ! この闘技場に召喚された『彼ら』はまだこの世界に生れ落ちていない状態なので、少額とはいえ純粋な奇跡の塊である魔弾は彼らの最高のえさになるんです!』


 な、なんだとおおおお!

 おま、そういう重要な情報は頼むからやる前から言ってくれよ! 

 お前俺の頼れるサービス担当って触れ込みはどこ行ったんだよ!


 そんなこと聞いてないぞ!


『ですからやめるように忠告したじゃないですか! それなのに脆弱な個体を守るために貴重なリソースを使うどころか、自分の命を危険にさらして! 高度な人工知能を持つ私でも予想外です!』


 いやでも、訓練を終わらせるんだったら力を見せつけろってお前が言ったんだろ!

 だから景気よく100万リソース使ったのに――まさか裏目るとは思わないじゃん!


 すると、ただでさえ凶悪だった殺気が、俺たちに向けて一層膨れ上がる。

 ギラギラと射殺すような視線が俺に突き刺さる。


「なぁもしかしなくても、俺ターゲットにされてね?」

『ええ、アレだけ大量にリソースをぶち込んだんです。まず間違いなく殺しに来るでしょうね』


 俺の背中に隠れるようにしがみついてるちびっ子たちが震えるのがわかる。 


 来ますよ! と言われ≪危機感知≫が発動。

 スキルの感覚に身をゆだねれば、空気を切り裂く一閃が俺の頬を割いた。


「うおっ、アブねぇ⁉ いま、斬撃が頬かすめたぞ⁉」

『ああ、もう完全に暴走しちゃってるし。とにかく時間切れになるまで逃げてください! ここは地上の常識なんて通用しません。最悪の場合リソースを絞りつくすまで殺され続けますよ!』

「くそ、陰湿すぎるだろ!」


 スキル≪危機感知≫が早くこの場から逃げろとビンビン反応している。

 咄嗟に≪鑑定眼≫を発動させれば、俺はそのバカげたステータスを前に、目を見開いた。


≪名前≫【殲滅鬼】レジェンドオーガ

≪レベル≫120

≪所持スキル≫5つ


 ハチャメチャに強いのはわかっていたけど、まさかの名前も持ち統率者に進化してるだと⁉


「しかもレベル120って、そんなやつ存在していいのかよ⁉」

『100万リソースも供給すればそうなりますよ! それよりどうするんですかマスター! マスターのリソース過剰供給と獲物を横取りされた怒りで完ッッ全に暴走状態になってますよアレ!』


 六本の腕に大鉈を持ち、やたらめったら風の刃を繰り出すレジェンドオーガ。

 今はレベルアップした全能感に酔いしれているのか。

 逃げ惑うモンスターを後ろから勝手は喜びの声を上げていた。


「くそ、めちゃくちゃすぎんだろ」


 どうするってそりゃもう、こうなったら戦うしかねぇだろ!

 そういうフィーネこそ、例の管理権限とかでこの状況をどうにかできないのか⁉


『無理です! 闘技場に解き放たれている以上、すでに私の手から離れている状態なので使える手駒として管理はできても制御はできない状態です』

「つまり――」

『データ上管理するならまだしも、訓練開始の鐘が鳴った以上。マスターの配下として屈服させるか、時間切れまで粘るしかありません』


 やっぱりそうなるか。

 すると、あらかた試運転を終えたのか。

 次は貴様だと言いたげな余裕のこもった視線と共に、地面を震わせる咆哮が上がる。

 そして一瞬にして二メートル近い巨体が視界から消え失せたかと思えば、≪危機感知≫の最大警報が全身を貫いた。


「――ッ! フィーネ、こいつらを頼む!」


 とっさに頭の上に引っ付いた三体のちびっ子たちを引っぺがし頭上に投げる。

 そして回避スキル――≪バックステップ≫を使い頭上を通り過ぎていった一刀目の大鉈をギリギリのところで回避すれば、逃げるのに邪魔だと収納していた魔剣バルムンクをアイテムボックスから抜き放った。

 魔弾がダメならこれしかない。

 【邪血竜の鎧】の付与スキル――≪知覚圧縮≫によりわずかに間延びした時間の中。一瞬出来た隙間を縫って、俺は体中の筋繊維が切れるのも構わずに体を無理やりねじ込んだ。

 

「これでも――、喰らいやがれ!」

「GAU⁉」


 だがさすがのガチャ装備をもってしてもレベル100以上の差は埋めがたく。

 刃は肉体に食い込むことなく攻撃は、硬質な音を響かせて、はじかれた。


(くそ、所詮は張りぼてのステータス。魔力が足らずで性能を発揮しきれなかったツケがここに来たか!)


 そして大鉈が水平に振るわれたかと思えば、視界が一瞬でブラックアウトした。


『マスター!』

「だい、じょうぶだ!」


 フィーネの呼び声と共に意識が再度覚醒し、ガラリと瓦礫をかき分け、口の中の血を吐き出す。

 そうか。吹っ飛ばされたのか。

 【不死王の手甲】――HPが全損した場合、MPを代償にその分のダメージを肩代わりする――の効果のおかげで何とか命拾いしたってとこか。


 ここにきてステータスが低くて助かることになるとはなんて皮肉だ。


 だけど今の一撃。明らかにスキルを使った攻撃じゃない。

 ただ単に大鉈を振るたって感じだった。


「くっそ、完全になめてかかってやがるな」


 完全にこの俺をいたぶる対象として決めたようだ。

 ああ、そうだよな。こんなデブ。そこいらのモンスターに比べたら経験値もおいしいだろうし、イジメ甲斐があるだろうな。


 だけどその見下すような目が、俺の心を奮い立たせる。

 もう、こんな目をしたやつに屈するつもりはないんだよ。

 

「フィーネ! リソース解放サービス利用の申請!」

『ですがマスター。先ほども言いましたがアレに魔弾は効果がないと』

「魔弾じゃない。リソースを純粋な魔力に還元してガチャ武器に装填できるようにしろ!」


 この闘技場でリソースが意味をなさないのなら、別のチカラとして変換してしまえばいい!

 

「リソースってのは願いの結晶なんだろ! この場で莫大なリソースに変換することくらい楽勝だろ!」 

『リソースを魔力に還元するなんて非効率にもほどがありますよ⁉ なんてもったいないことを⁉」


 俺が生き残るにはこれしか手がないんだからしょうがないだろ!

 それに――


「がっぽりリソースを使ってもらいたいんだろ?」


 なら俺が死なないよう、景気よくサポート頼むぜフィーネ。


『ああもうなんて口説き文句ですか! わかりましたよ! これでいいんですね⁉ どうなってん知りませんよ!』

「上等!」


 すると視界に『リソース還元』という新たなスキルの使用方法が頭の中に流れ込んできた。

 すると本能で異変を感じ取ったのか。苛立たしいうなり声をあげ、大鉈を振るいながらこちらに特攻してくるレジェンドオーガと目があった。


 俺を弱者と認識し、玩具のようにいたぶろうとしているみたいだが、もう遅い。

 お前を始末する準備はできた!


「リソースセット! 100万ッ!」

『ちょ、いくら何でもツッコみすぎじゃ――』


【承認しました】という文字と共にバルムンクにはめ込まれた宝珠がまばゆく輝きを取り戻す。

 そして宝珠からあふれ出した魔力の奔流は、光を飲み込むようにして、世界を黒く染め――


「弱者の意地を思い知れええええええええええええええッッッ!」


 真っ黒な刀身から放たれた漆黒の光線は、直線状のレジェンドオーガだけでなく、ほかのモンスター達も巻き込んだのか。

 アレだけたくさんいたモンスターの群れは跡形もなく消滅していた。


「ふん、ざまぁみろ」


 そうして中指を立てて、すでに消滅したレジェンドオーガに向けて悪態を漏らす。

 すると俺の胸の内側に激痛が走った。

 この痛みは――レベルアップの痛みか。

 今回は倒した相手のレベルがレベルだったせいか。めちゃくちゃ痛い。

 そうして痛みに耐えかねた俺はその場に倒れ伏せ、あまりの激痛に意識を飛ばしかけたとき。

 俺のぼやけた視界の中に三つの小さな人影が、俺を見下ろしていて


【資格条件の習得を確認しました。ジョブ≪魔王≫解禁。個体名真上ミチユキ――至高実験場――エルデンの管理者として全権限を開放。正式登録します】


 どこか聞き覚えのある声が、やけにはっきりと頭の中に響くのであった。

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「デブがいるとバズらねぇ」と追放された学生探索者、配信事故で1000億手に入れバズった結果、金に物言わせ好き勝手にダンジョンを改造しました。いまは理想の亜人っ娘たちと魔王軍やってます(笑) 川乃こはく@【新ジャンル】開拓者 @kawanoue

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