第17話 試練の時間


 どうやらこの試練を乗り越えなければ俺の明日はないらしい。


 そんなわけで殺到するモンスターの群れを前に、俺はフィーネ式ブートキャンプで培った剣技の数々を我武者羅に披露している真っ最中だった。


 ワーウルフ、ハイオーク、オーガをバッサバッサと切り捨て、経験値の糧にしていく。相手が亜人系のモンスターの、それも格上相手でもなんとか立ち回れるようになっているのも訓練のおかげだろう。

 だけど――


「いくらなんでも多すぎるだろコレッッ!」


 たった15分。たった15分でレベルが2も上がったことから、俺がどれだけ奮闘していたかを理解してほしい。

 スキル≪鑑定眼≫を通して迫りくるモンスターを鑑定した結果。

 どうやらこの闘技場に召喚されたモンスターの平均レベルは5~10と、今の装備で何とか倒せるくらいのレベル差だったのがせめてもの救いだった。


 それこそ俺の知っている亜人モンスターの平均レベルは、レベル15が最低ラインなのだがフィーネが俺のためにレベル設定をいじってくれたのだろうか?

 それにしては――


「お互い殺しあうとか、いったいどういう状況なんだこれは!」


 周りを見渡せば、俺を排除しようというよりかは目の前に狩りやすい敵がいたから攻撃してみたという印象だった。


 それこそ亜人系のボスモンスターともなれば、スキルの一つや二つ習得していてもおかしくはないのだが、


「装備のおかげで楽に戦えてるとはいえ、タダ武器を振り回すばかりで亜人特有の狡猾さが見られないってのはどういうことだ?」 

『あーそれはまだ彼らが訓練課程を修了していないからですね』

「訓練⁉」


 これは俺のための試練じゃないのか⁉


『それはあくまでマスターの事情でこの闘技場は本来、モンスターのレベル上げに使われてますからこれが日常風景なんですよ』


 これがいつもの光景って、物騒な日常もあったものだな!


 どうやらあの鐘の音が戦闘開始の合図のようで。

 毎回この時間帯にモンスターが召喚されては、経験値を奪い合うように殺し合いを強要されているらしい。

 ダンジョンボスに比べ、やけに手ごわいのと弱いがいると思ったのは、まだこいつらが成長途中だからか!


 うん? でもちょっと待てよ? 


「だとするとこいつらは何のためにレベル上げしてるんだ?」

『いやですねー、そんなのリソースを効率よく回収するために決まってるじゃないですかー』


 逆に不可解そうに首を傾げられ、俺はやりきれない思いに思わず天を仰いだ。


 どうやらここである程度育成されたモンスターは、ダンジョン運営に必要なリソースを回収するためにダンジョンへと転送される仕組みのようだ。

 

(くそ、道理で階層ボスが亜人系で統一されてるわけだよ!)


 まさか本当に厳選されたモンスターが階層ボスに返り咲いていたとは。

 そりゃ普通のダンジョンモンスターじゃかなわないわけだよ!


 だがそんなダンジョンボス(仮)らも純粋リソースの塊であるガチャ武器には敵わないのか。感情の赴くまま次々と魔剣バルムンクを振るえば、鉄製の武器をバターみたく切り落としていく。


 さすが1000万リソースで出てきたSSR。最高の切れ味だ!


 だけど装備を新調したからと言ってこの数をずっと相手するのは厳しすぎる。

 というか。ぶっちゃけすでに疲れてきたんだが――


「そういやフィーネ! どうすればこの訓練ってやつは終わるんだ!」

『うーん、そうですね。時間制限つきなので、こちらからは中断できない仕様になっていますので、全滅させるか生き残るしかないですね』


 具体的なタイムリミットは!


『一時間ほどでしょうか。マスターの頑張り次第でもう少し短くなるかもしれませんが、それ以上は施設のリソースが持ちません。というよりマスターにはガチャ武器がありますし、経験値稼ぎ放題なので長続きした方が最高なのでは?』

「だとしてもこの数相手に一人で全滅させろとか無理ゲーすぎるだろ!」


 デブの消費カロリーを舐めるな! 

 すでに限界ギリギリで座り込みたいくらいだわ!

 

『――と、言うと思いましてマスターに一つ耳よりのお得情報がありますが、聞きたいですか?』


 なんだ。情報量にまたリソースを提供しロッテことか?

 この地獄が終わるならいくらでも払ってやるよ!

 そうして10万リソースを払えば、嬉しそうな声と共に小さな咳払いが聞こえてきた。


『では改めて。一体だけでいいんですので、マスターの力でモンスターを屈服させてください。それだけでマスターはこの試練から解放されます』


 一体だけ? どういうことだ。


『実は一体のモンスターも使役できない管理者にこの領域は任せられないという運営の方針でして、マスターのエルデンの管理者(仮)を取るために必要な要素なんですよ』


 逆に言えば俺がこの闘技場のモンスターを一体でも屈服させ、主として認めさせれば、俺は晴れてエルデンの管理者としてこの領域を好きにできる権限を得ることができるらしい。


『まぁ今のレベルじゃ誰も屈服してくれないでしょうけど』と言うフィーネの口ぶりからして、このままレベルを上げまくれば、時間制限を待たずとも解放されるってことか。


「まぁそういうことですね」


 くそ10万リソース払っても、結局この地獄のレベル上げからは逃げられないってことかよ。

 

「というか屈服ってどうすりゃいいんだよ。ガチャ武器のせいでステータス関係なく一撃で死んじまうんだぞ!」

『まぁそこはマスターのザコザコステータスに期待ですね』

 

 結局、俺頼りかよ!


 そうしてぜぇはぁと荒い息を吐きながら、脂肪を揺らし、バルムンクの重さに任せて剣を振うも、この肥満体を絶好の経験値と捉えているのか。

 群がるモンスターの群れが途絶える気配がない。


(くぅ、こっちは実践の集団戦は初めてだってのに、そのうえ手加減城だなんて難しすぎるだろ)


 残念なことに今回のガチャ検証実験で、攻撃スキルは出てこなかった。

 新しくガチャを回そうにも、周りがモンスターだらけで回す暇はない。


 あと俺の実力を見せつけられる術があるとすれば、この魔剣の真の奥義に頼らざる終えないんだが――


(肝心の俺の魔力が少なすぎてガチャ装備の真価を発揮できないんだよなぁ)


 魔剣バルムンク―― ≪等級≫SSランク

           ≪効果≫STR100%UP AGI50%UP MND50%UP

           ≪スキル≫――≪急所看破≫≪因果操作≫≪黒竜再誕≫

           ≪固有奥義≫???

            5000MPを代償に強力な魔光線を繰り出せる

  

 くぅ、何度≪鑑定眼≫で確認しても俺のステータスがポンコツすぎて使えない!


(どうする? いっそMP回復ポーションでも飲みまくるか?)


 あるいは≪邪血竜の鎧≫の効果の『討伐したモンスターのMPを簒奪し、貯蓄する』能力を使って放出するとか。

 だとしてもレベル10クラスの亜人一体倒しても50くらいしか溜まらないから、あまり意味がない!


「ああったく。こんな時、魔法職系のジョブについてたらまだ違ったステータスだったんだろうけどな!」


 ≪ニュービー初心者≫のままじゃきつすぎる! いい加減ジョブチェンジしてぇ!

 そうして思考をフル回転させながら、モンスターを切り伏せていると、スキル≪危機感知≫をすり抜けた衝撃が顔面に襲い掛かってきた。


「うわっぷ! なんだコイツ⁉」


 モフモフした感触が顔面にへばりつき、慌てて顔から引っぺがせば、顔を涙でぐしゃぐしゃにした亜人と視線がかち合った。

 

「コイツは、――獣人の子供か?」


 鑑定したところレベル2と出てる。

 だけどなんでこんなちっこいモンスターが俺のところに?

 まさか俺を殺しに来たとか? それにしては敵意を感じないんだが、


『マスターッッ!』


 フィーネの切羽詰まった叫び声に、特大の≪危機感知≫が悪寒となって全身に警告を鳴らした。

 とっさにちびっ子獣人を抱きかかえて地面を蹴れば、地面を割る斬撃がモンスターを巻き込んで通り過ぎていった。


 あっぶねぇ! なんだ、今の攻撃は!


 たまらず斬撃の放たれた方を見れば、そこには六本の腕を生やした『鬼神』がいて――≪鑑定眼≫で見えた簡易ステータスの強さに目を剥いた。


≪名前≫レジェンドオーガ

≪レベル≫90

≪所持スキル≫3つ


 レベル90ッ⁉


「おいフィーネッ! 何だあの化け物⁉ なんかアイツだけ他の奴とレベル違くないかッ⁉」

『それはこのエルデンの守り神にして私の最高傑作ですから当然です。それよりアレは無視して他を倒しましょう。いまのマスターじゃ絶対屈服できませんし、さっきの一撃で巻き添えになったのか、経験値稼ぎ放題みたいなので』

「いや、でもアイツ」


 訓練してるっていうより、ちっこい亜人をいたぶってないか?

 殺すわけでもないのか。やけに陰湿にチビッ子どもに攻撃させてはいたぶってるけど、


『ああ、アレは特に嗜虐心が強いからああして生まれたての弱い個体をいたぶって楽しんでいるんです』


『まぁ所詮、弱い個体は間引かれる運命。仕方がないんですけどね』と投げやりなフィーネの言う通り。

 いたぶるのが楽しんでいるのか。

 こちらに見向きもしない。

 それに対して、いたぶられている方――おそらくゴブリンらしきちびっ子は、他のちびっ子モンスターを守るように壁になって、レジェンドゴブリンの攻撃を体ごと受け止めていた。


『マスター? 早くしないと他のモンスターに経験値取られちゃいますけど――』


 不思議そうに俺の様子をうかがうフィーネ。

 だけど、そんな言葉にすら俺は構っていられなかった。


「ウーウー」と唸りながら俺の腕の中でもがく犬っぽい獣人に視線を落とす。

 伸ばされる細い両腕は、今もいたぶられているちびっ子に向けられていてこいつらの関係性をいやでも想起させ――


『ちょ、マスター? まさかアレらを助けに――⁉』


 その涙をため込んだ幼い眼差しがぶつかった瞬間。


 ――俺の身体は考える前に駆け出していた。


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