没落令嬢、蛮族令嬢になる

 さて、結果から言うとラナシュ王国を含む人間の国家は全て魔族の支配下に入ったらしい。その際、各地に存在する蛮族の村は丁寧に避けていったらしいが……別に人間国家が滅んだところで、他の人類種族の国は別になんとも思わない。元々仲は良くなかったからだ。

 そして、ベルギア氏族の村でも……いつもと変わらない日々が続いていた。


「えー……では此方が今回のリストです」

「問題なさそう、ですわね。まあ、問題があれば地の果てまで追いますけども」

「ハ、ハハハ……」


 コボルトの商人が引きつった笑いを浮かべながらグレイスからサインを受けとる。ラナシュ王国が魔族の支配下に入った以上、そこの産業類も魔族のものとなるわけで……目端の利く連中はその前に別の種族の国家へ逃げたようだが、まあお菓子などの嗜好品の類の製造も魔族に引き継がれたというわけだ。

 今も馬車から荷下ろしをしているのは同じコボルトたちのようだが……確かに最果ての地で元々国があったのだから、もしかするとモンスターを文明的に教育する試みは昔からされていたのかもしれないとグレイスは思う。そう考えると人間には元々勝ち目がなかったのかもしれないが……。


「それでは、私はこれにて」

「ええ、次回の取引もよろしくお願いしますわ!」


 コボルトの商人を見送り、グレイスはふうと息を吐く。相変わらずグレイスはシャーマン見習いとして研鑽を積んでいた。師匠であるシャーマンのバルバはグレイスに任せる仕事を増やしていき、「シャーマンたるもの世界を知らねば」と村の外に出かける日も多くなった。


(確か今はエルフの国に行くとか仰ってたかしら……今日でちょうど30日。何かあるとは微塵も思いませんけれども)


 バルバはジャスリードや長とは別の方向性での超人だ。何かあるとしたらバルバが何かを起こしたときくらいだろう。


「エルフの女王の王冠とか持って帰ってきても驚きませんわ」

「え? そんなの欲しかったの?」

「へ?」


 何かが頭にスポッと嵌められた感覚に気付きグレイスが振り返れば、そこではバルバがニコニコ笑顔で立っていた。


「お、お師匠様……? お帰りなさいませ」

「はい、ただいまー。寂しかった?」

「ええ。ですが笑われないように日々修練しておりましたわ」

「そうみたいね。マナもオーラも増えてる……ふふ、これならいつ引退してもいいなあ」


 本当に楽しそうに言うバルバに苦笑しながらも、グレイスは自分の頭に乗ったものを思い出しそっと外す。銀色で宝石がたくさんついたそれは……冠、だろうか? いや、ティアラだ。一般的に王族の姫君などがつけるような……そういえば先程の話の流れは。


「ひえっ」


 思わずティアラを取り落としそうになりながらもグレイスはキャッチする。


「も、ももも……もしかしてお師匠様。これ、って……エルフの国の女王陛下の」

「あはは、やだなー。そんなことしたら戦争だよー」

「で、ですわよね?」

「第9王女が魔法勝負挑んできたからボコボコにしたときの戦利品だよ♪」

「せ、戦争ですわああああ!?」

「大丈夫だってば。ちゃんと女王に届けてきたから」

「何1つ大丈夫な要素が見当たりませんわ……!」


 つまり自分が犯人ですと宣言してきたようなものだが、バルバは余裕の表情のままだ。


「だから大丈夫なんだってば。ちゃんと名乗って経緯を話してきたんだから。だから大丈夫」


 それの何が大丈夫なのか。グレイスは考えて……そして、1つの結論に達する。それは……かつてあったという聖魔戦争のこと。そしてエルフが長命種であるということ。つまり、魔族と同じだ。


「ああ、まだ蛮族が大暴れしたときの世代でいらっしゃるのですね、今代の女王陛下……」

「そうよー。だから女王をやっつけて事情を知る人がいない状況だと戦争になっちゃうけども。第4王女以降はその辺を口伝でしか聞いてないし。それより上は知っててもプライド高いし」

「聞けば聞くほど大丈夫さが消えていきますわね……]

「んー」


 バルバは杖を取り出すと、その先をグレイスへと向ける。


「まだまだだねー。そういうことを考えられるのは良い。でも、蛮族のシャーマンはそれを全部計算に入れた上で誇りを守る手段を考えなくちゃ」

「……万が一戦争になっても勝てってことですわよね?」

「それを恐れるなってことかなー。舐められるっていうのは一番良くない。魂の敗北だからね……一生『蛮族恐れるに足らず』となる。それは個人ではなく氏族の恥となるんだよ」


 そう、だからこそ氏族から離れるのは基本的にそういうものを叩き伏せることの出来る者に限定されるのだ。


「グレイスも私の跡を継ぐんだから、『戦いを避ける方法』じゃなくて『戦いを起こさせない方法』を考えられるようにしていかないとねー。と、いうわけで! さ、準備はいいよね?」

「へ? な、何のことですの?」

「私がいないせいで修業はしていても考えが甘えた方向にいっちゃってるし……軽く揉んであげるから、かかってきなさーい?」


 バルバの周囲に無数のエネルギー弾が発生したのを見てグレイスはヒッと悲鳴をあげる。


「お、お師匠様!? 此処には先程受け取った品々があるんですのよ!?」

「じゃあ守らないとね……! 蛮神の鋭き爪よ!」

「ば、蛮神の不壊の肉体よ!」


 ズドン、と何度か爆音が響いて。届いたばかりのチョコをもぐもぐと食べながら何処かに行くバルバを倒れたまま見送っていたグレイスを、丁度戻ってきたらしいジャスリードがヒョイと覗き込む。


「随分派手にやられたな」

「殺さない程度に手加減されましたわ……手も足も出ませんでしてよ」

「そんなものだ。あの人は長と三日三晩やり合えるからな」

「道は遠そうですわね……」


 はあ、と溜息をつくグレイスの横に、ジャスリードは腰を下ろす。


「そんなことはない。お前はよくやっている」

「……そう思いますの?」

「ああ。俺とお前が初めて会ったときのことを思い返してみろ」


 あのときはチンピラに襲われていたグレイスをジャスリードが助けたが……今でもグレイスはそれを思い出せる。


「あんなチンピラ程度であれば、今のお前なら張り手一発で吹っ飛んでいくだろうな」

「そうかもしれませんわね」


 まあ、実際そうなるだろうとグレイスも思う。本当、信じられないほどグレイスは強くなった。

 ただ単に、ベルギア氏族が強すぎるだけなのだ。


「……ジャスリード。貴方に会えて、本当によかった」

「俺もだ。成長していくお前を見るのは、実に楽しい」


 グレイスとジャスリードは、互いに微笑みあって。


「あー! イチャイチャしてる!」

「これ! そういうのを邪魔するでない!」

「お、お師匠様!? 長!? いつからそこに!?」

「ジャスリードが来たときから!」

「最初から!?」


 根性で起き上がると、グレイスはそのまま立ち上がってバルバに怒った表情を向ける。


「いくら大恩ある目上の方とはいえ覗きは許せませんわよ!?」

「ねー!? ほら、イチャイチャしてる自覚あるんだよ!」

「痛いのう……腕を叩くでないわ」


 どうも長は連れてこられたようだが……まあ、関係ない。


「長、そこをどいてくださいます? 今、弟子が師匠を超えるときがきましてよ……!」

「言うじゃなーい。よおし、今日はもうイチャイチャできないくらいボッコボコにしちゃうぞー?」

「オホホ……私は今日、限界を超えますわ……!」

「いいねえ、いいねえ……!」

「蛮神の輝ける稲妻の吐息よ!」

「蛮神の凍える吹雪の吐息よ!」


 2つの魔法が激突して。それを見れる特等席の位置に、長とジャスリードは移動していた。


「やれやれ。ま、確かに成長はしとるのう」

「はい。これからもっと伸びるでしょう」


 確信した表情で言うジャスリードに、長は「ほう」と短く声をあげる。なるほど、表情が随分と柔らかくなっている。


「なるほど、旅の成果もあったようだ」

「は?」

「ククク……儂が長を引退する日も、意外に近いかもしれんなあ」


 蛮族の試練(バンゾクエスト)は、何もグレイスだけに与えられていたわけではない。

 強さは蛮族の戦士たるものの基本。されど、強さだけでは蛮神の強さには届かない。

 世界を見る目を、他者を見る目を。そして、大いなる愛を。たとえ、それが芽吹きには遠いものであろうとも。ジャスリードは、確かにそれを手に入れて戻ってきた。


「キャー!?」

「あはははは! 思ったよりやるじゃなーい!」

「い、いかん! 肉弾戦に入ったぞ! 止めるぞジャスリード!」

「はい、長!」


 クロスカウンターに失敗して一方的に吹っ飛ばされていくグレイスと、追撃をかけようとするバルバ。それはいつも通りのベルギア氏族の日常で。グレイスという1人の没落令嬢が完全に溶け込んだ、そんな光景であったのだ。


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本作はひとまずここまでです。

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バンゾクエスト~最強蛮族戦士と没落少女の蛮族譚~ 天野ハザマ @amanohazama

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