没落令嬢、交渉する

 魔都セイクーン、魔王城会議室。ディバスがケガで欠席したその場所に今、グレイスも座っていた。ジャスリードはその後ろに立っているが、これはあくまで主役はグレイスでありジャスリードは口を出さないという意思表明だ……まあ、魔将たちにはいざというときに手を出すように見えているかもしれないが。


「ベルギア氏族のシャーマン見習い、グレイスですわ。本日は交渉に応じて頂きありがとうございます」

「……いや、誤解が……その、解けたようで幸いじゃ」

「はい。それだけでも此方に伺った甲斐がございますわ」


 乾いた笑いがその場に響くが……いつまでも主導権を取られっぱなしではダメだと気合を入れたのだろう。魔将たちも自己紹介を始めていく。


「とにかく、歓迎するよ。ボクは魔将ノルム……もう挨拶したけどね」

「私は魔将エイラよ」

「儂は魔将アンガンじゃ」

「俺は魔将グラハム……ディバスと合わせた5人で、次代の魔王の座を競っている」

「ご丁寧にありがとうございます」


 頭を下げるグレイスに、魔将たちは視線だけで互いに言いたいことを察しあう。


(ねえ……この子蛮族にしては丁寧過ぎない?)

(うむ。じゃがシャーマン見習いじゃろ?)

(後ろのはモロ蛮族だけど、あの子はちょっと違う気もするわね)

(蛮族なのかもだが、人間っぽい気がするんだよなあ)


 そして代表……というわけではないが、グラハムが口を開く。


「あー……すまねえが、1つ聞きてえ」

「なんですの?」

「俺等は長生きでよ。聖魔戦争の頃から生きてるからその頃の蛮族と比べて話をするんだが」

「はあ?」

「嬢ちゃん、アンタ蛮族っぽい感じはするけど、人間だったりすんのか?」

「はい、人間ですわ。最近ベルギア氏族に迎え入れられ、絶賛修行中ですの」


 そのあまりにも明確な回答に魔将たちはざわめく。蛮族が人間を迎え入れてシャーマン見習いにした。つまりそれは、この少女にそれを為せる才能があると考えているということだ。この場に代表者としているのも、それをある程度示したからであるのは間違いない。


「……そうか。興味深い話だった」


 グラハムがそれで口を閉じれば、次はアンガンが口を開く。こういうときには年長者のアンガンが話をするというのは、魔将の間での決まりごとのようなものだ。


「さて、交渉という話じゃったな。具体的にはどのような交渉じゃ?」

「はい。交易ですわ」

「交易……?」


 確かに交易相手が変わるだけ、といったようなことを言っていたとノルムから聞いてはいる。いるが……それがそのままの意味だということなのだろうか?


「勇者ゲームで人間側の敗北はほぼ確定。となれば、人間と取引している私たちの取引先は自然と変わりますわね?」

「ああ、支配構造が変わるから……ということじゃな? しかし蛮族が何を欲するというんじゃ?」

「主に嗜好品ですわ」

「ああ、なるほどのう。確かにそれは……うむ」


 支配構造が変われば全てが変わる。だからこそ、その懸念は確かに正しい。人間の国を攻め滅ぼしたら、そのまま支配下に置くつもりだからだ。


「しかし……それでよいのかの?」

「どういう意味ですの?」

「難しい話ではない。儂らが人間の国を攻め滅ぼした後、他の人類種族とて黙っているかは分からん。あるいは聖魔戦争の再来も有り得る……が、そのとき儂らと取引しておればこちら側と見做される。それでええんかの?」


 それは予想された問答ではあった。ただ交渉するだけではない。これに答えることもまた、グレイスに課されたクエスト。きっとジャスリードは正しい答えを持っている。けれど、グレイスが任されたというのであれば。ベルギア氏族のシャーマン見習いとして、ここはグレイスが氏族を代表し答えなければならない。

 だから。グレイスは飄々とした……そんな笑顔を作りアンガンへと微笑みかける。


「構いませんわ。元々ベルギア氏族はどちらの味方でもありませんもの。私たちを枠組みに勝手に嵌め込み敵とするというのであれば……受けて立つだけですわ」

「その通りだ。今の発言はベルギア氏族を代表する言葉だと捉えてもらって構わない」


 そんなジャスリードの言葉に、グレイスはこれが正解だったのだと笑顔の裏でガッツポーズを作る。そう、グレイスが見てきたベルギア氏族であればそう答える。その予想は、正しかったのだ。


「なんと……うむ。まあ……蛮族であればそう答えるじゃろうな」


 アンガンはそう呟くと、深く息を吐く。まあ、ここで要求をはねのける意味もない。アンガンは他の魔将と視線を交わし合うと、立ち上がりグレイスの隣へ移動し手を差し出す。


「承知した。それでは今後、良い関係となれるように互いに努力しようではないか」

「ええ、良い取引が出来るような関係でありたいですわね」

「チッ」

「うふふ」


 同盟締結っぽい言葉をサラリと言うアンガンにグレイスはそう返しながらも、握手をする。少なくとも貴族言葉よりはずっと分かりやすい……グレイスがそんなものに嵌まるはずもない。

 そしてこれが、魔族との交渉完了。そして……グレイスに与えられたクエストが、クリアされた瞬間であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る