第28話 吸血鬼と食糧係

「月が綺麗ね……」


 私は頂上にあるベンチに腰掛けたまま満月を見上げ、一つ息を吐く。

 小さい頃からいつも嫌な事があるとここに来ていた。

 私は周りを一切気にする事なく、角と羽を顕現させる。

 月の光を浴びるのはとても心地よい。

 多分、この感覚が人間が朝の光を浴びるのと同じ感覚、だと思う。

 

 そんな心地よい気分を感じながら、私は思う。

 私の心はだいぶ落ち着きを取り戻してきた。


 あの時、カイトにあんな事を言われて気が動転していた。

 ドロシーちゃんに言われて、私はやっと思い出す事が出来た。


 あれが本当にカイトの本心だったのか。


 私は違うと思っている。

 カイトは理由も無しにあんな酷い事を言うとは思えない。

 絶対に何かがある、と。

 だって、これまで過ごしてきたカイトはあんな事を言う人じゃなかったから。

 いつも優しくて、私を気遣ってくれて、傍に居てくれる。

 人間であろうとも、吸血鬼であろうとも、私を私として見てくれる人。それが私の知っているカイト。

 

「明日、ちゃんと話しをすればまた前みたいに話せるわよね」


 もう一度、ちゃんと話しをすれば。

 最悪、吸血鬼の力を使ってでも、カイトの本当の気持ちを知る事が出来れば……。

 私のこの胸の中にあるモヤモヤが晴れていくと思う。


「カイト……会いたいな……」


 あれだけの事を言われても、私の気持ちは何も変わってない。

 今でも、カイトの顔を思い出すだけで、心がドキドキして、そわそわしてしまう。

 会いたいと思う気持ちは未だに止められない。

 私は一つ息を吐いた。


 そろそろ帰らなくちゃ。明日、絶対にカイトと話しをしよう。

 私はそう思い、飛び立とうとした時だった。


「ま、待って……くれ……」


 荒い呼吸と同時に聞き慣れた声がした。

 私は思わず後ろを向く。そこにはカイトが居た。


 けれど、いつもと様子が違っている。


 膝に手を付き、身にまとっている制服は所々破れているし、それに腕や足には切り傷が散見される。なんで、ここに。

 今は夜で、ここを人間が来るには登山道を進まなくちゃいけないのに!!

 何で……。


 私の頭の中が驚愕に支配されていた時、カイトは顔を上げ、呼吸を整える。


「ふー……やっと……見つけた……」

「見つけたって……貴方、何考えてるの!!」


 私は思わず声を荒げてしまう。

 だって、こんな夜中に登山道を進むなんて、命知らずすぎる。

 けれど、カイトは私の目から離さずに口を開いた。


「何考えてるって……アリスに会いに来たんだよ」

「会いに来たって……そんなボロボロで……」

「今、話したいって思ったんだ。話し、聞いてくれないか?」

「……全く。分かったわ。でも、傷の治療はさせて?」

「ああ……」


 私はカイトをベンチまで導き、腕や足を見る。

 腕や足にはいくつもの切り傷が見えていて、少し痛々しい。

 血が流れているはずなのに、美味しそう、という気持ちよりも心配な気持ちが勝る。


「どうして、こんな無茶したのよ。夜の登山道は足元も悪くて危険なのに……」

「危険だったよ。二回くらい、滑落しそうになったし」

「貴方……笑い事じゃないのよ!! 全く……」


 あはは、と乾いた笑みを浮かべながら言うカイトに私は叱責する。

 私はカイトの腕に魔法を使いながら、口を開く。


「それで? 何を話しに来たのよ」

「……ごめん。あんなに酷い事、言って」

「…………」


 カイトは私に向かって深く頭を下げる。

 やっぱり、貴方を信じて正解だったみたいね。

 私はカイトの腕を掴み、思い切り抓った。それと同時にカイトが目を見開き、身体をよじる。


「い、いった!? 今、傷のとこ……」

「それで許してあげるわ。……傷ついたのは事実なんだから」

「ごめん……ホントにごめん」

「良いわよ、もう……」


 私は腕と足の治療を終え、一つ息を吐く。


「こんな無茶、もうしないでね」

「あ、ああ……ごめん」

「もう、謝らないで」


 私がそう言うと、カイトはベンチから大きく見える満月を見た。


「ここ、月がすげー綺麗に見えるんだな」

「そうよ。嫌な事があったら、私はここに来るの。ここが一番、月から近いからね」

「そうなんだな……」


 そわそわ、そわそわ。

 何だろう、カイトの様子が落ち着きがない、と言うべきか。

 何だか落ち着かない様子だ。私は怪訝な顔でカイトを見る。


「カイト? どうしたの?」

「えぇ!? あ、いや……え~っと……ちょ、ちょっと良いか?」

「? どうしたのよ、本当に……」


 許したのに、まだ何かを気にしているのか?

 私が首をかしげると、カイトはゴホン、と一つ咳払いをしてから口を開いた。


「あの後さ、サルにぶん殴られ、ドロシーちゃんにぶっ飛ばされて……自分の中でも色々考えてさ。こう考えが纏まったっていうか……何で、あんな酷い事をアリスに言っちまったのかってさ」

「……そうね。どうしてなの?」


 さっきは勢いで許してしまったけれど、確かにそれは聞いておきたかった。

 どうして、私にあんな酷い事を言ったのか。

 すると、カイトは私の顔を真っ直ぐ見て、ほんのり頬を紅く染めながら言う。


「え、えっとな……あーっと……だ、だから……あ、アリスがさ、その……と、特別っていうか……その……独り占めしたくなったんだよね……」

「……へ?」


 あまりにも想像の斜め上過ぎる答えに私は思わず目を丸くしてしまう。


「えっと……意味が分からないんだけど……」

「だ、だから……アリスが誰かに取られるとかそういうのが嫌になったんだよ……。そ、そういうのって気持ち悪くないか? あ、アリスに独占欲を抱くとかさ、アリスだって、一人の存在。自由に選ぶ権利があるのにさ。俺がアリスを独り占めっておかしいだろ?」

「……何で、私に独占欲を抱いたの?」


 それは、つまり。そういう事なのか?

 私の心はこれから先の答えを確信しているのか、喜びに打ち震えている。

 カイトは恥ずかしそうに後頭部を掻いてから、口を開いた。


「す、好き……なんだと思う。アリスの事が……。俺は……アリスが好きだ。誰にも渡したくないし……誰かのものにもなってほしくない……アリスを、俺の物にしたい……」

「……フフ……アハハハハッ!!」

「な、何だよ!!! いきなり、笑って!!」

「ご、ごめんなさい……まさか、そんな理由だとは思わなくて。良かった、私は別に貴方に嫌われてた訳じゃないのね」

「そうだよ……」

「そっか……本当にバカね、カイト」


 私はカイトに真っ直ぐ視線を向けてから、ニコっと笑う。


「私は貴方の血を吸ったあの日から、貴方しか見えてないわ。私も貴方が好き、大好き」

「……え? そ、そうなの?」

「気付いてないの?」

「う、うん……全然……」

「貴方に角と羽を触らせたのに?」


 私の言葉にカイトは目を見開く。


「え!? あれって何、そういう意味なの!? 吸血鬼界隈で!?」

「そうよ? 角と羽を触らせるのは将来の伴侶だけなんだから」

「……あ、そうなんだ。じゃあ、その時から?」

「ずっとって言ってるじゃない。貴方の血を吸ったあの日から、ずっと。私は貴方にずっと夢中なんだから。なのに、貴方は全然気付きやしない」


 私が肩を竦めると、カイトは困ったように笑う。


「あはは……ごめん……」

「本当よ。全く……」


 私がそう言うと、カイトは私の両肩に優しく手を触れる。

 肩から広がる優しい温もりに、私の心が大きく震える。

 そして、これからされる事が頭の中を過ぎる。


 ずっとずっと、頭の中で想像してきた事が。

 カイトは私の目をじっと見つめ、口を開いた。


「俺は君が好きだ、アリス。俺と付き合ってください」

「……ええ、勿論よ。私も貴方が大好き。もう、離れないで。一人ぼっちは寂しいから」


 私の言葉にカイトは小さく頷く。もう――我慢しなくてもいいのね。

 それからゆっくりとカイトの顔が近づき、私たちは一つになった――。











 あれから数日後――。


 俺はいつもと変わらず屋上に居て、腕をアリスに差し出す。

 すると、アリスはそれに噛み付き、血を吸い上げていく。

 嬉しそうにパタパタと動く羽。

 しばしの間、アリスは血を吸い、満足してから口を腕から離す。


「ぷはぁ……美味しい……」

「そうか。それは良かった」

「……ねぇ、カイト。足りない」

「え? た、足りない?」


 俺は困惑する。

 最近、こういう事が凄く増えた気がする。

 俺が目を丸くしていると、アリスはすぐさま俺の膝の上に座り、向かい合わせになる。


「あの……アリスさん?」

「どうしたの? 恋人同士だからいいじゃない♡」

「いや、違うんですよ。これ、ほぼ毎日じゃありませんか?」

「私は毎日、貴方とこうしたいの。ダメ?」

「いや、ダメじゃないけど……」


 俺の心の整理も付いた。アリスを好きな気持ちは変わらない。

 それはきっと、アリスも同じだ。俺に対する気持ちは変わらないかもしれない。


 でも、俺は別の意味で吸血鬼の恐ろしさを知っている。

 吸血鬼は『愛が深い』。

 とても愛情深くて、愛されているという実感が凄いのだけれど――。

 血を飲んだ後、俺はいつも困惑する。


 アリスは目を紅くしたまま、舌なめずりをする。


「カイト、好き♡好き♡大好き♡」

「俺も好きだよ」

「――っ!? もっと、もっと言って?」

「好きだよ、アリス」

「……んふふ、好き♡好き♡」


 そういいながら、アリスは嬉しそうに俺の唇を奪う。

 俺もアリスに負けじと唇を重ね合わせる、情熱的なキスをする。

 ちょっと息苦しくなってきた。

 俺は呼吸をするために少しだけアリスから離れると、アリスが寂しそうな声をあげる。


「何で離れるの? まだする」

「え? ちょっと待って。酸素が……」

「んちゅ♡……」


 俺は吸血鬼にとてつもなく愛されている。

 けれど、これじゃあ。俺は――。


 

 別の意味で『食糧係』にされてしまうのかもしれない――。


 でも、幸せならOKですッ!!





―――――あとがき


 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 この作品は途中でやめそうになったんですけど、やっぱり完結まで書ききると心の満足感が違いますね。達成感がすごくすごいです。

 様々な意見があった作品だったと思います。

 サル関連だったり、主人公が突然クズになったり。

 色々と自分の中で試した作品になっていて、自分の中でそれなりに満足のいくものは書けたと思います。


 読者の方々も毎日がほんの少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


 何かあれば好きな事をコメントで書いて下さい『誹謗中傷はダメだよ』

 ☆も良かったらくれると嬉しいですね。『強制じゃないよ』

 

 最後になりますが、すでに新たな作品も投稿しています。

 私はまだまだ進み続けます。書きたいものがまだまだある!!


 一人一人の読者が楽しめる作品をこれからも作り続けて行きますので、応援、宜しくお願いいたします!!


 ありがとうございました!!    作者

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吸血鬼の彼女と食糧係の俺。~絶世の美女である彼女に好かれるなんて都合の良い事ある訳が無い~ YMS.bot @masasi23132

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