【短編】騎士様が予言された運命の相手は、目の前にいる私です!(でも知らないふりをしたいです)

未知香

本編

「ナディーラ……やっぱり君が私の運命の相手だ」


 信じられないような、熱に浮かされたような顔でミサガは呟き私の手をとった。


「いえ、違います」


 私のきっぱりした返事に、ミサガは可笑しそうに笑った。


「君は嘘が下手だな。声が震えている」


 確かに私は彼の運命の相手だ。

 間違いないだろう。


 ぎゅっと握り込まれた手を見ながら、私はため息をついた。何故この人の為に魔法を使ってしまったのか。


 ……答えはもうわかっていた。


 *****


 いつもの昼下がり。

 私はコトコトと豆を煮ながら午後は薬でも調合しようかと考えていた。


 コンコン、と聞きなれないノックの音がするが、きっと気のせいだろう。


 気のせい気のせい。これは気のせい。

 私は必死に鍋に集中するが……それでもノックは定期的になり続けた。


 しばらく現実逃避をしていたが、何度も鳴るノックの音に根負けしてしまった私はそっとドアを開けた。

 半分だけ開けたところで、騎士服を着た男がこちらに気が付き、礼をとった。


 当然だけど、知らない人だ。

 そもそも人間を見たのはかなり久しぶりだった。


「……どなたですか」


「私はミサガ・ファラーズと申します。ここに来れば運命の相手についての情報が得られるという占い結果が出たので、お話しさせていただきたいです」


 精一杯厳しい声を出したのに、男は真面目な顔で運命の相手という言葉を口にした。


 かっちりとした高そうな刺繍の服に、重々しいマントを着ている。

 隠しているが魔導具も魔石も多くつけている。おそらく高位の貴族だろう。


 銀髪は肩につきそうな長さで、切れ長の瞳も相まって冷たい印象を与えている。

 人を近づけがたく整っている彼から、運命の相手という言葉が出るのはちょっと面白い。


 しかし、ここに人間が尋ねてくるのは非常に問題だ。


「占いとはいったいどういうことでしょう。見ての通り私はただの一人暮らしの女です。申し訳ないのですが、男性の訪問はお断りです」


「その気持ちはとても分かります。私も不躾だとは思っています。しかし、たった一つだけ得られた情報なのです。……どんなに馬鹿馬鹿しくても、すがりたいのです。お願いします、少しだけでいいのでお話だけでも……!」


 私の家は森の奥中だ。森のここまでの道には彷徨いの魔法をかけているぐらい、人には会いたくない。


 どうしても森で手に入らないものが必要になった時はマントをかぶってこっそり街に出るが、誰とも関わらずにすぐに帰ってくる。

 帰り道も自分に迷彩をかけ絶対につけられないように気を付けている。


 つけられることなんてほとんどないけど、一回だけ私の忘れ物と間違えて届けようとしてくれた人がいたから。


 悪気がなかろうが何だろうが、もう、私は誰ともかかわる気はないのだ。

 しかし、彼はやってきてしまった。


 ……まあ、これだけ魔導具色々つけていたら来れちゃうよね。

 こんなところに目指してくる人なんていないから、家にも魔法なんて使ったこともない村人から隠れるぐらいの迷彩しかかけてないし。


 男が下げている頭の銀髪がきれいだな、と思いながら私は困り果てていた。



「……こう言っては何だが、君は押し売りに弱そうだ」


「えっ。あなたが言うのですか?」


 悲しそうに何度も頭を下げる彼に、私は仕方なく家に招き入れた。


 私が出した温かい紅茶を飲みながら、男は眉を下げながらつぶやいた。

 人を招き入れたことのない家の中に、大きい彼が収まっているのは違和感が凄い。

 存在感がありすぎる。


「確かに押したのは私だが……、こう、心配になるというか問題ではないかという疑問というか」


「ええと、それは悪役の最後の情けみたいな気持ちですか?」


「……全然違う。それに私は悪役ではなく、運命の相手を探しに来ただけだ」


「先ほども言っていましたが、それは詐欺師的ななにかでしょうか……」


「いいや、先程は占いと言ったが予言だ。ご神託といってもいい」


 彼の言葉にひやりとする。

 暖かな部屋で温かい紅茶を飲んでいるというのに、冷水を浴びせられたように、手足が冷たくなる。


 先程まで運命の相手がなどと世迷いごとを言っている変な男だという印象だったが、急に別人のように見える。


「予言、とは……」


 運命の相手、予言、その答えは一つだろう。


 そうだ、ミサガと名乗ったこの男はとても鍛え抜かれた身体をしている。

 震えそうになる身体を、そっと手で抑えつける。


 神様はまだ私に残酷な仕打ちをしようというのだろうか。

 もう、二度と味わいたくないあの思いをもう一度?


「君は聞いたことがないかもしれないが、教会では一生に一度だけ予言を請うことができる。教会に行き強く祈り願えば、神からの予言が与えられることがあるのだ」


 私が黙っていることを知らないと判断したようで、ミサガはさらに続けた。


「どんなに請うても予言が与えられるのはかなり低い確率だ。祈りには大きな魔石が必要で、予言が与えられても与えられなくても、それは壊れてしまう。しかし、私は幸運に恵まれた。脳裏にここの地図が刻まれたのだ」


 しみじみと、噛みしめるように呟く彼は嬉しそうで、手に入れた情報を大事にしている事がわかった。


 大きな魔石と軽く言うが、それは平民が一生をかけても手に入れられないものだ。

 そんな大変な代償を払って得た情報。


「もしかしてあなたは……魔王と戦うのですか」


 かなり注意したけれど、声は震えてしまった。

 ミサガはそんな私に気が付いた様子もなく、大きく頷いた。


「そうだ。勇者として1か月後にはここをたたなければならない。……よくわかったな」


「予言を、そうまでして予言を受けられたという事だったので。魔王の動きが活発だと、ここまで伝わってきております」


「ナディーラ嬢は聡明なんだな」


「世間と隔絶して生きていても、案外情報は入るものですわ」


 微笑んで答えたけれど、やっぱり手は震えていて収まりそうもない。なんだか頭がぐらぐらしてくる。


 どうしても手が、身体が震える。

 もう、彼と向き合っているのがこわい。


「申し訳ないのですが、その相手には心当たりがございません。今日は帰って頂けますか? 体調がすぐれなく……」


 もうこの事について考えたくない、そう思っている間に目の前は真っ暗になってしまった。


「大丈夫かナディーラ嬢!」


 慌てたような男の声が、遠くに聞こえ、私の意識は沈んだ。


 *****


「ううう……夢、じゃない」


 気が付くと私は自分のベッドで寝ていた。

 起き上がるとお腹の上には手紙と花が置いてあった。


『体調が悪い中無理させて申し訳ありません。また来ます。ミサガ』


 お花は色とりどりの花束で、綺麗にラッピングされていた。事前に用意したものなのは明らかだ。


 花で篭絡できると思われていたのなら心外だが。


「私……もう戦えないわ」


 百年前、私は魔女として勇者と魔王との戦いに参加した。

 魔王は瘴気がたまると現れると言われている。魔王が出る時期が近づき、その時も色々な人が予言を願った。


 そうして見つけられたのが、私だ。


 孤児だった私は、あっという間に王城に連れていかれ次々と魔法を覚えさせられた。そして、十七歳になった私は、現れた魔王を倒しに勇者と共に送り出された。


 その時の勇者は、予言ではなく騎士から選ばれたらしい。貴族で私の事を見下していたが、それでも使命を刷り込まれた私は気にならなかった。


 そして、二人で魔王を倒すことができた。


 ずっと使命だと言われていた事が達成でき、人々の役にもたてたことは本当に嬉しかった。


 しかし、最期の時に魔王がかけた魔法で私の時は止まってしまった。

 何故か全く年を取らなくなってしまったのだ。


 それに気が付いた人々は私に魔王が乗り移ったと噂し、一転して疎まれるようになった。居た堪れなくなった私は誰にも会わないように引越しをし、今、ここに居る。


 厳しい訓練に興奮、人々の好意と、侮蔑や悪意、恐怖。

 次々と与えられたそれに、私はすっかり疲弊してしまった。


「……また来るのかな」


 きっとまたすぐに来るだろう。自分で言うのもなんだが、魔女の力は強大だ。

 私の事は、放っておいて欲しい。


 もう来ないでと祈りながら、私はまたベッドにもぐりこんだ。


 *****


 控えめなノックがされたのは、二日後の昼過ぎだった。


 すぐに来ると身構えていた私は、やっぱり夢だったのでは? と疑っていたところだった。


「ナディーラ、この間は大丈夫でしたか? 起きていますか?」


 ドアを開けると、平服に身を包んだミサガが居た。平服を着ていても整った顔と身体で貴族だとわかるが、それでも彼の素の雰囲気が感じられた。


「……今日は印象が随分違いますね」


 びっくりして声をかけると、ミサガは何故か嬉しそうに笑った。


「そうなんだ。今日は一緒に食事をとりたくて! 騎士服じゃ動きにくいし目立つから」


 仲良くなって私の事を引っ張り出そうという魂胆だろうか。私は陰鬱な気持ちで彼を見つめた。


「ああ、もしかしてまだ具合は良くなかったかな」


「い、いえ、そういうわけじゃ……」


 そこまで言って、気が付いた。何も素直に答える必要はない。


「そうです。まだ具合が悪いのです」


「そうだったのか。それは申し訳ない事をした。今日は無事を確認できて良かった。もし食欲があれば、これを食べて欲しい」


 私の嘘を疑った素振りもなく、ミサガは手に持っていた籠を私に渡してきた。嘘をついた罪悪感から受け取ってしまう。


 ずしりと重い籠はほんのりと温かく、いい匂いがした。


「……ありがとうございます」


「あと、これ。もし具合が悪くなったら、これで私を呼んでくれれば!」


 戸惑うように出してきたのは、鳥手紙だった。

 魔力を入れれば、鳥になって指定の人の所へ飛んで行ってくれる。かなり高価なものだったはずだ。


「……一人暮らしは危険だと思うので」


 心配するように言われては、受け取らないわけにはいかない。出さないけど、と思いながら受け取ると彼はにっこりと笑った。


「ちょっとしたことでも、遠慮せずに送ってほしい。お花、飾ってくれたんだ……嬉しい」


 私の後ろから見える玄関の棚には、ミサガから貰った花が飾ってあった。


「花には罪はないので……綺麗ですし」


「気に入っていただけたなら良かった。また、明日来ます! 欲しいものがあれば、鳥を送ってくれれば用意しますから」


 高価な魔導具をただの手紙のように言って、あっさりと手を振ってミサガは帰っていった。


 ……魔女の話、しないのかしら。


 なんだか肩透かしを食らった気分だ。

 いや、きっと徐々に距離を詰めていくのだ。油断してはならない。


「食べ物にも罪はないわよね……?」


 いいにおいがする籠を見ると、私のおなかがぐうと鳴った。


 *****


 次の日もミサガはやってきた。


「こんにちは。ナディーラ」


 にこにことした顔で、気軽な様子で手を振っている。

 冷たい顔と全く合わない、嬉しそうな表情だ。


 私は呆れた気持で、開けた扉から顔だけ出す。


「こんにちは、ミサガさん……何度も来てもらって悪いのですが、私には心当たりがありません」


「初めて名前を呼んでくれたね。ありがとう嬉しいよ。私の事も呼び捨てで構わないけど」


「そういえば、あなたはいつの間にか私の事を呼び捨てにしてますね。口調も馴れ馴れしいです」


「仲良くなりたいなと思って。君もミサガと呼んでくれ。私はこの呼び方をなおす気はない」


 きっぱりと全く折れる気はないと笑顔で言われれば、ため息しか出ない。


「あなたってなかなか図々しいわよね、ミサガ。私はあなたの運命の相手の事など知りません」


「呼び捨てにしてもらえた……ふふ、これで対等になった。もしよかったら家に入れて貰えないかな? 今日もお菓子を持ってきたんだ」


「もう、食べ物を持ってきたら簡単に入れて貰えると思っているでしょう」


「えっ。そんな事はない、誓って! ただ、ただ私はナディーラと話したいなと……!」


「……寒いから、飲み物だけ飲んだら帰ってください」


 思った以上に慌てる彼になんだか申し訳ない気持ちになって、私は結局彼を部屋に入れてしまった。


「本当に食べ物で入れてしまった……。君は本当に気を付けてくれ」


「そのまま私の部屋に上がり込んだあなたがそれを言えますか?」


 私が突っ込むと、彼はしゅんとした顔をした。


「……言えないです」


 大きな体で悲しそうにする姿が可哀想でかわいくて、つい笑ってしまう。


「まあ、食べ物を持ってきてくれたという事で、仕方がないですね許しましょう」


「良かった。今日はクッキーなんだよ」


「なんだかとっても凝ったクッキーですね。形が可愛いです、クマかな? 目がナッツだわ」


「そうだね、なかなか難しかった。気に入ってもらえるといいけど」


「えっ。ミサガが焼いたんですか?」


「そうだ。誰かを思いながら作るのは、それは楽しいものだった。知らなかった、ありがとう」


 まるでそれがしあわせな事だというようにお礼を言って微笑む彼に、私は恥ずかしくなって下を向いてクッキーを口に入れた。


「……美味しいわ」


「美味しそうに食べてもらうところを見るのも、嬉しいな。また作ってきてもいいかな?」


「言わなくても来るくせに!」


「まあ、そうなんだけど」


「否定しなかったわね」


「明日も会いたいと思ってるんだ。許してほしい」


「許可は出しませんよ」


「じゃあ、美味しいものを用意して篭絡しなくては」


「ちょっとした美味しいものではつられません」


 流されないように強く言ったのに、ミサガは楽しそうに笑っただけだった。


「凄く美味しいものだな。わかった」


「もう、そういう意味じゃありませんから!」


 *****


 その後毎日彼はやってきた。


 気がついたら、昼は彼の為に淹れるお茶のお湯を沸かして、紅茶を選ぶようになってしまっていた。

 彼は、初日以外は予言の話も運命の相手の話もしなかった。


 ただお茶を飲み、他愛のない事を話して、彼が持ってくる軽食や焼き菓子を食べる。そうしてしばらく話した後、彼は何度も手を振り帰っていく。


「また、明日きます」


「……待ってませんよ」


 私はすっかり彼の訪問を心待ちにするようになっていた。


 *****


「明日、私は魔王を倒しに出発しなければいけない」


 彼がここに来るようになってから一か月。初めて会ったのがついこの間のようで、それでいて、もう彼と会うことがお馴染みの楽しみになっていた。


 意識的に数えないようにしていたけれど、明日だったのか。


「明日……なんですね」


 私が呟くと、ミサガは何かを迷う素振りをする。

 私はそれに気が付かないふりをして、彼に話しかけた。


「今日は外でご飯を食べない? 私のお気に入りの場所を教えてあげる。ピクニック日和だわ」


 空は晴天で、空気もひんやりとはしているけれど、気持ち良かった。

 私の提案に、驚いた顔をした後、頷いた。



「ここは……街が良く見えるな」


「いい場所でしょう? お気に入りなの。王都の賑やかさが伝わってくるわ」


 家から少し歩いたところは、急に森の木々が開け、王都が遠くに見える。ここは高い位置にあるので、街の雰囲気が伝わってきて私は好きだった。


「君は人が好きなんだな」


「……こんな場所に住んで、誰とも会わないのに?」


 私はくすりと笑った。

 人から離れてかなり時間がたった。それに、以前だってちゃんと関係を築けていた人なんていなかった。


「そうだな。でも、私のことはすぐに心配して部屋に入れてくれた。話をしてくれて、こうやってお気に入りの場所も教えてくれた」


「……それは」


「それに、この場所には人の気配がある。街に住んでいる、人の」


「確かにそうね。ここはお祭りなんかも何となく見えるのよ。人々が、風船を上げたり、花火をしたり」


 私にずっと関係のない、営み。遠くから見ているのが、お似合いだと思っていた。


「そういうところに、魔王を倒したら、君と行きたいんだ」


 ミサガはまっすぐに私を見て言った。

 ……魔王を倒したら。


「魔王……倒せるかしら」


「それは、当然だ」


 ミサガが自信ありげに頷いたので、私は思わず笑ってしまう。


「まったく、あなたはもう……わっ」


「っあぶない!」


 あまりにも笑っていたら、木に引っかかって転びそうになってしまった。気が付いたらミサガが私の下に居る。

 大きな力強い身体が、私のことを抱きとめていた。


「ご……ごめんなさい!」


「気を付けてくれナディーラ」


「あなたはそればっかりね」


「君は危なっかしいからな」


 そう言ってミサガは私の事を抱き上げてから、立ち上がった。すっかり抱えられた後、ふわりと地面に降ろされた。


 大事に扱うような仕草に、なんだか泣きそうになる。


「ありがとう……」


 照れくさくて視線を逸らすと、ミサガのお腹のあたりの服がざっくりと裂けているのが見えた。

 裂けた服の下で、地面に擦ったのか血がにじんでいる。


「やだ……! 怪我が……!」


 私が驚いた声を上げると、今初めて気が付いたように彼は怪我の部分を無造作に撫でた。


「こんなの大丈夫だ。それよりナディーラに怪我がなくてよかったよ」


「……明日、魔王と戦う旅に出るのに……」


「そんな事より、君に怪我がない事の方が大事だろう」


 私のほうが大事だと事も無げに言うミサガに、私は思わず抱きついた。


「えっ、わ、な、ナディーラ」


 慌てるミサガを無視して、私は呪文を唱える。


『回復』


 温かな光が広がり、ミサガの怪我は跡形もなく消えた。


「……これは……回復魔法……」


「そうよ。これで大丈夫。明日は問題なく戦えるわ」


 使ってしまった。


 魔女しか使えない回復の魔法。

 しかもこんな擦り傷に。


 ミサガは自分のお腹をなんども撫でたりして見ている。

 当然傷はすっかり綺麗だ。

 傷を確認した後、ミサガは呆然とした顔で私のことを見た。


 私は泣きたい気持ちになる。


「ナディーラ……やっぱり君が私の運命の相手だ」


 信じられないような、熱に浮かされたような顔でミサガは呟き私の手をとった。


「いえ、違います」


 私のきっぱりした返事に、ミサガは可笑しそうに笑った。


「君は嘘が下手だな。声が震えている」


 確かに私は彼の運命の相手だ。

 間違いないだろう。


 あなたと一緒に魔王と戦う運命の相手、魔女だ。


 ぎゅっと握り込まれた手を見ながら、私はため息をついた。何故この人の為に魔法を使ってしまったのか。


 ……答えはもうわかっていた。


 魔女だとばれても、彼が怪我をしている方が嫌だった。たとえ小さい傷だって。

 私は自嘲気味に笑った。


「ああもう、そうよ。私があなたの運命の相手よ、勇者様。いつから知っていたの? 私が魔女だってことを」


「確かに君は運命の相手だけど……え?」


「あなたが思っていた通り、私が前回勇者と共に戦った魔女だわ。しかたがないから、一緒に行ってあげるわ」


「君が戦場に……それは、本当に……?」


 ミサガが眉を下げて情けない顔で呟いた。

 まったく、見かけに反して優しい。


 きっと私が戦いに出る事を、心配してくれているんだろう。


「本当よ。まったく、結局あなたの予言は正しい事がわかってしまったわ。神様は残酷ね。……でも、戦場ではちゃんと戦うから安心して」


 絶対にもうあんな思いをしたくないと思って一人で生きてきたけれど、ミサガの為ならいいと思った。


 ミサガが魔女を必要として会いに来てくれただけだと知っても、もう好きになってしまったから。


 彼の為になら、もう一度繰り返したっていい。

 命をかけてもミサガを護るのだ。


 だから、魔女に戻る。


「私があなたを護ってあげるわ」


 私が微笑むと、ミサガは目を見開いた。


「ナディーラ! 何を言っているんだ君は」


 焦ったような顔をしたミサガに力強く肩をつかまれる。

 思ってもみない反応に、首を傾げる。


「え? 運命の相手の話? ミサガは勇者でしょう?」


「そうだそれは間違いない。私は勇者で君は私の運命の相手だ」


「あってるじゃない」


 急に不思議な反応をされて、私は不満げに呟く。すると、ミサガはぎゅっと私を抱き寄せた。


「君が私の運命の相手だと言ったのだ。……意味を取り違えている」


 苦し気に呟いたミサガの顔を見ると、真っ赤になっていた。


「え……」


「ああもう、私は君が好きなんだよナディーラ! 運命の相手なんだ。結婚したいんだよ!」


「ちょ、ちょっとまって。勇者を補助する魔女を探してたんじゃないの!?」


「そんなものは探していない。君は私の実力をわかっていない。魔王なんて特に気にすることはない」


「そんな強い人居る……?」


「ここにいるじゃないか。だから、特に魔女は求めていない。以前の勇者は弱かったのではないか?」


「他の騎士よりは一段抜けて強かったわよ」


「他の男は誉めないでくれ。私はそいつの十倍は強い」


「魔女を探していないのなら、じゃあなんで予言まで使ってうちまできたのよ!」


「予言で願ったのは運命の相手だ。私は魔王を倒したら褒章として王女と結婚させられるそうだ。それは嫌なんだ。好きになった人と一緒にいたいと思ったんだ……」


「えっ、じゃあ教会で願ったのは……」


「そうだ。ずっと一緒に楽しく暮らしていける運命の相手を探している、と」


 私は根本から間違っていたことを知った。


 馬鹿みたいな願いだ。大きな魔石を使って、得られるかもかわからない予言にそんな事を聞くだなんて。


 でも彼の顔は真剣で、真っ赤な頬に揺れる瞳で私の事をじっと見ている。


「ナディーラはこの家で待っていてくれ。すぐ終わるから。それで一緒に暮らそう」


「そんなの無理よ。……万が一があったら心配だわ。私は同じ場所でミサガを助けたい。ミサガといて、私は人といる楽しさを知ってしまったのよ。あなたに何かあったら、私はもう生きていけないわ……」


「私が魔王などに負けるところは想像もつかない。……いや、そうだな。君を連れて行って、私が君を護ればいいだけだ」


「自信が凄いわね……。でもそうね。何もなければ後ろでゆっくり見学しているわ」


「私の活躍に、君は私に夢中になるかもしれないな」


「もうなってるけど! 自分から魔女だと言ってしまうぐらいにはね」


「惚れ直すってやつだ」


「まったく、それなら私にも活躍の場をちょうだい。そうしたら、あなたも私に惚れ直すわ」


「これ以上惚れたらどうなるか心配だな。じゃあ、魔女様、一緒にご同行願いますか?」


 仰々しい仕草で、ミサガは膝をつき私の手にキスを落とした。


「ええ、勇者様。喜んで」


「エスコートして行くのが戦場だなんて、きまらないな」


「いいのよ、どこだって。それに帰ってきたら、きっとしあわせしかないわ」


「そうだな。魔王なんてもの、早く倒してしまおう」


 立ち上がって、私とミサガは手をつないだ。温かな手が、私の手をぎゅっと握った。


 そして魔王は簡単に倒され、お互いに惚れ直して帰ってきた。


 予言は凄い。

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【短編】騎士様が予言された運命の相手は、目の前にいる私です!(でも知らないふりをしたいです) 未知香 @michika_michi

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