Chapter.27 再会

 翌朝は予定通り展望台へ連れて行ってもらう。

 田舎町とはがらりと変わった雰囲気のなかカトレアに道案内されるのは、どこか異国を観光しているような気分になれてかなり楽しめた。


 常に視界には湖が収まる街だ。地域の植生も田舎町とは様変わりし、鳥類や野良猫などを多く見かける。田舎町では路上で好き勝手に広げる露店のようなものが見られたが、こちらでは湖沿いで屋台のような作りの出店がずらりと設置されていた。グリルチキンのようなものを扱っている店から、漂ってくるソースの香ばしい匂いにクラっとくる。

 美味しそうだ。


 この街では旅人の姿以上にこの街で生活する方々の姿も多く見ることができる。仲睦まじい恋人、子連れ、ペットの散歩をする人。特別目を引くような、例えば獣人であったり亜人であったりなどの姿形をした"異世界らしさのある人種"は見ないが、身長が二メートルはありそうな人や一メートルしかないような人は当たり前のようにいる。人混みのなかで歩調を合わせるのは大変だろう、と思ったりした。


 展望台の螺旋階段を上がる。


「あれをどうにかするのか……」


 観測する。とんでもない大きさの巨獣だ。

 正直、地上にいる頃からその存在感を感知できていなかったというと嘘になるが、ほどほどの高さから遠くの大地にいるその生物の全体像を一望すると息を呑んだ。


 特撮怪獣みたいだ。


 絵画ではその描写と生物の表情からカバや牛を連想していたが、その全体像はずんぐりとした体型のトカゲや竜に近いなとも思う。目測で高さを算出することはできないがそこらの山と並び立つ大きさではあるし、いかんせん四足歩行をする生物なので横に長い。全長は計り知れない。


 これまで巨大なワームに大男、タウロスと立て続けに見てきたわけだが、比にならないなと感じる。

 まあ、当たり前だろうけども。

 その規格外さに、愕然とした。


「びっくりしましたか」


 隣にいるカトレアが俺の表情を伺うように見上げてくる。さすがに度肝を抜かれたので、正直に頷く。

 俺の知る世界には創作上にしか存在しないような大きさの生物が実際に生きている姿を見るのは、妙な高揚感があった。


「でも、大丈夫です。大人しい生き物と言われていますし。こっちに来るのは危ないよー、あっちのほうに行ってねー、っていうのを繰り返すだけの関係です。人に対して敵意があるわけでもなければ、人が敵意を向けなければあちらから返ってくることもない相手です」


 共生、というよりも、共存、といった在り方だろうか。不可侵条約じゃないがこの生物と帝国の間では適切な距離感が取られているというのをカトレアの言葉や市民の受容的な態度から感じられる。

 お祭り、らしいのも分かる。


「心配することはありません。とりあえずは楽しみましょう」

「まあ、分かった。どっちにしろ、アレがどうにかなるまで動けないんだしな」

「その通りです。できることを進めていきます」

「おう」


 かくして、フリーゼンでの日々が幕を開ける。


 ♢


 人口が多いだけに何でも屋も需要がある。

 この世界には都合よく冒険者の組合はないし民間で依頼を受けられるような媒体があるわけではないものの、だからこそ人手を求めているような人はいる。当然信用してもらうまでが困難だが、幸いにも魔女見習いで修行中であることを積極的にアピールするとなんとかなることが多かった。


 これについてはやはり魔女そのものの性質として『生活に役立つ功労者』というものがあり、広く認知されているからだろうか。


 カトレアが率先して協力を申し出、細かいコミュニケーションを俺が取り、カトレアと二人で取り掛かる。基本的にカトレアの一生懸命な姿は多くの人に受け入れてもらえるので信頼を掴み取るのも早い。

 リファインは高望みせずに有効活用しているし、魔物の殺生には極力関わらないようにしてるが、それ以外の方法で地道に金策と節約の日々。まあ、この辺りは田舎町でしていたことと変わることはない。


 まったく、いつになったらこのジリ貧生活を抜け出せるのか……。


 そうやって一日二日を過ごした頃、三日目には当初の目的通り対策本部室へ直談判を申し出る。


 召集された魔女はどうやら複数名いるみたいで、空を飛んで移動してくるもの、豪華絢爛な馬車に運ばれてやってくるものは街中にいてもその姿を見ることができた。

 ので、こっそりと付いていき、向かった先の見るからに要人しか歓迎されていなさそうな建物を目の当たりにして尻込みする。


「入れるのか……?」

「だ、大丈夫です。一応、関係者ですし」


 衛兵や豪華な鎧を着た騎士団のような方々の姿も見られるが。

 俺が訝しむなか、覚悟を決めたカトレアは堂々とした足取りで門に近付き、衛兵には『魔女見習いで魔女の方々に話がある』というのを訴えて半ば強引に入室の許可をもらう。

 一人の兵士に付き添われながら向かった先、カトレアはこんこんとノックをした。


 入室する。兵士は付いてこない。

 多分だが俺は入ってもいい。公的な扱いは召喚獣なわけだし。



 ――そこには、円卓を囲むような多くの魔女の姿がある。



 その全ての視線がカトレアに集中していた。


「かっ、カトレア・ミルクセーキです! 第四十六期魔女認定試験を受けているものです! お話があってここに来ました! 少しだけお姉様方のお時間を頂けないでしょうか……!」


 彼女が深々と頭を下げるので続く。

 シン……と静まり返ったかのような無反応だ。居ても立っても居られず、恐る恐ると顔を上げてみる。

 そこには見知った顔がある。

 思わず指を差して「あ」と言ってしまった。


 その女は、含みのある笑みを見せる。


「私の弟子だ。許そう。みんなも許してあげて」

「貴様がそういうのなら仕方ないな」


 どうも議長と思われる貫禄溢れる魔女が、カトレアの師匠の言葉を認めて首肯する。一気に張り詰めていた空気は解け、歓迎のムードへと転じるのを体感する。

 カトレアがやっと面を上げる。


「やあ、久しぶり、カトレア。元気にしてたかな」

「……元気です」


 悲しいかな、師弟の感動の再会とはうまくいかないことを、俺は果樹園での一件を経て、うすらと予感してしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰が召喚獣じゃボケ 〜一文なしの魔女見習いは、目が離せなくて手がかかる〜 環月紅人 @SoLuna0617

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ