Chapter.26 土地神さま

 それから地方都市へ到着したのは日没前。

 街はどこか騒然としていた。


 乗合馬車から下車した俺たちは観光の前に、真っ先に円環列車の乗り口がある駅へと向かう。

 まるで宮殿のような作りをした建物だ。

 カトレア自身は何度かこの街に来たことがあるみたいなので、道案内はお手のものだった。


 駆け足で入場し、田舎町とは比にならない人混みのなかを割って窓口のお姉さんに話を伺う。


「申し訳ございません。ベヒモゥスの起床が確認されたので当分の間列車は運行停止となります。お客様にはご不便をおかけしますが、安全のためご了承ください」

「えぇえぇえぇぇ……」


 気まずそうな窓口のお姉さんを前にカトレアが分かりやすくショックを受ける。

 これは困ったな……。


 カトレアの旅に期限がある上、最終目的地である秘境ワルプルギスの在処が分からないいま、早急な帝都への移動が求められるなかでこうしたトラブルにより阻まれるのは望ましくない。

 金があれば行けるという前提の上でのここまでの行動だ。不安になる。


「……いえ、待ってください」

「? なんでしょう?」


 苦しそうにカトレアが知恵を振り絞って訴えかける。言葉を拾ってくれたお姉さんには悪いが、どうも独り言に近いような言葉だ。


「これはおかしいです。不当です。だってただでさえ円環列車がここまで回ってくるのに数日かかるのに……これでは最終試験に対して南西地方の受験者が圧倒的に不利です。そもそも列車が運行停止すると、その間全ての魔女見習いが帝都に向かう道を失うわけですし……」


 ぶつぶつと。俯いて歯噛みするようなカトレアをよそに、窓口のお姉さんと俺は若干気まずい時間を共有することになる。人前でやめてくれ。周りが見えなくなってるな、こいつ。

 居ても立っても居られなくなり、俺はカトレアに声を掛けようとする。と、そのタイミングでバッとカトレアが面を上げた。


「魔女が集まるのはいつ頃の予定でしょうか!!」


 迫られた窓口のお姉さんが、気圧されたように言葉にする。


「え、えぇっと……。対策本部の設立は三日後を予定しております」

「……………ああ、三日後……」


 その発言に、空気を抜いた風船のようにカトレアの勢いはしゅるしゅると弱まってしまった。

 なにがなにやら分からないが、俺は嘆息を吐く。


 ひとまず一度冷静になったほうが良さそうだ。


 田舎町でも長く滞在したが、どうやら地方都市でも長いことお世話になってしまいそうだった。


 ♢


 カトレアの言う完全究極生命体こと、いわゆる土地神、超越種のベヒモゥスは、宿の絵画として一度見たことのあるあの巨大な生物のことを指しているらしい。

 山岳を背に抱えるカバか牛のような姿をした巨獣。

 長い地鳴りはあれの目覚めだったそうだ。


 地方都市フリーゼンは中央にとても大きな湖を保有する平地にできた都市で、ぐるりと取り囲むように人々の生活圏が形成されている。北部には駅を構え、帝都はその先。円環列車はその名の通り帝国中の主要都市を辿るようにぐるりと周遊し続ける大型の大陸移動用装置だそうで、そのなかでもフリーゼンは南西地方にあるもっとも自然と一帯になった都市だ。


 ベヒモゥスの生息域も近い。


 そのため、結果としてベヒモゥスが起床した際に一番ちょっかいを掛けられやすい土地柄であり、その原因としては湖の水を飲みに来たのだとか、文明を発展させる人々への怒りだとか、帝国の威光を知らしめるために定期的にその存在感を見せつけてくれているのではないかとか、様々な諸説がある。

 具体的な理由は分かっていないらしいが、相手は創世記から存在すると言われる完全究極生命体なのだから解き明かすことのほうが困難なのかもしれない。

 はてさて……とんでもないことになったもんだ。


 夜も遅くなり、それなりの宿にチェックインした俺たちは旅の疲れを癒すように休憩する。


 このタイミングで、先ほどの発言についてようやっと尋ねることができた。


「いったいなにを考えてるんだ?」


 いかんせん、俺の持っている情報は限られたものになるのでいくつもの前提の上で動くカトレアの行動に振り回されがちになる。

 尋ねれば丁寧に答えてくれるだけありがたいが、答え合わせに待たされることが多く、今回もまたそのような形で話を理解することになった。


「非常に困ることが起きた状況なので、いまは直談判することを考えています。ベヒモゥスの目覚めは実際のところ大したことはなくて、これ自体は一種のお祭りみたいなものなんです。ベヒモゥスはとにかくニブい生物なので、魔女の力で進行方向の軌道を変えてあげたりもう一度眠らせてあげたりする必要があるんですね」


 ふむ。以前話に聞いたときもカトレアが『度々帝国にちょっかいを出すことで有名な超越種の一種』と説明していたのは覚えていたし、案外なんてことはないみたいだ。

 実際、初動の驚きや混乱こそあれど市民は落ち着いた状態にすぐ戻ったし、窓口のお姉さんの対応から見られるように別に緊急避難って感じの慌ただしさには一切なっていないんだよな。


 てっきり、巨大生物が現れたと聞いたときは特撮怪獣のように街がめちゃくちゃにされるのではないかとヒヤヒヤしていたが。


「そこで対策本部が設立されるのですが、そこには多くの魔女が参加するはずなので、最終試験の扱いについて話を聞いておきたいと思ったんです」

「それで直談判か」

「はい。……ですが三日後なんですよね……」


 カトレアがしょげたような顔をする。


「それくらいいいんじゃないか? 仕方ないだろ」

「仕方ないのは仕方ないですけど、でもそこから迎撃するまでに数日かかるし、列車が運行再開するのにも時間がかかって、円環列車の順路的にこの都市にやってくるのは運行再開から二日後になります。無駄に時間が掛かってます」


 それは確かに無駄に時間が掛かってるな。なるほど、カトレアが不服そうなのはそれが原因か。


「それにベヒモゥスが出現している間、結界外に出ることも推奨されません。フリーゼンは豊富な薬草の数々とそれを取り扱う専門の調合師がいることでも有名で、薬草の採取がホットなお金稼ぎだったんですよ! 薬草集めには興味あったのに……ぐぬぬ」


 魔物狩りか業務のお手伝いぐらいしか金策手段のなかった田舎町での生活と比べるとできることは多いみたいで、同時にその一部が制限されてしまっているのは口惜しいものがあると感じる。

 話を聞いているとだんだんカトレアの気持ちにも寄り添えるようになってきて、それが少し面白かった。


「まあ、とりあえず三日後か」

「そうですね……。まあ、とはいえ、ベヒモゥスが目覚めるのはとても珍しいことなので、これはこれで貴重な経験になるとも思います。困りますケド。明日になったら、忌々しいベヒモゥスの巨体が見られないか展望台のほうに確認しに行きましょう」


 言葉の端々に憎しみを感じる。

 苦笑しながら。


 そんな予定を組んだ本日の夕食は、湖で獲れたと思われる鮎によく似た魚を串焼きにした料理であった。

 久しい魚料理に感動する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る