第六話 豊かな湖の都市と土地神
Chapter.25 都市へ
その後の三日間は駆け抜けるように過ぎていった。
盗賊襲撃事件の翌日こそ右手が思うように使えなくて多方面に迷惑をかけてしまったが、無事になんとか仕事を完遂。果樹園での業務も、前半に荷物運びを多く済ませていたからか主にペットの世話だけで済み、最終日にはやっぱり舐められている気しかしないアイラから別れの餞別にペット用の首輪を渡されたりもした。
でかいワームの首に装着するものだから、地味に人相手でも使えないことはないのが腹立つ。
いや、絶対に使わないけどな。
それから、合間に俺たちは服飾屋へ足を運んで衣装チェンジも済ませている。
目立つ格好で居続ける必要はないので、こちらは早いうちに行った。
俺が(自ら申し出て)安物のゴワゴワとした質感の上着とズボンに鞍替えした一方、カトレアはこの先のことも考慮して少しだけ立派な服を選ぶ。
「もっと魔女らしいもののほうがいいんじゃないか?」
「魔女の服は一人前として認められたときに正式なものが下ろされるので、このくらいでいいのです」
そう語るカトレアは魔女のイメージを旅装束に落とし込んだような軽装を身に纏うことになった。具体的に言うと、ミニワンピースに風除けの外套、収納付きの腰ベルト、とんがり帽子を被ったような出立ちで、下手にだぼっとしたローブや師匠のようなタイトな服を着るよりはずっとカトレアらしい仕上がりになったと思う。動きやすそうだし。
「どうですか?」
「いいと思うぞ、似合ってる」
より現地民って感じがして。
俺が素直に感想を言うと、カトレアがきょとんとした顔をするので困惑する。
……………。なんだよ、その目は。
「……ありがとうございます」
「お前さては俺が良いものも褒められないような捻くれたやつだと思ったんだろ」
「いやっ、……仕方なくないですか!?」
否定しないのかよ。
図星を突かれたカトレアの様子に思わず失笑する。
まあ、そう思われたくて普段は人当たり悪く振る舞っている節があるから、別にいいのだ。
素直に褒める気になったのは心境の変化である。
そんな一幕を挟みながら、着実に町を発つ準備が整えられていた。
ここまで、あっという間に日々が経過したような気がするし、結局元々の俺の洋服も着ていられなくなってしまったが、異世界を受け入れたわけでも、現実世界への帰還を諦めたつもりもない。
ただ、カトレアが『自活』できるようになるまでサポートする。そんな約束のもとはじまった関係も当初ほどカトレアを嫌ってはいなくて、もう少し付き合ってやろうという気概を持てるようになったのが大きかった。
いまのカトレアに必要なのは人との会話だ。
どうも果樹園ではやはり奥さんの言葉が引っ掛かってしまっていたようで最終的に俺が一番あの場で親しくなってしまったが、宿を提供してくれたお婆さんには恩返しとして床板の張り替えなどをさせてもらったし、便利屋としての小銭稼ぎでその機会もある。
こうした積み重ねで徐々にコミュニケーションスキルを培っていけば、カトレアの『空回り』もずっと減っていき、一人前に近づけると思うんだよな。
打ち解けたら早いやつだからカトレア。
典型的な内向型。
相手への思慮や誤解を深める前に、相手と対話することができるようになればもっといい。
まあ、ある程度は俺も弁えないと、ただのウザいお節介になってしまうのだが。
付き合い方はもう少し考えつつ、少なくとも当初よりはずっと打ち解けられたのを喜ばしく思うばかりだった。
♢
「それでは行きましょうか」
「おう」
いざ、地方都市フリーゼンへ向けて。
半日はかかる馬車の移動となるので腹ごしらえをきちんと済ませた朝、少量の荷物を持ってバス停へ行き、訪れた乗合馬車の御者に切手を確認してもらう。
「おや、旦那とお嬢さんじゃないですか!」
「あんたかよ……」
偶然にも見覚えのある御者が相手だったのでスムーズに受領された。ツいてないな。
このおっさんは人のことを旦那と呼び続けるのであまり好きじゃない。不服。
八畳ほどの広々としたスペースがある荷台に乗り込んで座席に座る。同席する客の数は八組ほどだが、かなり余裕があって窮屈な思いはしなさそうだ。
座席も木綿を編んで作られた弾力のあるクッションなので尻を痛めにくい。頭上には風通しのいい幌が張られているので日差し避けにもなる。
簡素だが必要なものは揃っている荷台、といった雰囲気で、外敵からの守りを全て防護結界陣に託したような設計に感じた。
これが発明される前はより作りのしっかりとした馬車で護衛役の傭兵を雇う必要があったというから、様々なコストカットの果てに行き着いた形なのだろうと推測する。でなければ馬車になんて平民にはなかなか乗れなかっただろう。
まあ、厚かましくも俺たちは無料で乗車させてもらっているのだが。
あの絶望を乗り越えた甲斐があった。
ありがたい。
「それでは行きやすぜ。ハイヤッ!」
鞭のしなる音がけたたましく響き、大型の荷台を引く二頭の馬がそれぞれ嘶く。
ゆるやかに馬車が動き出す。
心地の良い風が俺たちの頬をくすぐった。
♢
ノンストップで移り変わる風景を眺め続けるのはなかなかに面白さがある。乗合馬車での移動そのものは何度か経験があるらしいカトレアは、大した感動もなく目を瞑って大人しくしていたが、俺は内心大きくはしゃいでいた。
基本的に曲がりの少ない平坦な道を突き進むみたいだ。
緑色の荒々しい皮膚をした小鬼のような生物の群れが草原を走っていたり、翅の生えた蛇が滑空するような姿を眺める。どうも山に挟まれている道を進むようで晴れ渡る視界ではなかったが、確実な非日常を体感しやすい。
五時間ほどが立つと一時休憩の機会が設けられ、各々、食事をしたり一度下車をして腰を伸ばしたり用を足しに行ったりと自由なことをする。
隣のカトレアは車酔いを抑えるように必死に魔法を自分に掛けていた。
だからお前は大人しかったのかよ。
「飯は食えるか?」
「はい……。あ、でも少しにしておきます。戻したら嫌なので」
「嫌なこと言うなよ……」
自己管理できているだけえらいが、俺はげっそりとした顔をする。あまり想像したくない。
鞄のなかから取り出したパンと燻製肉を口にする。カトレアが食べない分は俺は頂き、その代わり果樹園のオーナー夫妻から貰ったナープルの大部分を譲った。さすがは高級品の甘味なのでカトレアも嬉しそうに味わう。
そのような食事をしていると、荷台に乗り込んできた御者の男がへらへらとしながら俺のすぐ隣にどかっと座る。
……………。
俺は怪訝な顔で出迎える。
「おっ、美味しそうなもの食ってやすね」
「………」
「欲しがったわけじゃないんでそんな嫌そうな顔で隠さんでください」
厄介なのに絡まれてしまった。
渋々と食事を再開する。
どういうつもりか分からないが、この男、俺たちに興味があるみたいだ。他愛もない世間話を振ってくる。
「お嬢さんと旦那はどういうご関係で?」
「……行きずりの仲?」
自分で言って語弊があるなと思った。とはいえ、いずれは現実世界への帰還とともに解消される仲なのだから他に上手いこと言い表す言葉がない。召喚主と召喚獣だとは滅多に口にしないほうがいいだろうし。
帰ってくるリアクションが面倒くさいので。
「行きずりって変じゃないですか?」
お前が引っ掛かるのかよ。
思わず項垂れる。言葉選びに時間をかけた。
「契約関係だ」
「えっ、それだけなんですか?」
「お前なんなの?」
別に含蓄ないわ。妙にショックを受けたような顔をするカトレアがなにを考えているのか分からなくて困惑する。
ついでに目の前のおっさんも気まずそうにする。
微妙な空気感になってしまったところで、切り分けたナープルを一つ口内へ放り込んでもぐもぐと食したカトレアが、元気よく宣言する。
「私たちは仲間です!」
「仲間って……」
RPGのパーティーメンバーとして数えられた覚えはないぞ。と思ったが、やっと人扱いされたのか。と思い直して悪くないなとすぐ納得する。
仲間。仲間か。
顔を寄せてくるカトレアは退けつつ。
「まあ、そうか」
「ええでやんすね」
絶対思ってないだろう、みたいなお世辞のような反応をされた。なんなんだこのおっさん。
―――と、そんな折、ゴゴゴゴゴゴ……と重苦しい地鳴りのようなものが鳴り響いた。
客のなかから悲鳴が上がり、水筒の水を溢しているような姿も見る。大きく地面が揺れているようだ。
「……長くないか?」
「これは……」
俺が呟くと御者のおっさんは『静かに』と手を伸ばしてくる。未だ続く地鳴りに対して冷静に対処するおっさんは、大自然に耳を傾けているようだった。
バサバサッ、ガサガサッ、と周囲の木々が騒ぐ。
遠くから魔物の歓声のような鳴き声が随所で挙がる。
不安に駆られた俺がカトレアを見下ろすと、彼女はその正体が分かっているのかひりついたものを感じる顔をしていた。
俺と目が合うと彼女は頷く。ひとまずは安心していていいものらしい。
………長い時間かけて、地響きは静まる。
「これはまずいですね……」
「おたくら、ツいてるなあ」
一斉に感想戦をはじめる二人に置いていかれる。
なにがまずいんだ?
「すいやせん」と会釈した御者の男は忙しそうに客の安否確認を取りに行き、休憩終わりを大々的に宣言して御者台へ戻る。その他の客も特別慌てた様子はなく、ただ服を汚してしまったことへの不満であったりよろけてしまった際の軽傷を心配していた。
どうも俺だけが地震の原因を知らないらしい。
カトレアに問いかける。
彼女は生唾を吞んだあと、答える。
「完全究極生命体が目覚めたんです」
完全究極生命体。
聞き覚えあるな、そのパワーワード。
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