第4話 悪役令嬢の私は、婚約者に溺愛されます

「そっ、それは……」



 アーノルドの言葉に、私は静かに口を噤むと視線を落とす。


 この国の貴族や王族の大半は、精霊から力を借りることが出来る。

 しかし、中には精霊から力を借りることが出来ない貴族もいて、その貴族は『恥知らず』として他の貴族達から蔑まれる。

 それは、公爵令嬢であるにも関わらず、精霊の力を借りられない私も例外ではなかった。


 精霊の力が使えないと分かった途端、家族や使用人達から冷遇され、他の貴族達からは蔑みの目を向けられた。

 それでも私は、周りを見返そうと色んな勉強した。

 貴族としての知識はもちろんのこと、領地のことや国のこと、そして精霊のことについても勉強した。

 そして、淑女としての礼儀作法や護身術を完璧に身につけた。

 けれど、精霊の力を使えない私の評価が上がることは一切無かった。


 だからだろう、全ての精霊の力を借りられるミナを憎たらしく思ったのは。


 ゲームの序盤、禁忌とされている闇属性の精霊と契約をして力を得た悪役令嬢は、精霊の力を使い貴族令嬢を魅了して取り巻きを作ると、ヒロインに対して陰湿で過激ないじめをした。

 まるで、今までの受けたやっかみに対して憂さ晴らしをするかのように。

 そしてそれは徐々にエスカレートし、ついにはヒロインの命すら奪うようなこともした。

 だが物語の終盤、精霊の力を使いすぎた悪役令嬢は、『精霊の奴隷』として廃人になるとあっさり断罪された。


 もちろん、前世の記憶を思い出した私は、闇属性の精霊と契約しなかった。

 そんな危険な橋を渡らなくても、前世の記憶を使えば断罪を回避することが出来ると分かっていたから。



「ねぇ、レイナ。覚えている? 君と僕が初めて会った時のことを」

「えっ、ええっと……確か、王家の茶会でしたわよね?」

「そう。そこで君は、誰もいないガゼボで1人、難しそうな本を読んでいたんだ」

「っ!?」



 その瞬間、幼い頃の記憶が蘇る。



『君、どうしてここにいるの?』

『そっ、それは……』

『それに、その本。どう見ても子どもの君が読むには難しい本だよね?』

『……実は私、精霊の力が使えないのです』

『えっ?』

『だから、家の恥さらしである私はたくさんお勉強をしないといけないのです』



 初めて来た王家主催の茶会で、同い年ぐらいの貴族達から石を投げられた私は、その場から逃げようと持ってきた本を抱えて誰もいないガゼボに避難した。

 その時に、お茶会に飽きて抜け出してきたアーノルド様と出会った。



「初めて出会った時の君は、幼いながらもとても聡明な考えを持っていて、当時の僕が知らなかった国のことをたくさん教えてくれた」

「それは、由緒ある公爵家の令嬢として少しでもお役に立てたいと……」



 そうだ、あの時の私は見返したいというよりも、少しでも家の役に立とうと必死に勉強していたんだ。



「そうだよね。でも僕は、精霊の力を使えなくても必死に努力する君に一目惚れしたんだ」

「っ!!」



 アーノルド様、あの時に私に一目惚れしていたのですか!?


 ゲームでは語られなかった事実に目を丸くすると、アーノルド様の握っていた手に力が入る。



「僕は、精霊の力を使えないだけで君のような有能な人達を蔑ろにし、精霊の力を使えるだけの無能な奴らが政を牛耳っているこの国を作り替えたい」

「『国を作り替える』のですか?」

「あぁ、そうだ。僕はね、いつまでも精霊の力に拘っていては、この国はいつか滅びると思っているんだ」

「アーノルド、様……」

「だから僕は、君の計画とミナ嬢を利用してあらゆる手筈を整えた。もちろん、ミナ嬢には了承してもらった上で利用させてもらったけど」

「えっ?」



 それじゃあ、アーノルド様は私が前世の知識を使って2人の仲を縮めていることを逆手にとって、国を作り替える手筈を整えていたってこと!?


 唖然とする私を無理矢理立たせたアーノルド様は、優しい笑みを浮かべると私の前に跪いた。



「3年間、寂しい気持ちをさせてごめん。でも僕は、この国の王太子として……そして、1人の男として、レイナ・カーフェインと共に生きたい。だから、僕と結婚してください」

「……ほっ、本当によろしいのですか?」



 本当は、幼い頃から大好きだったアーノルド様をミナに取られるのが嫌だった。

 でも、『精霊の愛し子が誕生した時、その時の王太子は愛し子と結ばれないといけない』という国の習わしで、ミナとアーノルド様が結ばれる運命になると分かっていた。

 それに、精霊の力を使えない私より、精霊の力を使えるミナの方が、アーノルド様を幸せにしてくれると知っていた。

 だから、自分の本心を押し殺して動いた。

 それなのに……良いのだろうか?

 精霊の力が使えない私が、彼を幸せにする権利を貰っても。


 肩を震わせる私にアーノルド様がそっと抱き締める。



「うん、僕は君が良いんだ。むしろ、君だから僕のお嫁さんになって欲しいんだ。優しくて聡明で、他人のためなら必死に頑張れる健気で大好きな君が!」

「っ!!」



 王太子からの優しい言葉を聞き、今まで押し殺していた感情が溢れた私は、泣きながら小さく首を縦に振った。


 その後、『これからは、レイナが不安になって他の女性を僕に宛がわせないよう、ちゃんと気持ちを伝えていくからね』と宣言したアーノルド様は、私をとことん甘やかして溺愛した。


 それはもう、国中の誰もが『未来の王妃は、レイナ・カーフェインしかいない』と納得せざるをえないほどに。

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悪役令嬢の私は、婚約者とヒロインの恋を成就させたので婚約破棄を申し出ました〜なのに、婚約破棄されない!?〜 温故知新 @wenold-wisdomnew

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