第3話 婚約破棄されなかった私に、思わぬ事実がもたらされます

「今、何と?」



 『嫌』と聞こえたような……



「『嫌』って言ったんだよ。聞こえなかった?」

「っ!?」



 嫌!? どうして!?

 私に隠れてミナとお昼ご飯を一緒にしたり、夜会に一緒にしたりしていたじゃない!!

 最近では『レイナ嬢ではなく、ミナ嬢の方がお似合いなのでは?』という声があちこちで聞こえているのを知らないわけがないわよね!?


 思わぬ答えに動揺しつつも『一先ず、謝らなくては』と、王子様スマイルのアーノルド様に頭を下げる。



「もっ、申し訳ございません。あまりにも意外なお返事に動揺してしまい……」

「まぁ、君からしたらそうだよね。だって君、最初から『精霊の愛し子』であるミナ嬢と、王族である僕を結ばせようと色々と画策していたんだよね?」

「っ!?」



 バッ、バレてる!!


 ドレスの裾を握り締った私に、アーノルド様はのんびりとした口調で話を続ける。



「カーフェイン公爵がミナ嬢を養子として引き取ると言い出した時、最初は公爵が見栄を張るために申し出たのかなと思ったけど……どうやら君が言い出したことだったんだね」

「えっ!? そうだったのですか!?」



 驚くミナの声を聞いて、私は少しだけ頭を上げた。



「それは、どこでお聞きになられたことでしょうか?」

「もちろん、カーフェイン公爵から直接聞いたんだよ」



 お父様!? 王族相手だから仕方ないとはいえ、何をあっさり白状しちゃっているんですか!!


 この場にいないお父様に対して恨みを募らせていると、ミナが恐る恐る手を上げた。



「あっ、あの……」

「あぁ、ミナ嬢は部屋から出てもらって構わないよ。レイナが僕に婚約破棄を申し出た時点で、君の役目は終わったから」

「えっ?」



 役目? それってどういう……って、私が婚約破棄を申し出るのを分かっていたのですか!?



「そっ、そうですか。それでは先に失礼致させていただきます」

「ちょっ!?」



 なに出て行こうとしているのよ! あなたの好きな人を置いて行っていいの!?


 出ていくミナを引き留めようとソファーから立ち上がった瞬間、私のところに来たミナがそっと耳打ちした。



「申し訳ございません、お義姉さま。アーノルド殿下からのご指示とはいえ、お義姉さまから殿下を取り上げるような真似をしてしまい」

「えっ?」


 ミナ、あなた何を言って……



「そして、ありがとうございます。お義姉さまのお陰で、ようやく本当に好きな人と結ばれることが出来ました」

「一体、何を……」



 啞然とする私から離れたミナは、私が教えた淑女の笑みで綺麗なカーテシーをした。



「では皆様、お先に失礼致します」

「あぁ、今まで本当にご苦労だった」

「いえいえ、これも全て殿下の采配のお陰でございます。本当に感謝の念が尽きません」

「いや、良いんだ。君と一緒にいたお陰で色々と根回し出来て、『国の習わし』という古い習慣で大切な人を奪われずに済んだから」



 この2人は一体、何の話をしているのかしら?

 というか、『根回し』って……もしかして、悪役令嬢である私を断罪する根回し!?

 確か、ゲームの終盤で悪役令嬢を断罪するために殿下が根回しをする話があったけど……まさか、ここにきてシナリオの強制力が働いた!?


 2人の会話を聞いて戦々恐々としていると、突然ミナが私に淑女の笑みではなく心からの笑みを向けた。



「お義姉さま。私は、義妹としてお義姉さまの幸せを願っております」

「えっ?」



 ヒロインが悪役令嬢の幸せを願うなんて……こんなこと、ゲームの中では一切無かった。本当、私の知らないところで一体何が起きているの!?


 思っていたのとかなりかけ離れた状況に内心混乱していた時、ミナが去り際に同行する護衛騎士に向かって幸せそうな笑みを零すところを目にした。



「っ!?」



 待って、ミナが好きな相手って……



「フフッ、どうやら君もミナ嬢の好きな人が分かったみたいだね」



 楽しそうに笑う殿下にゆっくりと目を向ける。



「殿下は、いつからご存じだったのですか?」

「学園に入学する少し前さ。どうやらお互い、一目惚れみたいだったよ」

「一目惚れ……」



 アーノルド様の言葉で、ミナを養子に迎え入れた時のことを思い出す。



『ところであなた、好きな殿方とかいらっしゃる?』

『えっ!? えぇ、まぁ……』

『それって、貴族の方かしら?』

『そ、そう、なりますね……』



 断罪のことばかり考えていてすっかり忘れていたけど……あの護衛騎士って確か、ゲームの中ではアーノルド様と同じ攻略対象者だったわね。

 ということは、カーフェイン公爵家に迎え入れられた時点で、既にミナはあの護衛騎士のルートに入っていたってことかしら。



「さて」



 幸せそうな義妹の姿に安堵してソファーに座った瞬間、私の隣に来たアーノルド様が突然、私が座っているソファーに座って距離を詰めてきた。



「ちょっ、アーノルドさ……」

「君が僕のことを考えてミナ嬢に淑女教育を施していたことも、君がわざと距離を取ることで、僕とミナ嬢の仲を深めようとしていたことも……そして、君が婚約破棄を申し出ることも知っていた」

「っ!?」



 やっぱり全部バレてる! どっ、どうしよう! 婚約破棄されないと分かった今、どうやって断罪回避を……



「でもね」



 王子様スマイルのアーノルド様が優しく私の手を握る。



「僕はね、精霊の力が使えなくても必死に努力するレイナに惹かれたんだよ」

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