第272話 笹塚葵の元カレ
story teller ~
やりたくもないバイトを終え、疲れきった体をなんとか引きずって帰宅するも、ポストに無理やり詰め込まれた消費者金融や弁護士、果ては裁判所からの催促状を見て余計に気が落ちる。
「はぁぁぁ・・・・・・」
無意識に深いため息が漏れる。
葵のクレジットカードを不正に利用し、現金化してしまったのがすべての始まりだ。
バイト代を全て使い切るまでギャンブルに使い、それでも負けた分を取り戻そうと当時付き合っていた葵から金を借り、浮気相手から金を借り、友だちからも借り、それでも足りず、葵のクレジットカードを不正利用するまでに至った。
おれが使ったとバレなければ、葵には消費者庁や警察に相談してもらい、使ってないことに出来ると思っていた。いや、結果的にはそれは出来た。
しかし、不正に利用したのがおれである事がバレ、現金化業者の社長、加藤という男に脅され、葵から取り損ねたクレジットカードの利用分を払えと脅され、消費者金融を何社も使って無理やり払わされた。
ギャンブルをする為に消費者金融を使わずに、恋人や友だちから借りたのは利息を払いたくないから、それとどうせ支払い能力のない自分では、気が向いた時に払いたい分だけ払いたかったからだ。
結果的にこうなってしまったから意味ないが。
「自己破産・・・それはまだだな。どうせならもっと大きい金額でやりたい」
消費者金融で金を借りてから何度目かの自問自答。
加藤から請求された金額は300万ちょい、葵のクレジットカードを不正に利用したのはたったの20万。残りの約280万は迷惑料だと言われた。
もちろん嫌だといったが、その数日後に加藤は、まだ学生くらいの年齢に見える男の子を連れてきて、おれはボコボコに殴られ、払いますと言わざるを得なかった。警察に相談しようとも考えたが、払うと言った時の動画を撮られてしまっていたのと、もしそんなことをすればもっと酷いことをされるかもしれないという恐怖から出来なかった。
「そのまま5年無視したら時効になるって本当かなぁ。はぁぁぁ、なんとかならないかなぁ」
ポストの中身を無視し、部屋に入るやいなや情けない言葉と声が出る。
お人好しな葵なら借金も肩代わりしてくれるかもしれないという甘えや期待をしてしまうのは、他人にすぐに甘えてしまう自分の性格もあるが、純粋に葵に会いたいという気持ちもある。まだ愛情があるのだろうか。いや、あるのだ。きっと。
「着拒されて、チャットもブロックされてるしなぁ。どうにか連絡取れないかなぁ」
葵と連絡を取る方法に思考を巡らせていると、カバンの中に入れていたスマホがトゥルルンと音を立て着信を知らせる。
もしかしたら葵かも!と自分に取って都合のいい解釈をし、急いでスマホを取り出す。
しかしスマホに表示された番号を見て背中に冷たい汗が流れる。
登録こそしていない番号だが、その番号は嫌でも脳裏に焼き付いている。
加藤の電話番号。
無視したいが、無視すればまたあの男の子を送り込んで来るかもしれない。
あの時の痛みと恐怖を思い出し、震える指で応答ボタンを押す。
「・・・はい、もしもし」
「もしもし。東雲さん、お久しぶりです」
何度も聞いた丁寧な口調。しかしその口調とは裏腹に、その声には怒りのようなものを感じる。
「お久しぶりです・・・・・・加藤さん。なにかご用ですか?」
「あなた笹塚葵さんとはまだ繋がっていますか?」
おれが言い終わると同時、食い気味にそう問いかけてくるが、質問の意味が分からず返答に困る。
「いえ、もう繋がってないですけど・・・」
「それは本当ですか?」
安堵したような、しかしまだ半信半疑のようなどちらともとれる声色で再度確認してくるので本当ですと答えると、加藤は、はぁと息を吐く。
葵がどうかしたんですか?
そう聞こうとして言葉を収める。もし葵との間になにかあったとしたらおれに連絡はせずに葵と直接連絡を取るはずだからだ。しかし、もしかしたら葵の連絡先を知っているかもしれないという淡い期待も捨てきれずにいる。
どうにか連絡先を知っているかだけでも確認したい。
「葵がどうかしたんですか?」
一度は収めた言葉を口に出す。すると加藤はいえ、と言ってから続ける。
「笹塚さんになにかあった訳ではありません。あなたと笹塚さんがまだ繋がっているかどうかが知りたかっただけです。では」
「ちょちょちょ!!!!ちょっと待ってください!」
細かい理由も話さずに電話を切り上げようとする加藤を必死に止める。電話の向こう側から面倒くさいと言うように、冷たい口調でなんですか?と聞こえてくる。
「葵と繋がってるか聞いてきたってことは加藤さんは葵の連絡先を知らないんですか?」
「・・・・・・知ってますが?それがなにか?」
おれの質問の意図が読めなかったようで、加藤はなにかを警戒するように聞いてくる。
「お願いがあるんですけど、葵の連絡先を教えて貰えませんか?」
上手く会話を誘導する方法が思い浮かばなかったので、ストレートにそうきくと、加藤さんはそんな事かと息を吐き、次にバカにするようにふんっ!と鼻を鳴らした。
「そんなの教えるわけないじゃないですか。私にメリットはありませんので」
そう言われ、食い下がろうかと思ったが、すぐに電話を切られてしまった。なので通話履歴から何度か加藤にかけ直す。最初こそコール音が何度か鳴ったが、最終的にはそれすら鳴らなくなってしまった。
クソ。せっかくの葵との繋がりが・・・。なんだよメリットがないって。確かになんもないかもしれないけど、教えたって減るもんじゃないだろうし。
怒りとまではいかないが、それでも期待してしまった分の反動を足元に投げ捨てられていたペットボトルにぶつける。
理不尽に蹴られたペットボトルはそのままの勢いで部屋の反対側まで飛び、それと同時に右足の人差し指に痛みが走る。どうやら当たりどころが悪かったようだ。
「いっってぇぇぇぇ!!!ちくしょう。おれがなにしたってんだよ」
痛みが怒りに変わり、その後憂鬱に変わる。そして、その憂鬱がおれの頭を落ち着かせる。
・・・待てよ。加藤はなんでおれと葵が繋がっているかどうかを気にしていたんだ?加藤からすればおれ達の関係なんて気にする必要はないはずだ。それに、おれに葵の連絡先を教えるくらい簡単なはず。それを断った、しかもメリットがないなんて言い回しで。
考えすぎなだけかもしれないが、もしかしておれと葵が繋がることは加藤にとって都合が悪いのではないだろうか。もしそうだとしたら、それを利用して借金をチャラに出来るかもしれない。
なんでも都合よく考えるのはおれの悪い癖かもしれないが、それでも現状をどうにか出来るかもしれないのであれば・・・。
借金を0にして、更には葵とヨリを戻すという明るい未来を勝手に想像して笑みが零れる。
明日はちょうどバイトも休みだ。それなら葵の職場に行ってみよう。
そう決めて、今日は気分のいいうちに眠ることにした。
学年で1番可愛い子が俺に一目惚れしていた話 ゆとり @moon1239
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。学年で1番可愛い子が俺に一目惚れしていた話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます