月_take2

仲原鬱間

月_take2

「月にはうさぎが住んでる。じゃあ、月の裏側には何が住んでると思う?」

 カウンター席でタッチパネルを操作しながら、彼は訊いた。

 平日の午後十時。閉店間際の回転寿司は閑散としている。

「いつもの謎かけ?」

「ううん、事実」

 私の問いに答えつつ、彼はポチポチと液晶をつつく。俗に言う「キツネ顔」の横顔には、普段使いのうすら笑いが浮かんでいる。

 長年付き合ってわかったことだが、実に意味ありげなその表情に、特に深い意味はない。ただ、そういう顔をしているだけ。ご飯食べる時も、寝てる時も、致してる時だって、いつも同じような顔をしている。今日だってそう。

「……あんた、稲荷寿司ほんま好っきゃな。五皿も頼んで」

「めっちゃ好っきゃねん〜ってな。君かていつもサーモンばっかや」

「好っきゃねんからしゃーない」

 注文を終え、二人して茶の粉末に手を伸ばし、交代で湯呑みをぎゅっと黒いボタンに押しつけて熱湯を淹れる。

 箸で茶をかき混ぜながら彼は、

「昔話したろか」

「どんな」

「お月さんの」

「聞いたるわ」

「おおきに」


     ◇


 その昔、生き物はみんな不老不死やってん。生まれっぱなし、死ぬことのない永遠の命を持っててん。そういうもんやってん。時間にも空間にも、限りがなかったから。

 でもな、せやったら労働意欲っちゅーの? やる気失せるやろ。失せへん? 何もせんでも死なんし、ずっと生きてられるし。手元には永遠の時間があって。でもそうなったら死んでるも生きてるも変わりあらへんやん。不老不死とは名ばかりで、みんな、ただ怠惰な時間を過ごしててん。

 そこで誰かは知らんけど偉い人が、その不老不死というものを、生きてるも死んでるも変わらんもんにしてしまうその概念を、空高く放り投げよて言いよってん。

 不老不死って、いうて「死」そのものやと思わん? 俺だけ?

 ――で、何やかんやあって、無事に不老不死はぽ〜んと空高く高く放り投げられた。天高く飛んでいったそれは、丸くて、白く光ってて、俺らにもおなじみの月そのものでした。はい、ここでお月さん誕生。

 でも中には不老不死を捨てたくない奴らもおって、それが耳の長い、今で言う「うさぎさん」。お月さんに住んでる奴らな。そいつらは死ぬのが嫌で、不老不死の概念と一緒に飛んでいった。あいつらよく飛ぶから。一緒に飛んできます言うて。行ってもてん。せやからお月さんにはうさぎがおる言うねん。

 実はな、うさぎさんだけやのうて、もう一種族一緒に飛んでった奴らがおってな。うさぎさんと一緒で、不老不死を捨てたなかった奴ら。そいつら、出発直前まで人を待っとってん。でも、うさぎさんがお前ら早よせえもう時間やぞワレ言うても待ち人はついに来やんかってん。

 せやからそいつらは泣く泣く、待ち人を置いて、うさぎさんと一緒に飛び立ってん。

 来ん、来ん、来ん……って鳴きながらな。


     ◇


 そこまで彼が話した時、彼が注文した稲荷寿司がコーナーを曲がってやってきた。五皿立て続けに。

「一人で取れる分だけ頼みぃや」

 隣に座っている私が間に合わなかった一皿を回収する。ついでに自分のサーモンも。

 両手に稲荷寿司の皿を持ちながら、彼は、

「……ずっと、待っとってんで」

 と、小さく呟いた。

「え? 稲荷寿司を?」

「さっきの問題、正解はキツネ。ほら、月を逆から読むと、キツやろ。キツて、狐の古名やねん」

「は? しょーもな」

 私は鼻で笑って、サーモンを食べ始める。


「ほんまのことやねんけどなぁ……」

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