第28話
俺の家を怜と夕凪は出てそれぞれの自宅に帰って行った。
両親と共にそれを見送り静かになった家に戻る。ふうと息をついた。月華ちゃんも夕凪と一緒に行ってしまったし。ちょっと寂しくなるなと思いながらも俺は夏特有の入道雲を見上げたのだった。
あれからどれくらいの年月が過ぎたのだろうか。俺は両親の説得もあり短大に進学した。夕凪も隣町の大学に(四年制だが)入学して会える時間が減った。夕凪はそれがちょっと不満だったらしいが。それでも俺はフリーター兼霊能者としてやっていた時よりも充実した日々を送ったのだった。
夕凪と約束をした。彼女が大学を卒業したら結婚すると。それまではアルバイトをして悪霊退治もして。必死でお金を貯めつつ霊能者としての腕を上げ続けたのだった。
「……夕凪。もう後一年もしたら卒業だな」
「うん。一年後には私も光村家の一員になれるね」
「ああ。父さんと母さんにも挨拶はすませたしな」
夕凪にそう言うと肩に凭れ掛かってきた。ソファに二人で並んで座っていたが。今は真夏なのでちょっと体温が上がってくる。なので汗がじわりと出た。それでもなけなしの理性で我慢した。
「嬉しいな」
「……夕凪。そろそろ夜も遅いし。送っていくよ」
「……そうだね。帰るよ」
渋々、夕凪は頷いた。俺は彼女の頬に軽くキスをする。嬉しそうに夕凪は笑った。ちょっとの間、月華ちゃんに「ごめん」と心中で詫びながら甘い時間を満喫したのだった。
あれから一年が経った。夕凪と俺が出逢ってから五年が過ぎていた。俺は夕凪にプロポーズをして無事にOKをもらう。俺が二十四歳、夕凪は二十三歳になっていた。二カ月後には結婚式も挙げる。嵐月や蒼月さん、月華ちゃんなど龍神様達に家族、友人達は大いに祝福してくれた。つつがなく式も終わり俺と夕凪は正式に夫婦になった。
その後、結婚して一年後には子供が生まれた。男の子だ。名前を陽一と名付けた。陽一は元気でやんちゃな息子に成長する。二年後には裕司が、翌年には女の子も生まれた。女の子は優花と名付けられる。
驚くべきことに優花の守護龍に月華ちゃんがなってくれた。何でも夕凪自身が育児に忙しいので悪霊退治もままならない。なので娘が大きくなったらペアを組んでやってほしいと頼んだらしい。月華ちゃんは快諾してくれたのだった。
「……お父さん。月華様と剣の修行をするね!」
「ああ。怪我はしないようにな」
「はあい!」
優花は夕凪に似ているが目元は俺似だ。けど将来は美人になりそうだなと思う。夕凪も陽一と裕司に宿題を教えてやっている。子供達の中で優花が一番霊力が高い。二番目が陽一で裕司は三番目だ。それでも三人とも並以上の霊力の持ち主だった。
「父さん。優花は今日も剣の稽古?」
そう聞いてきたのは長男の陽一だ。俺によく似た顔立ちに夕凪譲りの猫っ毛の黒髪がトレードマークである。陽一も早いもので今年で十歳だった。
「そうだ。陽一はどうする?」
「……僕は遠慮するよ。嵐月様の稽古、滅茶苦茶厳しいから」
「んな事言ってたらいつまで経っても強くなれねえぞ」
ズバッと言うと陽一はバツの悪そうな顔をする。裕司も後からやってきた。ちょっと不思議そうな表情をしている。ちなみに裕司が八歳で優花が七歳だった。
「あ。兄ちゃん。宿題サボって何してんだ?」
「サボってなんかいないよ。裕司こそどうしたんだよ」
「……母さんが兄ちゃんの様子を見に行って来いって言うからさ。それで来たんだよ」
俺は苦笑する。長男の陽一と違って裕司と優花はしっかりしていた。その事に陽一はコンプレックスを持っているらしい。
「わかったよ。戻ればいいんだろう」
「兄ちゃん。夏休みの宿題、残ったら嫌だろ。行こうよ」
「……うん」
そう言って二人は勉強部屋に戻って行く。今は夏休みだから陽一と裕司は一生懸命に宿題に取り組んでいた。偉いなと思う。優花は月華ちゃんに剣の稽古をつけてもらっている。
「あ。雄介さん。こんな所にいたの」
後ろから落ち着いた静かな声がかけられる。振り向くと妻の夕凪がいた。背中の真ん中まで伸ばされた髪にすっかり女らしくなった服。高校生の時のボーイッシュな夕凪はもういない。何でも悪霊退治の時に安全面を考えて敢えてボーイッシュにしていたと本人が言っていた。
「ああ。あの二人の宿題を見ていなくていいのか?」
「いいのよ。私がいたらかえって集中できないでしょ」
「まあ。それもそうか。けど。優花は月華ちゃんと仲が良いな」
そう言うと夕凪は苦笑する。昔を思い出したらしい。
「……うん。私もそれは思うよ」
「だな。優花は優秀な霊能者になるだろうな」
「そうだね。優花は将来有望だわ」
二人で話しつつ、庭にいる月華ちゃんと優花を見守る。以前よりちょっと大人っぽくなった月華ちゃんは凛々しい。年月が過ぎ去るのは早いと思う。俺も今年で三十四歳だ。夕凪も三十代だし。ほうと息をつく。
夕凪に手を伸ばす。きゅっと互いに握り合う。共に歳をとっていくだろう伴侶に俺は穏やかに笑いかけたのだった--。
--完--
白き光の神子(みこ)と金の龍 入江 涼子 @irie05
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