先制立直や!

『ルールは単純や。合図と同時に散開ブレイクして、正面からすれ違ったらスタートや。ええな?』

「ウィルコ」


 フェイの説明に、ストームがうなずく。

 模擬空中戦の基本的な流れは、正面から向き合って始めるという点では、決闘と同じようなものである。


『言っとくが、ウチらとて手を抜く気はないからな。サハラしかいなかった午前中は、ちょっとした肩慣らしや。ウチが来たからには、全力で勝ちに行かせてもらうで。な、サハラ?』


 先程までとは打って変わって、フェイの言葉に力が宿る。


『ウン。今回ハ、負ケナイ。ふぇい、信ジテ、イイヨネ?』

『おう! 任せとき!』


 サハラの問いかけにも、堂々と返事をしている。

 ツルギは、2人の真剣さをひしひしと感じ取った。

 これで負けたら元も子もない、というプレッシャーを、相手が本気でかかってこないと試験にならない、と落ち着かせる。


「向こうは気合い充分だね。こっちも負けてられないよツルギ!」

「そうだねストーム。僕も力を出し切らないと!」


 つまるところ、これは正々堂々とした真剣勝負。

 本気を見せなければ、相手に失礼というもの──


「それを言うなら、『僕達が』だよ」

「……そうだった」


 だが、ストームにやんわりと指摘されて、気付いた。

 自分達は2人で1機の飛行機を操縦している、言わば2人で1人のパイロットなのだ。

 今更ながら、それがとても心強く感じた。


『行くで! ライラック・リーダー、速度・高度合わせスピード・アンド・エンジェルライト!』

「ライラック2、速度・高度合わせスピード・アンド・エンジェルレフト!」


 フェイとストームが宣言すると、2機が横一列に並ぶ。

 決闘でいえば、武器を構えて位置に着くようなものだ。


『3、2、1──戦闘開始ファイト・オン!』


 フェイが合図すると、2機が左右へ分かれる。

 ストーム・ツルギ機は左へ。

 サハラ・フェイ機は右へ。

 決闘と同じように、ある程度距離を取ってから向かい合い、再び戻って来る。

 すれ違ったら勝負開始──だが。


「あっ!」


 相手の行動の早さに、ツルギは驚いた。

 サハラ・フェイ機は既により上を飛んでいた。

 高い場所が有利なのは、地上でも空でも同じ事。

 勝負は位置取りから既に始まっているのだ。


『よーし! 上手は取ったで!』


 すれ違った瞬間、勝負の火蓋が切って落とされた。


「なんのっ!」


 地の利を取られても、ストームは怯まない。

 スロットルレバーを押し込むと、エンジンノズルが開いてアフターバーナーに点火。

 そのまま後を追って急旋回。主翼の根元から発生した白い渦がコックピットを挟む。

 途端、強い加速力でツルギの体が座席に押しつけられた。


「──っ!」


 テキサンの時とは比べものにならないGが、ツルギの体を押し潰しにかかる。

 それは以前、自力でF-16を操縦していた時に感じていた力。

 だが心なしか、その時感じていたよりも、強く感じる。

 スルーズに来る前のテストには合格したから、大丈夫と思っていたのに予想外だ。

 ツルギは全身の力を使い、Gの力に抗う。


「──!」


 それでも、視界がどんどん暗くなっていく。

 Gで頭の血が下がる事で起こる、「グレイアウト」という現象だ。

 暗くなるのは、視界だけではない。

 頭の中さえ暗くなり始め、思考がどんどん回らなくなっていく感覚。

 頭の血が下がるという事は、脳の血もなくなっていくという事。そうなれば、思考が回らなくなるのも当然である。

 視界と思考を奪われていくツルギは、どんどんわからなくなっていく。

 自分は一体、ここで何をしているのか。

 何のために、ここにいるのか。


「ツルギ! 相手が見える?」


 ストームの呼びかけで、我に返る。

 旋回は、少し緩んでいた様子だった。

 そう。戦う相手はGだけではない。

 本来戦うべき相手は、目の前にいる。

 ストームは、Gと戦いながらそれに立ち向かっているのだ。

 自分だけ勝手が違う事に圧倒されている場合ではない。


「相手は──」


 ツルギは慌てて、相手の姿を求め周囲を見回す。

 だが、左右にも頭上にも見当たらない。

 Gに気を取られている間に見失ったか、とツルギは焦る。

 相手を見失う事は、空中戦では致命的なもののひとつなのだ。

 やっと見つけた時には。


『もろたで! 先制立直リーチや!』


 サハラ・フェイ機が、猛禽のごとく頭上から襲いかかってきていた。


「上だ!」


 ツルギが叫んだ直後、反射的にストームが操縦桿を切り返す。

 急旋回。ツルギの体が、逆方向に振り回される。

 間一髪。

 サハラ・フェイ機が、下へ通り過ぎたのが見えた。

 1秒でも反応が遅れていたら、すれ違いざまに切られるかのごとく、やられていただろう。

 ツルギはGに耐えながら、相手の姿を目で追い続ける。


「今相手はどこ、ツルギ!」

「下に行った!」


 相手は尚も、急降下を続けている。

 急降下の勢いを利用して、一気に上昇するつもりだろう。

 所謂、「ロー・ヨーヨー」という戦法である。

 ジェット機の空中戦は、ジェットコースターのようなものだ。

 上手を取って急降下し、勢いをつけて再び上昇、といった運動エネルギーの管理が重要なのである。


「だったら──!」


 ストームは、くるりと機体を反転させ、背面に入れてから、急降下。

 真下にいる相手を、ほぼ正面から迎え撃つためだ。


「『カウンター・ヨーヨー』だっ!」


 ストーム・ツルギ機の反撃が始まった。

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見習い戦闘機隊レインボーローズ!─夢追い新婚夫婦の戦闘機乗り入門─ 冬和 @flicker

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