編隊で「準備体操」

 エンジン始動。

 駐機場エプロンに、ジェットエンジンのタービン音が響き渡る。


(すごいな……本当に同じだ……)


 チェックを進めていく中で、ツルギはただ感心していた。

 操縦桿が足の間ではなく側面に配置された、SFロボットのようなコックピット。

 それは、F-16のものと瓜二つだからだ。

 自動車と違って、飛行機のコックピットは機種ごとにレイアウトも機能も違うのが当たり前で、瓜二つなのは結構珍しい。

 これなら、「普通は半年かかる機種転換がたった数時間で済む」という話も納得である。

 もっとも、操縦できないツルギは操縦桿に触る事さえできないのだが。


『こちらライラック・リーダー。2番機、聞こえるかー?』

「感度良好だよ!」


 フェイの呼びかけに、ストームが元気よく答える。


『旦那さんの方はどーや?』

「あ、ああ、右に同じく!」


 不意に話を振られて驚きながらも、ツルギは答えた。


『チェックは全部終わったな?』

「もちろん!」

『ほな、出発や! しっかりついて来るんやで! サハラ!』

『ウン。右、ヨシ。左、ヨシ。らいらっく・りーだー、出ル』


 サハラ・フェイ機のエンジンが僅かに唸り、ゆっくりと移動を始めた。

 左折して、ストーム・ツルギ機の目の前を横切ったタイミングで。


「それじゃ、あたし達も! 行ってきまーす!」


 ストームがスロットルを少しだけ押し込み、後に続く形で出発した。


     * * *


 2機のT-50は、縦一列に並んで誘導路を進み、滑走路にたどり着いた。

 ここで、2機は右斜め向きのエシュロン隊形に並んで停止。先頭のサハラ・フェイ機を右斜め前に見ながら、ストーム・ツルギ機が並ぶ形だ。


『ほな、離陸許可が出たぞ! ミリタリーパワーで編隊離陸や! アフターバーナー点火したらアカンよ? サハラとタイミングをしっかり合わせるんやで!』

「ウィルコ!」


 2機共、離陸準備は万端だ。

 これから、2機揃って離陸を行う。

 隊形を崩さずに離陸するには、お互いのタイミングを合わせ繊細な操作を行う事が求められる。故にフルパワーは使わない。


『右、ヨシ。左、ヨシ。用意れでぃ──なう!』


 左右を確認し終えたサハラが、大きく頷く動作をした。

 離陸開始の合図だ。

 ストームが、スロットルレバーを押し込んだ。

 出力上昇と共に、エンジンノズルが萎み、滑走開始。

 そのパワーの強さに、ツルギは一瞬驚いた。

 ジェット機のパワーって、こんなものだったっけか、と思ってしまうほどには。

 長く離れていたブランクを感じた瞬間だった。

 そう思っている間にも、テキサンとは比べものにならないほどに達した速さで、視界が流れていく。

 それでも、すくには離陸しない。

 ジェット機は確かに速いが、離陸に必要な加速も相応に必要なのだ。

 20秒ほどで機首が上がり、2機揃って滑走路から浮かび上がる。


車輪ぎああっぷ、なう!』


 サハラが再び大きく頷いたのを合図に、車輪ギアを格納。

 2機のT-50は、ぐんぐんと上昇していった。


『らいらっく、離陸完了えあぼーん!』


     * * *


 空は午前中と変わらず晴天。

 ジェット機だけあり、あっという間に空域に到着した。


『よーし、とうちゃーく! ほな、模擬戦の前に編隊で「準備体操」と行こかー!』


 フェイが高らかに宣言する。

 ジェット機の空中戦は、Gとの戦いでもある。下手をすれば、体を壊してしまいかねない。

 そのため、模擬戦をする前は、体をGに慣らすための『準備体操』を行うのだ。


「ウィルコ! あたしもツルギも、いつでもOKだよ!」


 ストームは元気よく答えた一方で。


『……ふぇい。てんしょん、高クナイ?』


 サハラは、どこか不満そうに訴える。


『そりゃあ、リーダーなんやから上がるもんや! 黙ってウチについて来ーい! ってな! ははははは! はははははは!』

『……ハア。スグ、調子乗ル』


 サハラが、呆れた様子でため息をひとつ。

 高笑いまでするフェイのテンションに、ついて行けてないようだ。


「ま、まあまあ。とにかく始めよう。喋ってる間に飛行禁止空域に入ったら嫌だし」


 ツルギが、見かねて本題に戻す。

 飛行機は、止まる事ができない乗り物なのだ。無駄口を叩いている間に変な所へ飛んで行ってしまっては、たまらない。

 ましてや、今回は飛行禁止空域が設定されているのだから。


『お、おう、せやな! じゃ、始めるで! まずは右に360度旋回や!』

『りょーかい』


 仕方ないな、とばかりの返事をして、『準備体操』の号令をかけるサハラ。


右旋回れふと・たーんなう!』


 サハラ・フェイ機が、右へゆっくき傾き、ゆっくりとした旋回を開始。

 ストーム・ツルギ機も、後に続く。


「──!」


 ほどほどに強いGが、ツルギの体にかかる。

 その間も、機体はサハラ・フェイ機にぴたりとついて行く。


『おお、ええでええで!』


 フェイが振り返りながら、ストームの操縦を見て褒めている。

 編隊での旋回は、簡単そうで難しい。

 何せ、僚機はリーダー機よりアウトポジションで飛ばなければならないのだ。

 開始時はただ機体を傾けるのではなく、しっかりと立体的な動きでポジションを合わせなければならないし、その後もパワーをしっかり調整しなければ置いて行かれてしまう。

 それでも、ストームはその全てをしっかりこなして、旋回を行っている。

 サハラも、ストームがちゃんとついて来れるように調整しながら操縦しているのがわかる。

 旋回が終わるまで、編隊を崩す事は全くなかった。


『よーし! 旋回は終わり! ええ感じやな! 次は宙返りやで!』

『りょーかい。宙返りるーぷなう!』


 サハラの号令で、今度は宙返りを始める。

 ややエンジンパワーを上げ、編隊を保ったまま、ゆっくりと上昇していく。

 ここが、編隊で宙返りの難しいところだ。

 編隊を保つにはパワーの微調整が不可欠だが、上昇中にそれを誤ればパワー不足になって最悪失速してしまう。

 もちろんリーダー機も、僚機が失速する事がないようにパワーを調整しなければならない。

 編隊飛行は、まさに共同作業なのだ。


『よーし、その調子や!』


 故に、編隊宙返りが安定しているのはフェイが褒めている事からもわかる。

 やがて天地がひっくり返り、宙返りの頂点に達した。

 ここからは、パワーを落として降下に転じる。ブレーキをかけながらでないと危ないのは、地上の下り坂も飛行機の降下も同じなのだ。

 そのまま海面が見えてくると、さらに引き起こしを続け、編隊は水平飛行に戻った。


『ふうー、これで「準備体操」は終わりやな。どや? 体は温まったか?』

『ウン』

「こっちもいい感じだよ! ね、ツルギ?」

「ああ」


 お互いに状態を確認し合う一同。

 さて、ここからがいよいよ本番だ。


『ほんじゃ、見せてもらおっか。新婚さんの実力とやらを、な』


 だが、フェイのかっこつけた一言で、場が一瞬静まり返る。


『……偉ソウ、ダネ?』

『い、言ってみたかっただけや』


 サハラに鋭く指摘されたフェイは、気まずそうに咳ばらいをひとつしたのだった。

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