最終試験の内容を説明する

「それでは、最終試験の内容を説明する」


 教室にて、ロアルド教官が説明を始めた。

 この教室には、ストームとツルギはもちろん、フェイとサハラもいる。


「使用機体は、高等練習機T-50TIサーペントだ」


 ロアルド教官が見せたのは、小さな飛行機の模型。

 一見するとF-16にそっくりだが、よく見ると胴体の形状が異なり、コックピットはタンデム複座。そして、カラーは赤と白のツートン。

 その姿は、この本校へ来た時に、離陸していくのを見かけたものと同じだった。


「サーペント……?」

「うちの空軍じゃ、そう呼んでるんだよ」


 聞き慣れない名前にツルギは首を傾げたが、すぐにストーム小声でがフォローする。

 導入した航空機に本来とは違う独自の愛称を与えるのは、よくある事である。


「練習機とは言っても、マッハ1.5で飛行可能な超音速練習機だ。その性能は実際の戦闘機に匹敵する。加えて、コックピットはF-16と共通規格。つまり、この練習機を乗りこなせればF-16も問題なく乗りこなせる、という訳だ」


 まさに最後の予行演習って事か、とツルギは緊張をひしひしと感じ始める。

 思い出すのは、アメリカ留学の時に別の高等練習機を操縦した時の頃。

 高等練習機は、戦闘機乗りを目指す者にとって最後の試練。

 これを乗りこなせたものだけが、戦闘機に乗る資格を与えられる。

 ましてや、実際の戦闘機に近い性能の機体ともなれば、目標が近づいている実感も緊張も大きい。


「今回は、最初から2機で行う。編隊を組んで空域へ向かい、1対1の模擬空中戦を行ってもらう。リーダー機はサハラとフェイ、君達にやってもらう」

「はいな!」

「リョーカイ」


 しっかりと返事をするサハラとフェイ。


「午前中と違って、今回は乗る人数で言えば2対2のフェアな勝負だ。より強い連携力を示せたコンビが、勝者となるだろう」


 午前中のテキサンの時、相手はサハラのみだった。

 だが今回は、サハラにフェイがついている。

 フェイの実力はわからないが、条件が対等な以上、前のようにはいかないだろうな、とツルギは思った。


「それと、わかっていると思うが、高速ジェット機による空中戦でかかるGは、テキサンとは比べものにならないほど大きい。君の耐G能力を、改めて見極めさせてもらうぞ、ツルギ君」

「はい!」


 ツルギは大きく返事をする。

 もう少しで戦闘機に乗れるんだ、と意気込んでいたあの頃のように、がんばらないとな。

 その両手は、自然と拳になっていた。


「次に、試験を行う空域についてだが、ひとつだけ注意事項がある」


 ロアルド教官はリモコンを操作して、プロジェクターに映像を映す。

 映し出された地図には、訓練で使用する空域が描かれている。

 ただ、隅に赤の斜線で塗り潰されたエリアがあるのが気になった。これは、最初のテストの時にはなかったものだ。

 ツルギが持っているタブレットにも、同じ地図が映っている。


「現在フリゲート艦グリムゲルデが対空射撃訓練を実施しているため、飛行禁止空域となっているエリアがある。侵入しないように注意しろ。誤って撃墜されたくなければな」


 赤い斜線で囲まれたエリアを差し棒で示しながら、ロアルド教官は注意した。


     * * *


 南国の陽ざしは、相も変わらず強い。

 フライトの準備を整えた後、ストームとツルギは後者の外で待ち合わせをしていたサハラ、フェイと合流した。

 そこで、ツルギは少し驚いた。

 小さなバスが一台、停まっていたからだ。


「おう、来たな。それじゃあ、早速出発するから、乗るで」


 フェイは早速、お邪魔しまーす、と挨拶して真っ先にバスへと乗り込む。

 そして、大きなスロープを手にして戻ってきた。

 それをドアの前にセットして、ツルギを迎え入れる準備を整えた。


「ありがと! じゃあ乗るよツルギ」

「うん」


 ストームに車いすを押され、ツルギはバスに乗り込んだ。

 それを確かめた後、サハラがきちんとスロープを片付けてくれた。

 車いすをしっかり固定したら、全員席について、発車準備完了だ。


「ほな、お願いしまーす!」


 フェイが呼びかけると、バスが発車した。

 向かう先は、もちろん駐機場エプロン

 飛行場はとにかく広いため、遠くに置かれた飛行機を利用する時は、バスを使って移動する事もあるのだ。

 あっという間に、目的の場所へ到着。

 ドアが開くと、やはりフェイがスロープを用意して、ツルギが降りるのを手伝ってくれた。


「ありがとう。フェイって、気が利く人なんだな」

「いやあ、それほどでも」


 ツルギに褒められて、素直に礼を言うフェイ。


「そんじゃ──」


 フェイが振り返ったのに釣られて、その視線を追う。

 そこには、簡易シェルターの中に置かれたT-50があった。

 自分達が、これから乗る機体だ。


「乗り込むとしよか」

「ウン。ジャ、後デ」


 フェイとサハラとは、ここで一旦お別れだ。

 サハラが軽く手を振って挨拶すると、左隣に置かれたT-50へ向かっていった。

 ストームが先に機体のチェックを始める中、ツルギは何となく、2人が乗り込む準備をする様を眺めていた。


「……」


 サハラは、T-50の機首に向き直り、機体のチェックを始める──かと思いきや、不意に目を閉じ、腕をゆっくりと広げながら片膝をつく。

 そのまま、頭上から持ってきた腕を胸元でぐるぐると回し始めた。

 その間、何かぼそぼそと喋っているようにも見える。

 一体何をやっているのか、ツルギにはまるでわからない。

 古代の儀式のようにも見えるが──


「サハラが気になるか? ツルギ」


 フェイに呼びかけられて、我に返った。


「あれはフライト前のルーティンやから、気にせんでええよ」

「ルーティン……?」


 見れば、サハラは何事もなかったかのように、機体の点検を始めていた。


「それにな。あんまりサハラ見とると、奥さんに勘違いされてしまうで?」


 フェイはニタリと笑んで注意してから、コックピットへと向かっていく。

 言われて、自分がした事に気付いたツルギは、別にそんなつもりなんて、と言い返そうとしたが。


「何話してたの?」

「い、いや! 何でもない!」


 点検中のストームに能天気に声をかけられ、慌てて弁解したのだった。

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