第二十六話 アペの寝床
広場にたった一人立つ、体格の良い、輪っかの耳飾りをした男、エアシポプケプが、腰に佩いた
「
残っているのは、足腰の立たぬ老人だけだ。
残念だったな。」
戰の戦利品として、
だが真比登は、
(……良かったんじゃないのか? 奴婢になるのは、地獄だ。)
無言で肩をすくめるだけだった。
それを見たエアシポプケプの目に、激情の火花が散った。
「なぜだ!
なぜだ!
なぜおまえが。
ウオォ……、今日で、トイオマイは滅びる。豊穣の地、チュプカムイ(日の神)の揺りかご。
出ていけ……、アヌンクㇽ(よそ者)は出ていけ!
ここは
真比登は、その血を吐くような叫びを、無言で受け取め、肩をすくめた。
真比登が、この地に移住したいと決めたわけではない。
まったく、自分の意思ではない。
ただ、振り払う火の粉を払う為、真比登はここに立っている。
「悪いが、これで終わりにさせてもらって良いか?」
弓矢構え、の合図だ。
相手は一騎打ちを望んでいるだろうが、ここは、罠の気配がビンビンする。迅速に終わらせたい……。
「いや、許さぬ。
春日部真比登。
一対一。
その
おまえは、私の言葉に従う。
そうでなければ。」
エアシポプケプは、懐から、ひとつの女物の
精緻な木彫りで、雲の模様が彫ってあり、灰色の彩色がしてあるものだ。
(───あっ! あれは……、佐久良売さまと初めて会った夜、佐久良売さまがつけていた
あの夜、
「この
この
「やめろ……!」
真比登の口から、
真比登は馬を降り、
「この勝負、手ぇ出すな!」
従えた兵士に命じ、すら、と
エアシポプケプは、ふっ、と笑い、
「ホカオ!(燃やせ!)」
と大声を出した。
───ボゥ!
あちこちで、気配を消し潜んでいた蝦夷の兵士が、いっせいに、火を放った。
木の柵に。
積まれた木の枝や、ワラに。
穴のあいた、土壁の家に。
全てに火を放ち、ころころ、い草のかたまりに火をつけたものを、あちこちに転がした。
略奪に血眼になっていた、
「潜んだ
真比登は鋭く命令する。
「
略奪には加わっていなかった、良く訓練された
火の手は、そう簡単に消せない。
そう時間はかからず、この広場の周囲に、火の壁が立ち上がるだろう。
「ここはアペソッキカラ(火の神の寝床)だ。アペフチカムイ……火の神の腕に抱かれるが良い。」
「悪いが、オレが抱かれるのは、妻だけだ。その
「ふ……。」
簪を
すぐにその表情は消え去り、冷徹な武人の顔になり、輪っかの耳飾りを揺らしながら、真比登に突っ込んできた。
「ホッ!」
「おらぁ!」
二人の男が、
真比登の怪力、加え、修練を積んだ
一合。
顔の正面で二つの刀が火花を散らした。
二合。
腰だめで、ガン! と撃ち合い。
三合。
真比登が、目にも留まらぬ速さで、エアシポプケプの下腹を、左から右に一気に薙いだ。
刃は深く、背骨近くまで到達したはずだ。
「カハ……。」
エアシポプケプは血を口から吐いて、倒れた。
「…………。」
びくっ、と身体を痙攣させ、激情に眼を見開き、唇をかみしめたあと、顔が悲哀に歪んだ。……勝敗を受け入れたのだろう。
広場のまわりを囲むように火柱が立ち、揺らめく焔が、仰向けに倒れたエアシポプケプと、それを見下ろす真比登を照らす。
真比登は静かに片膝をついた。
「満足したか?
「ハ……、ハハ……。十一年前、おまえの
エアシポプケプは口元に笑みを浮かべ、震える手で、
そのまま真比登の手を握り込み、ぐ、と顔を真比登に近づけた。
「おまえが、鎮兵の長になれば良かったのだ。
おまえが、アヌンクㇽ(よそ者)たちをまとめ、
そうすれば、戰など……。」
「すまないな。
オレは……、オレは偉くなりたいんじゃないんだよ。
オレは、鎮兵をやめる。
妻の為だけに生きる。」
「フフ……、フハハ!
果たして、それは叶うかな?」
「何……?」
「アペソッキカラ(火の神の寝床)だ。」
ぱたり、と、手が落ちた。
エアシポプケプは目を閉じた。
(アプンノ モコロ ヤン。───安らかに眠れ。)
真比登は、死者を送る言葉を、心のなかだけで、唱えた。
これは、蝦夷の言葉だ。
きっと、届くであろう。
佐久良売さまの
真比登は
なんとなく嫌な予感がして、立ち上がり、
その先、およそ四
真っ黒い煙が一筋、もうもうと、天にあがっている。
あれは、大規模な火事のときに出る、煙だ。
「佐久良売さま……!」
ここから愛馬、
「嘘だろう……?」
(ここから煙が見えるほど燃えていては、今から行っても、間に合わない!)
「いっ、
オレは、
あとは頼んだ!」
「真比登っ! 郷長を捕まえました。
トイオマイは
心置きなく、走ってください!」
「やぁっ!」
手綱を強く打つ。
「お願いだ、
真比登の
(佐久良売さまが死んだら───。
オレは生きていかれない。)
↓かごのぼっち様から、ファンアートを二枚、頂戴しました。ありがとうございました。
怒りの真比登。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093091800989289
エアシポプケプと真比登。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093091804049149
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