第二十五話  駄目だ駄目だと、花麻呂は叫ぶ。

「オ……。ユプレケラ……。ユプレケラ……。ウゥゥ……。」


 大刀たちで下腹を貫かれた栗色の髪のおのこが、目から涙を流し、額に矢を受けて絶命したおのこのほうに、ゆっくり、歩いた。

 一歩、ニ歩……。三歩めで力尽き、膝から崩れた。


 花麻呂は、栗色の髪の男に哀れむ目をむけたあと、矢をうけて絶命した男を抱き上げ、間もなく死ぬであろう、栗色の髪の男のそばに降ろしてやった。


「最後に、語らえ。」

「………イヤイライケレ。(ありがとう)」


 栗色の髪の男は、先に死んだ男の手を握った。


「ユプレケラ……、アンクスケライボ……。アン エウェンタラプテ……。(ユプレケラ……、あなたのおかげで……。夢を見ることが……。)」


 男は、目を閉じ、力尽きた。

 遠くから、


「ウオォォォォ───! ユプレケラ───!」


 嘆きの声が聞こえた。

 エアシポプケプだ。

 泣き、顔を左右にふり、身体をもみしぼり、


「ナ ナ ペウレクル。ソモカ エ ネ イキ アン クナク ア ラム。アン ソンノ ヤヤカパプ。(まだ若いのに。まさか、こうなると思わなかった、私がここに連れ出してしまった。私を許してくれ。)」


 わけのわからぬ言葉を天に叫んだあと、真比登を見て、


「アエライケ エチオピッタ ネ。ネウン ネ ヤッカ。

(私はおまえらを全員殺す。必ずだ。)」


 おそらくうらごとだろう、何事かつぶやき、


「ホシッパァ───!(退却)」


 大声で命令し、


「ホシッパ!?」

「ウゥ……、ホシッパァ!」

「ホシッパ!」


 口々にそう言う、数少ない蝦夷の生き残りを引き連れ、トイオマイの郷の方向へ……、戰場の土煙の向こうに、消えた。












 イウォロソの地は、ちた。











 真比登は、左頬に、鉄の鎖で打たれた、ミミズ腫れ。

 右頬も殴られ、脇腹も鉄の盾で打たれたが、それは、なんてことはない。


 嶋成は、毒の吹き矢で身体が痺れているが、昏倒してない。命に問題はないだろう。


 古志加は、右腕に怪我。

 これでは、剣が当分、握れないだろう。


 真比登は、嶋成と古志加を桃生柵もむのふのきに帰らせることにした。


「くすん……、あたしの実豆福みつふくが……。」


 と、めそめそ泣く古志加を、花麻呂は、愛馬───夏駒なつこまに乗せ、自分が古志加を桃生柵もむのふのきまで送り届ける、と主張した。

 夏駒なつこまの手綱は切れていたが、花麻呂は、さっ、と手綱を結び直した。


「これは誰にも譲りません。ふんっ!」


 と鼻息が荒い。


(なんというワガママを。

 でも、許すか。

 たしかに、桃生柵もむのふのきまでの帰り道、古志加に何かあったら、三虎に悪いからな。)


「いいだろう。」


 真比登は許可した。 

 桃生柵もむのふのきまでは、馬で片道、一刻(2時間)もあれば、余裕でつく。


「嶋成と古志加は、医務室で休め。

 花麻呂は、古志加を医務室に送り届けたら、また、戻ってこい。」

!」


 上毛野かみつけのの衛士団えじだんの二人は、もうすぐ、上野国かみつけのくにに返してやれるだろう……。


 そこで古志加が口を開いた。


「嶋成、ふらふらしてる。危ない。あたし、嶋成を支えて、嶋成と馬にのるよ。」

「なにっ?!」


 花麻呂が顔色を変える。


「嶋成が前、あたしが後ろ。」

「あれ……、そうしてくれるの?」


 嶋成は、嬉しそうに目をパチパチした。

 花麻呂は、くわっ、と目を見開いた。


「駄目だ駄目だ! 馬上で長時間身体が密着するなんて、許しませ───ん!」


(花麻呂、おまえは古志加の親父か。)


「それくらいなら、オレが嶋成と馬に乗るっ!」

「わかった。」


 古志加が、罪のない笑顔でこくん、と頷く。


「ん?」

「え?」


 花麻呂と嶋成の顔には、


 ───可愛い古志加と二人乗りするんじゃなくて、野郎と二人乗りなの?


 と書いてある。真比登は正確にそれを読み取った。


夏駒なつこま。よろしくね!」


 古志加に首筋を撫でられ。


 イイイン。ブルブルッ。


 と上機嫌にいなないた、花麻呂の愛馬、夏駒に、古志加は一人でまたがり。


 嶋成の愛馬、不尽駒ふじこまに、花麻呂と嶋成が乗り、


 ───なんでこうなったんだろう?


 と古志加のほうを見ながら、三人仲良く、桃生柵もむのふのきに帰っていった……。









 蝦夷の兵は、多くが死んだ。

 おそらく、生き残りは五十人もいるまい───。






 

 日本兵の、大怪我をした者、毒の吹き矢にやられた者のうち自力で歩ける者は、桃生柵もむのふのきに帰らせた。

 それでも、日本兵の戰える者は、四千人以上残っている。


 副将軍、広純ひろずみさまと協議し、このまま賊奴ぞくとの本拠地、トイオマイの郷を叩く事とした。

 

 トイオマイの郷は、ここから、目と鼻の先。郷を守る木の柵など、障害物しょうがいぶつにもならない。


 トイオマイの郷に攻めいれば、勝利は確実だ。





   *   *   *






 日本兵が、トイオマイの郷になだれ込んだ。

 蝦夷の兵に阻まれるかと思ったが、人気ひとけがない。

 日本兵は、土を掘った家屋の戸を開け放ち、次々と穴のなかに消える。

 だが、予想される、女、子どもの悲鳴が聞こえない。

 真比登は、家屋に目もくれず、一本道をすすんだ。

 郷の中央、大きい広場。


 たった一人、男が立っている。

 


 

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