第二十四話  古志加とユプレケラ

 古志加は、青い羽根の首飾りの男と対峙する。

 中肉中背。背丈は同じくらい。


「イヨハイ! コㇿ エムシ ヌイェ エアニ ウェン ポンメノコ。───マㇵネ セタ。(おやまあ! 剣を持って振り回そうなんて、悪い女だ。───メス犬め。)」


 強い剣気は感じない。


「ふ───ッ!」


 古志加は無言の気合いをあげ、上段から斬りかかった。

 二合、三合、撃ち合い。


(あ、こいつの大刀筋たちすじ───。)


 四合、五合、撃ち合い。


(単純だ。)


 カンッ!


 古志加は、右から薙いできた大刀たちを跳ね上げ、返す刀で、蝦夷の右肩から胸まで、ザシュッ! と斬りつけた。

 傷は、浅い。


「ギャッ!」


 男は、斬りつけられた勢いで、地に両手をついた。

 古志加はその背を刺そうとするが、男はゴロゴロ、転がり、起き上がり、


「ハイ! アラカ フミ! マㇵネ セタ。イペサクイタタニ!

(ああ! 痛いなぁ! メス犬め。狩り下手の肉切り台め。[罵り言葉])」


 悔しそうな、真っ赤な顔で古志加にわめいた。


(あー、女のくせに、とか、女にやられて悔しい、とか言ってるんだろうな。)


 もはや古志加は無感動である。


(こいつ、物足りない。早く決着をつけよう。)


 古志加は剣をまっすぐかまえ、たっ、と軽く地を蹴った。

 剣と大刀たちを交差し、


「わぷっ!」


 相手が、砂を古志加の目にかけた。


(痛っ! 目に入った。)


 目を、つむってしまった。

 あっ、しまった、と思う間に、右腕、肘から手首近くまで、ざっくり、長く斬られた。

 砂により涙目になった目に、さらに涙がにじむ。古志加は無理に目を開ける。

 蝦夷の男が眼前にせまり、大刀を古志加の胸めがけ、右上から振り下ろそうとしている。

 かろうじて、剣で受け止め、


「うっ!」


 右腕から血が散り、力が入らない。


 ───キィン!


 古志加の剣が、蝦夷の男に飛ばされた。


「あっ!」


 古志加は無手となる。

 男は古志加の首に大刀の切先をつきつけ、ズイ、と古志加に迫り、


「ハッ! マㇵネ セタ、アン ルウェ?(はっ! メス犬、夫はいるのかい?)」


 嘲りの顔で、古志加の胸の合わせに手をもぐりこませ、古志加の右胸を───揉んだ。


 古志加の目から怒りの火花が散った。

 首に大刀を突きつけられているのに目もくれず、古志加は半歩引き、強烈な速さで回転し、左足の回し蹴りを男の手に放った。

 速く、それでいて狙いは外さない。

 男は驚きつつも、大刀で足を斬りつけようとする。


 カッ!


 古志加のかのくつの底には、木の板が仕込んである。

 古志加のかのくつが、大刀を弾いた。


「ムゥッ!」


 終わりではない。古志加は続けて、右足の回し蹴りを放つ。

 次も、男は、大刀でなんとか防いだ。

 古志加の怒りの回し蹴りは、まだ終わらない。

 凄まじい勢いで回転し、左足の回し蹴り。

 男の手を蹴り、大刀が手から弾け飛んだ。


「ウア……。」


 右足の回し蹴りが、男の顔にぶちあたった。


「ギャン!」


 男の体が衝撃でまっすぐに伸びる。

 次!

 左足の回し蹴りが腹に当たる。男は深く身体を折る。


「ホシキ───。(待て───。)」


 言いかけるが、前に突き出された頭を、


「やぁっ!」


 古志加のつむじ風のような右足の回し蹴りが、打ち抜いた。男は、どさり、とうつ伏せに地面に倒れた。


「はあっ、はあっ……。」


 計、六回の、連続回し蹴り。


「ふぅっ!」


 古志加は大きく息をつき、眉をたてたまま、胸のあわせをしっかり、閉じた。


 いつの間にか、真比登が来ていて、


「ひゅうっ! やるねぇ! 上毛野衛士かみつけののえじって皆、そうなの?」


 と口笛を吹いた。花麻呂が、


「さすがに、あの連続の回し蹴りは、他のヤツはできません。

 あれ、うちの名物、怒った古志加です。組み稽古のとき、二回……。」


 花麻呂は、わさわさっ、と自分の真っ平らな胸を揉む仕草をし、


「触っちゃうと、ああなるんですよ。」


 にっ、と笑って、肩をすくめた。

 同母妹いろものように可愛がっている古志加の自慢ができる事が嬉しいのである。

 古志加が振り向き、


「花麻呂……。」


 と、ちょっと恥ずかしそうな顔を見せる。



 その場に和やかな時間が流れた、その時。



「アエライケ───!(殺してやる───!)」


 古志加の背後から、覆いかぶさる熊のように、青い羽根飾りの男が古志加に襲いかかろうとした。

 古志加は、はっ、と慌てて振り向く。


「古志加ッ!」


 その男の額の右目の上に、たぁん! と、弓矢が突き立った。

 男は絶命した。


 弓矢をかまえ、警戒を続けていた、嶋成の放った矢だ。


「はは……、中央、狙ったんだけどな……。」

「嶋成───!」


 古志加が、だっ、と駆け、毒の吹き矢で脂汗をかき、座り込む嶋成に抱きついた。


「ありがとう!」

「でへ……。」


 顔色が悪いくせに、嶋成の顔はでれっと破顔する。花麻呂が涼しい顔で、


「古志加、さっき嶋成は、気を失ったおまえをかばって、吹き矢をかわりに受けた。礼を言ってやれ。」

「ありがとう! 大好き!」


 古志加が罪のない笑顔で、ますます、ぎゅーっと嶋成に抱きつく。


「でへぇ………。」


 嶋成は解脱げだつしそうな至福の笑顔を浮かべた。花麻呂はそれを良く観察し、うんうん、とうなずき、にやっと笑って、


「嶋成。今の顔、覚えたぞ。しっかり大椿売おおつばきめに伝えてやるからな。」


 と非情に告げた。


「やっ、やめてぇ! 許して! 古志加、離れてくださ───い!」


 嶋成の絶叫が響きわたった。












 ↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093083839176754


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