第二十三話  花麻呂とカソヤ

 嶋成しまなりは緊張した顔で、


「…………。」


 不器用に、もそもそ、古志加の衣の裾を引っ張り、古志加の乱れた胸元───柔肌に指先が触れないよう厳重に注意しながら───乱れを直した。

 仕上がりは不格好、まだ、合わせは緩いが、白い肌は、ちらっとしか見えなくなった。


「ふぅ〜。」


 難事なんじをやりとげ、嶋成は晴れやかな顔で笑った。


 花麻呂は油断なく、前を警戒しながら、背後にかばった嶋成に確認をする。


「嶋成、毒か?」

「ああ、ちょっとピリピリする。」

「大丈夫か?」 


 岩陰から、三人の若い蝦夷───三人とも十六歳くらいに見える男たちが、立ち上がった。


「ああ、すぐ吸い出したから、軽い。」

「わかった。そこで古志加を見ててくれ。古志加の顔色はどうだ?」

「顔色は悪くないよ。怪我もない。」


 真ん中に立つ蝦夷は、中肉中背、整った顔立ちで、目つき鋭く、青い羽根飾りの首輪をし、衣も立派に見える……気がする。


(さっき、敵将、江葦えあし毛牟けむに、同格か、それ以上、という雰囲気で話しかけていた。

 きっと、郷長の息子。)


 花麻呂はあたりをつける。


「てめぇら……、よくも古志加を狙ったな!」


(気を失って寝てる古志加に吹き矢を飛ばすなんて……、許せねぇ!)


 花麻呂のなかで、ふつふつと怒りがく。

 花麻呂は駆けだす。

 左端の蝦夷が進み出て、花麻呂にむかって大刀たちをかまえた。

 二尺六寸五分(約80.2cm)の片刃の直刀、大刀たちを使う蝦夷は珍しい。

 普通は、反りが強い、一尺六寸四分(約47cm)の蕨手刀わらびてとうだ。


 その男は、平均より背が低い。髪の毛が栗色で、目の色も灰色がかっていた。


(間抜けそうな顔してやがる。)


 花麻呂の剣は、折れている。


「カㇺタチカス(バカめ)。」


 栗色の髪の若い蝦夷は、折れた剣を見て、嘲った笑いを浮かべた。


(なめるなよ。)


 撃ち合う。

 花麻呂は隙のない動きで、三合、撃ち合ったあと、さっと蝦夷の横に体を滑りこませ、首の根元に、折れた剣を深々と、つばまで刺した。


「やるよ。」


 おのこは───、その時になって花麻呂は思うが、つぶらな目をしていたおのこは、信じられない、というように花麻呂を見て、


「ヒュッ。」


 呼気をもらし、血を口から吐き、絶命した。


「チクノシケ───ッ!」

「オォ、チクノシケ! アヌンクㇽ、イトゥイパプ ウイペ!(おぉ、チクノシケ! よそ者め、人殺しのクズめ!)」


 若い蝦夷二人が絶叫した。

 花麻呂は二人から距離をとり、さっき目星をつけていた、日本兵の亡骸の大刀たちを拾う。


(悪いな。使わせてもらうぜ。)


 花麻呂の背後で、うぅ……ん。と、古志加がうめき、


「……あれっ? 嶋成? さっきの敵は?」


 古志加が目覚めた。花麻呂は、


「真比登が引き受けた。

 嶋成は吹き矢で毒。あとで礼を言え。古志加、戰えるなら、立て!」


 一気に言った。


「えっ……、うん!」


 古志加の声は元気だ。嶋成が、


「古志加、大丈夫か?」


 と声をかける。


「うん!」


 古志加が、やる気まんまんの笑顔で、花麻呂の隣に立つ。

 若い蝦夷二人と、花麻呂、古志加が対峙した。

 青い羽根の首飾りの男が、口を開く。


「カソヤ、インカラン? ネ メノコ カトゥフ アン。(カソヤ、見てみろよ? この女、変な格好だぜ。)」

「ソン ノ アナ! ユプレケラ。(本当だぜ! ユプレケラ。)」

「カソヤ、ネ チコイキプ アナㇰ ク コㇿ クシ ネ ナ。(カソヤ、この獲物はオレのものだ。)」



 青い羽根の首飾りの蝦夷が、古志加に向かう。

 残りの一人が、花麻呂に向かい、大刀たちをかまえた。

 背が低く、栗色の髪、灰色の目。

 こいつも、目がつぶらだ。

 花麻呂を憎しみのこもった目で見る。

 おそらく、さっき花麻呂が剣を突き立てた男は、兄弟なのだろう、と、花麻呂は思った。


 交わす言葉は、ない。


 水が流れるように、するり、と足を踏み出し、


「や……!」


 大刀たち大刀たちで切り結ぶ。

 打ち込み、防がれ、斬りこみ、弾かれ、首元を狙ってきた突きを弾き、攻防は白熱する。


 やがて、花麻呂は、一つの事に気がつく。


 蝦夷の胴ねらいの横薙ぎを鍔で受け止め、花麻呂が、押された。

 力の押し負け。

 蝦夷に大刀たちを押し込まれ、花麻呂の脇腹に隙ができる。

 蝦夷はニヤリと笑い、花麻呂の胴を右薙ぎに真っ二つにしようとする。


(かかったな。)


 予測できた攻撃。

 花麻呂は、蝦夷の視界から消えるほど、瞬時に深く腰を沈め、右薙ぎをかわした。

 太ももに力をこめ。

 腰をひねり。

 強靭な筋肉のひねりから生み出された鋭い一撃を、ありえないほど低い姿勢からくりだした。

 白刃はくじんが陽光にひらめき、蝦夷の下腹に呑み込まれ、背に抜けた。


「ア……、ガ……。」


 花麻呂は、さっと離れる。

 相手はまだ動ける。


「おまえ、大刀筋たちすじが単純なんだよ。いつも同じヤツとばっかり稽古してたろ?」


 おそらく、青い羽根飾りの男と、さっき死んだ男と、三人で、いつも。

 それは、楽しい稽古だったろう。


「オレは、大人数と稽古してきたぜ?

 嫌いなヤツでもえり好みせず、な。

 それがおまえと、……おまえの仲間の敗因だよ。」


 栗色の髪の蝦夷は、口から血を吐きながら、花麻呂を、じっと見ている。

 言葉は、通じない。

 でも、声音こわねから、花麻呂の表情から、真剣に話していると……。

 いくばくかは、伝わることを、願う。


「残された時間は、仲間と、語らえ。」


 花麻呂は静かにそう言い、後ろにさがり、古志加を見る。














↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093084287703262

  

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