第二十二話  クソッ、情けねぇ! 

 ───少し時を戻して───




 矢で手綱を切られた花麻呂は落馬したが、うまく転がり、骨折は免れた。

 しかし、全身がしびれ、しばらく起き上がれない。


(クソ……!)


 すぐ近くでは、古志加こじかが、危ない。

 山のようなおのこに、地面に叩きつけつけられ、そのあと、静かになってしまった。

 おそらく、意識を手放した。

 無防備な古志加に、蝦夷えみしおのこがのしかかる。


(古志加……ッ!

 絶対にそれだけは、許さない。

 守る。)


 花麻呂は震える足で立ち上がり、走り、渾身こんしんの力で、セタシの背中に斬りつけた。


「なにっ……!」


 刃は折れ、


「ぐあっ……!」


 花麻呂はセタシに殴られ、軽々、ふっとんだ。

 受け身はとったが、落馬の衝撃がまだ、身体に残っていた為、再度の衝撃で、頭が、ぐわんぐわん、と揺れた。

 足に力が入らない。


(クソッ、情けねぇ! これ以上言うこと聞かねえと、腕か足を斬りつけてやんぞ、オレの身体、コラァ!)


 花麻呂が、ぎり、と歯を噛みしめると、疾風のように駆けてきた真比登が、セタシを殴り、蹴り、古志加の上からどかせてくれた。


「そいつはやらせねぇ。約束なんでね。」


(真比登ぉぉ───っ!

 格好良い……!

 ありがとうございます。恋に落ちそうです。)


 花麻呂は心から感謝するとともに、


(約束、か……。)


 と思う。

 震える足を叱咤しったしながら立ち上がる。


(真比登が誰と、古志加を守るよう約束したのか。……オレは、わかる気がする。

 きっと、三虎だ。

 あの朴念仁ぼくねんじんめ。

 古志加のことが心配で仕方ないくせに……!)


 真比登が、セタシをうまくさばきながら、


「はは。さあ、どうする? もっとやろうぜ?」


 と、セタシを気絶したままの古志加から引き剥がし、遠くに連れて行ってくれた。


(真比登、そのおのこを引き受けてくれて、ありがとうございます。)


 正直、セタシの怪力は、花麻呂では手に余る……。


「古志加! おい!」


 戰場で横たわっているのは、危ない。

 花麻呂は古志加のそばに走った。

 その時。

 視界のはしに、若い蝦夷が三人、岩陰から、筒を口にくわえているのが見えた。

 筒。


(あれは吹き矢だ!)


 ───プッ。


 花麻呂めがけ、吹矢が放たれた。

 花麻呂はとっさに剣を抜き、吹き矢をパンと叩き落とした。


 ───プッ、プッ。


 動けない古志加を狙い、二発目、三発目の吹き矢が、同時に、放たれた。


(野郎ッ!)


「たぁっ!」


 花麻呂は足を踏み込み、二発目の吹き矢を落とした。

 しかし、三発目の吹き矢に、間に合わない。

 無情に、吹き矢が古志加めがけ、飛ぶ。


「古志加ッ!」


 花麻呂は真っ青になって叫ぶ。




 そこに───。




 手が、伸びた。




 古志加をかばった手に、吹き矢が刺さった。


「いってぇ!」


 嶋成だ。

 鷲鼻わしばなおのこは、すぐに吹き矢を左手の甲から引き抜き、ちゅう、血を吸い上げ、ぺっ、と地面に吐いた。

 地面に腰かけ、眠る古志加を抱き抱えて、花麻呂に向け、へらり、と笑う。


「嶋成ィ───!」

「ヘヘ……、来たぜ?」

「ありがとう! 助かった!」


(オレ、もう泣きそう。)








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